第4話 だが断る

 勇者召喚の儀式に入る前に。

 すでに、陛下への謁見の準備は整えてあったんだ。


 だから私は、私たちは滞りなく進んだ。


 陛下のおわす場所。

 謁見の間に。


 歩き続けて、大きな黒色の木材が使われた扉が見えてくる。


 その前には槍で武装した兵士……衛兵が居て。

 私の、いや私たちの姿を見ると、彼らはその扉に手を掛けた。

 待機は無しだ。


「勇者を召喚いたしました。陛下への謁見を」


「どうぞ、お進み下さい」


 私と衛兵の男性との会話を経て




 私たちはヘブンロード王国の国王陛下の前に進み出た。


 私は謁見の間の絨毯の中央まで進んで、膝を折った。

 陛下の前に出てくるのだから、特別な事情が無い限り当然のことだ。


「ご苦労だった。タンザナイト・トリストー」


 玉座から陛下の声が響いてくる。

 私がお仕えしている主君のお声。


 私は平伏する。


 達成感を感じながら。


 そこで陛下の声が再びあり


「して、勇者よ。名はなんと?」


霧崎啓司きりさきけいじだ」


 キリサキ様の声はあまり変わらず。

 落ち着いていて、堂々としている。


「ふむ、元の世界では何をしていたか話せるか?」


 ……陛下はキリサキ様が何者なのかを知りたいご様子。

 分からなくもない。


 私も知りたいから。

 この人、謎が多すぎる。


 どんな人なんだろう……?


 私はキリサキ様の言葉を平伏しつつ待った。


 けれど


「断る」


 ……帰って来た言葉は、そんな言葉だった。


 え……?




 あまりに予想外過ぎて、謁見の間なのに、私は平伏をやめて見てしまった。

 キリサキ様を。


 キリサキ様は……


 立っていた。


 ようは、膝を折っていなかったんだ。


 えええ~?


 いやまあ、異世界人だから、私たちの陛下に礼を尽くす義務は無いんだけど、私たちの陛下に謁見する前に、身なりを整えてくれたのに!

 だから勝手に、キリサキ様も合わせてくれると思い込んでいたのに!


 どうして!?


 私はキリサキ様が分からなくなる。


 そんな私を無視して、キリサキ様は言う


「俺はあなたの臣下ではない。俺の国にも王がいる。だから王への礼は尽くすつもりだが、あなたの臣下ではないから命令は受けない」


 そうハッキリ言ったんだ。


 それは……うん。

 私にはちょっと、言い返せない。


 けれど


「ふざけるな王族を何と心得る! それも世界最古の歴史を誇るヘブンロード国王陛下に対して!」


 ……謁見の間の脇に控えていた王子たちが激昂し始めたんだ。


 ……亡国の王子たち3名が。




 この世界には5つの人間の国がある。

 うち、3つが魔族の手により滅ぼされた。


 その3つの王国の、王族の最後の生き残り。

 その3名が、現在私たちの国であるヘブンロード王国に亡命してきているんだ。


 彼らはその3国復興のための最後の希望。


 だけど……


「御下問は全て正確に返答するのが当然のありさま! 今すぐ膝を折り、上奏せんか痴れ者が!」


 この3人、礼儀に煩くて。

 あと、堪え性も無いんだ。


 ……この人たちは、他人は自分たちに礼を尽くさねばならないと思っている。

 まあ、国が滅ぼされるまではそういう立場だったんだけど。


 そんな3人を前にして、キリサキ様は


「……何度でも言う。俺はあなた方の臣下では無い。だから命令には従わない。けれど、他国の王に対する礼儀は尽くす。出来る限りな」


「それが無礼だとは思わんのか!」


 キリサキ様の態度に大声を張り上げる王子の1人。

 それに対しキリサキ様は


「そういう態度は国の品位を下げるぞ」


 変わらない落ち着いた声で返した。

 その言葉に、喰って掛かっていた王子たちは言葉に詰まったようになり、怯んだ。


 そこで、別の声が


「……仰る通りですよ。私たちはこの方にお願いする立場なんです。そこを見誤ってはいけないのでは」


 これは女性の声。

 この場にいる私以外の唯一の女性。


 王子たちとは反対側の壁に設置された席に腰掛けている、金髪ショートの上品な女性。

 隣国……ヒウマニ共和国の軍服を着てる女性ひとで。


 彼女は、ヒウマニ共和国大統領の娘だった。

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