第34話 四天王を見誤るな

 眠りの声。

 真言魔法の初級位階で学べる魔法なんだけど。

 まあ強力な魔法ではある。


 その効果は「聞いたものを突発的な睡魔に襲わせる声を発する」で。


 この魔法を習得し、路上強盗に悪用する人間がごくたまに出る。

 習得しやすいのに効果が凶悪なので、それが発覚した場合。

 その人間に、誰が真言魔法を教えたのかまでを追及され。

 本人以外にその師匠まで魔術師の資格を剝奪され、その後の人生で真言魔法を使うことを禁止される。

 平たく言うと発動体の所持を禁止されるんだ。

 もしそれを破ってしまうと、次に待っているのは社会からの排除。

 牢屋に幽閉されて、二度と日の目を拝めない。


 これがあるので、魔術師は弟子を取るのに慎重になるし。

 学校も同様。

 月謝が相当高いし、入学審査も厳格だ。

 そのせいか、学校出の魔術師で、そういう犯罪に手を染める人は統計上ほぼいないんだけど。


 ここでそれをしろっていうのか。

 平時だと、私は魔術師をやめなきゃいけない行為だなぁ。

 でも、躊躇なんてできないし。


 私は真言の詠唱を開始した。


 そんな私のことは置いといて。


 キリサキさんがご活躍している。


 突っ込んでいって、あの一家を拘束しようと動く鎧なしの魔族を殴り倒していた。

 鞘付きの勇者の剣で。


 腰から鞘ごと外せば、数万トンの鈍器として使えるので。

 かなり重宝する。


「おごぉ!」


 手や足をそれで打ち据えると、確実に粉砕骨折するからね。

 粉砕骨折は神聖魔法か暗黒魔法の位階が中級に到達しないと治療出来ないから。


 事実上防御不能の即死武器として使用できちゃうんだよね。


 勇者の剣、抜刀しなくてもパネェ。


 手や足の骨を木っ端みじんに砕かれて、脂汗をかいて蹲る魔族たち。

 彼らは意識高くて優秀な人多いけど。


 骨折の痛みの前では無力か。


 その隙に一家の安全を確保するキリサキさん。

 そのときに私の方も詠唱が完成した。


 そして即座に解き放った。


「眠れェェェッ!」


 私の声を聞いた人たちがふらふらとし、次々に倒れて寝息を立てはじめる。


 それには魔族たちも含まれていて。

 次々無力化されていく。


 キリサキさんは……?


 あの人は普通に動いていた。

 処刑家族もだけど。


 多分、事前に「私の声を聞かない工夫」をして出て行ったんだと思う。

 この魔法、耳を塞ぐだけで回避はできるので、来るのが分かっていれば対策は余裕だから。


 一家の拘束を解き、キリサキさんらは私たちの方に走ってくる。

 私たちは……


「待ちなさい」


 合流しようとするんだけど。

 そこにその場で唯一無事だった男……アカイが私たちに声を掛ける。

 私たちは振り向く。


 彼は言った。


「私が魔王様から任されているヘルブレイズ魔国領アスラに何の用ですか? ……勇者よ」


 ……知ってるんだ!


 彼が眠りの声の効果を受けなかったことも驚きだけど、その情報の早さにも驚くしかなかった。

 ということは、オトヤマが私たちに倒されたことも知っているのかもしれない。


 そんなアカイにキリサキさんは


「この国を解放しにやってきた」


 まともに答えてた。

 それを受けてアカイは


「なるほど。つまりあなたは、理想社会実現のための敵という認識でよろしいか?」


 そう言い放ち。


 彼は頭上で片手を使い、円を描く仕草をした。

 あの行為は……!


「あれは上級の魔鎧召喚の構え」


 それを目撃したクロリス。

 彼女は耳から手を放しながらそう一言を発したんだよね。


 ……やっぱり!


 目の前で、アカイの頭上に輝く魔法陣が出現し。

 そこから出現した深紅の鎧を、アカイは着装していった。


 それは兜まである完璧なもので。


 ……あれだと多分銃撃が効かない。


 即座にそれだけは分かった。


 鎧を完全着装したアカイは……


 一言で言うと、直立した深紅のグリフォン。

 王家の証のデザインでも使われがちな、鷲の頭と翼を持ち、獅子の身体を持つ幻獣。

 そのグリフォンを意識した鎧姿ですよ。


「音山克子を討ち取った程度で、他の四天王の実力を見誤らないで下さいね……」


 私たちが油断なく見守る中、彼は言いました。


「音山克子など、魔王軍四天王では全くの小物なのです。自分に甘く怠け者。ただ残虐なだけで四天王に必要な高い能力など無いに等しい……たまたま魔王様の超戦士召喚の儀式で呼ばれたに過ぎない、数合わせ」


 私は彼女が大嫌いでしたから、倒してくださってありがとうとすら言いたい気持ちですよ。

 もっとも、彼女の方も私を嫌っているようでしたが……


 言って彼は


 スッと前に突き出した右手の中に、今度は槍を召喚した。


 それは青い長槍で。

 穂先の部分がまるで稲妻を思わせる、ギザギザのデザインで……


 あれはきっと、雷の槍……!


 これでおそらく、完全武装。


 そんな彼は


「……さあ、はじめましょうか」


 そう私たちに、堂々とした声音で言い放ったんだ。

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