第22話 犠牲の果て

「……ってさあ、何を勝手に」


 しかし。


 オトヤマは立ち上がり、振り返る。


 かなり離れて走っている、この馬車の御者をしていた軍人の男性を。


「逃げてんじゃねぇよ……クズが。敵前逃亡じゃねぇの?」


 ……違う。


 勇者であるキリサキさんが逃げろって言ったんだ。

 無駄死にするだけだから。

 もっと言うと、足手まといになるだけだから。


 だから断じて勝手な敵前逃亡じゃない。


「……殺すか」


 そう言って、走り出すオトヤマ。


 私は反射的にその肩を右手で掴もうとして


「ウワッ!」


 ……掴めなかった。

 そして……


 高熱を右手に感じたんだ。


 私はその、高熱に晒された右腕を見る。


 ……真っ赤になって晴れ上がり、皮膚が爛れていた。

 火傷だ。


 触れないばかりか、火傷を負った……!


 これは……


 痛みより、驚愕で私は固まる。


 そんな私を放置して。

 オトヤマは走り出し、軍人さんを追っていく。


 10倍の身体能力。

 かなりの速さ。


 ……瞬間移動は使わない。


 どうして?

 わざと走って追って、恐怖を煽るの?


 分からない。

 何故?


 そして次の瞬間。

 オトヤマの右手の中に、片手斧が出現した。

 戦闘用の片手斧。バトルアックス。

 刃の大きさはとても大きい。


 その色は黄金色。

 金の斧だ。


 ……間違いない。きっとあれこそが光の斧。


 その斧を確認したとき。


 オトヤマの周囲の地面から炎が噴き出し。


 いきなりオトヤマの居る場所が、先を行く軍人さんのすぐ傍になる。

 ……転移だ。


 そしてそこで。

 さっきと同じことが起こった。


 ……つまり軍人さんの周囲の地面が、火の海になったんだ。


「ぎゃあああああああ!」


 火達磨になり、のたうち苦しむ軍人さん。

 彼は走り回り、そして……やがて倒れた。


 オトヤマはその様子を爆笑していた。

 心底楽しそうに。

 最高の道化師のショーでも見てるみたいに。


 そうして一通り爆笑し……彼女は光の斧を消滅させる。


「……ってわけで、代わりに敵前逃亡した臆病者を処刑しておいたから。感謝しなよ?」


 そして斧を消すと、炎の方も連動して消滅。


 私は震えていた。

 ここまで、私たちを送ってくれた軍人さんの勇気を侮辱した、この女への怒りで。


 同時に。


 今見た光景と、たった今自分の身で味わったこと。

 そして、キリサキさんのお話から。

 それで理解したんだ。


 ……閃いたんだ。


 私はイブリスへの祈りの言葉を小さく唱え。


「火傷よ、治って」


 火傷を治療しながら。

 治療中の右腕で、オトヤマを指差した。


 こう声を張り上げて。


「あなた! 身体が炎で出来てるんだね! それがあなたの超能力!」


 そして同時に


「そのあなたが炎でなくなるときは、何かを触ったとき! だがその代わりあなたの周囲が火の海になる!」


 どうだ!?

 ここに来るまで、詰まれてきた犠牲の果てに得た情報を纏めた結果だッッ!!


 ……私が突きつけた内容に。

 オトヤマの顏は、強張っていた。

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