第5話 この世界に起きていること

「失礼しました。確かにあなたにこちらから何かを命じるのはおかしいですね」


 彼女はそう言って頭を下げた。


 それに対してキリサキ様は


「別に気にしていない。俺に詳しい事情を教えてくれ。それだけしてくれれば良いんだ」


 全く意に介していないような調子で、私たちに説明を促した。


 ここで分かったことは。


 キリサキ様は、決して私たちに都合よくこの世界を取り戻してくれる存在じゃないことと。

 それでも、召喚されたことに対する使命は、全力で果たす意思を持ってくれていること。


 この2点。


 普通に考えたら、これで十分な気がする。

 これ以上を求めるのは、確かに違うのかもしれない。


「ならば現状を語ろう」


 ごたごたした問題が解決したと判断されたのか。

 陛下が語り始めた。


 この世界に起きている人間の危機について。

 私はそれに合わせ、平伏することを再開する。


 顔を伏せながら聞いた。


 それはこういう内容だった。




 元々、この世界には魔族が居た。

 魔族はこの世界の主人公と創造神に定められた種族で。


 人間は、そんな魔族に仕えるために、創造神が創り出した種族だったそうだ。


 この世界の創造神シャダムはこう言ったとされる。


 世界よ、清々しく、美しくあれ。


 その論理は、競争。

 より強く、より賢く、より美しく。

 醜く無ければ全てを許す。切磋琢磨し、上を目指せ。


 そんな思いを、創造神は魔族に託した。


 そして魔族は、そういう種族になった。

 完全な実力主義で、強い者が上に立つ。

 彼らが醜いと思う行為以外は全てを肯定し、弱ければ親兄弟でも切って捨てる。

 余分な情は持たない。


 弱肉強食の種族だ。


 人間はそんな彼らに仕えることを強制され、日々主人の顔色を伺いながら生きることを強いられていた。

 そんな状況は2000年以上続き。


 あるとき、突然変わった。

 新しい神が出現したのだ。


 その神の名はイブリス。

 元人間の神。


 苦行という常軌を逸した行為に手を染めた人間が、神に転生した存在だ。


 この神はシャダムと違い、愛や規律、モラルを説いた。


 人間はこの神を信仰することで団結し、魔族の支配から脱却。

 魔族の支配する土地を抜け出し、人間の国を5つ作った。


 これが大体3000年前。


 そこから3000年間、人間の国同士での戦争や、内乱があったりしたのだけど、基本魔族の国……ヘルブレイズ魔国はずっと沈黙を続けていた。

 彼らは人間の築いた国に興味が無かったのだ。

 そしてこうも思っていた。


 人間などその気になればいつでも滅ぼせる弱い存在。

 脅威には成り得ないから放置して良し。


 人間側もそういう魔族の考えには気が付いていて。

 こっちから手を出さなければ、おそらく攻めては来ない。

 だから、仮に領土欲を燃やしたとしても、決して魔族の土地には手を出すな。


 それが不文律だったのだ。




「けれども、その常識が5年前に崩れた」


 陛下のこの言葉は、とても重く聞こえた。

 この世界に生きる人間にとって、絶望の出来事。


「突如、ヘルブレイズ魔国の王……つまり魔王が挙兵し、我らの国を次々と滅ぼして行った」


 最初はビストピア教国。

 続いてグラト帝国。

 その後はアスラ武闘国。


 そして現在は……


「今現在、ヒウマニ共和国と交戦中だ。しかし、おそらくもう1年は持つまい」


 時間稼ぎなのだ。

 そう、陛下は仰った。


 とても辛く、悔しい話なんだけど、そうなんだよね。


 時間稼ぎをして貰ってたんだ。

 ……今日のこの日、勇者を召喚してこの世界を救ってもらうために。


「全てはそなたを召喚し、世界を救うためだ。そのために5年間、生き残った全ての人間の魔力を蓄積し続けて、今日まで耐えてきたのだ……」


「分かった。任せろ」


 そこまで訊いて、キリサキ様は承諾してくれた。


 陛下は


「……勇者よ。感謝する」


 感謝という言葉を発されたんだ。


 ……私はそこに、陛下の覚悟を感じた。

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