第3話 勇者の超能力

 私は基本的に物事は最悪の方向に流れた場合を想定して考えることにしている。

 そして、最低限そこにだけは行かない様に準備して挑む。


 そういう行動方式で、私はこれまでやってきた。


 さっき、私は最初は勇者の奴隷に身を堕とす覚悟を固めていた、って言ったけど。

 キリサキ様が不細工では無いから、それは少し笑い話のテイを帯びてしまったけれど。


 この件で最悪の事態が「召喚勇者に魔王討伐を拒否される」これなのは間違いないよね。

 だからまあ、大真面目に考えてああだったんだ。


 私が勇者にすぐに差し出せる価値あるものは、自分の身体なのは間違いないと思うから。


 一応、私は若い娘の部類に入る。こないだ20才になったばかりだし。

 超絶美人では無いけど、酷く不細工では無いはずだし、重ねて言うけど太ってもいない。

 男性にとって無価値では無いと思う。


 だから覚悟を決めたんだ。



 そんな私だから……


 見返り無しに魔王討伐のような重大な使命を果たして貰える。

 これがあまり信用が出来なかった。



 でもま。

 信用できないからと言って、大騒ぎできる立場では無いんだけど。


 こっちは、お願いする立場なんだから。


 そんなことを考えながら、私は謁見の間がある地上階に向かう地下通路を、キリサキ様を先頭にして歩き続ける。


 すると突然


「なるほど」


 そう言って、キリサキ様が立ち止まる。


 なるほど……?


 キリサキ様の言葉が理解できなくて、私は戸惑う。

 何が「なるほど」なんだろう……?


 私がそんな風に、戸惑い混乱しながらキリサキ様を見ていると。


 キリサキ様は右手を掌を上にして差し出し。


「出ろ!」


 キリサキ様がそう言った次の瞬間、その右手の平の上に畳まれた大量の布が出現。


「キリサキ様、これは?」


 私が訊ねると、キリサキ様が


「俺が現役のときに使っていた仕事着だ」


 そう変わらず淡々と言い、続けてこう言ったんです。


「俺の超能力は、俺が使い慣れた品を自由に創造する能力らしい」


 ……なんと。


 勇者は、キリサキ様は早速自分の超能力を自覚し、使用したんですよ。

 凄い……

 私がそう感心していると、キリサキ様は私を見て


「ちょっと後ろを向いてくれるか? 俺のようなオッサンの着替えなんて見たくも無いだろ?」


 そんなことを。


 その言葉について

 え? 別にそんなこと無いんですけど?


 私はそうは思ったけど


「分かりました」


 くるりと後ろを向く私。


 背後からごそごそと音がして、数分。


「もういいよ」


 振り返ると


 黒い上下に黒い外套を着た姿で。

 他にも、同色のブーツを履いてて


「良く似合ってます。キリサキ様」


 そう正直に感想。

 黒衣の神の戦士。そう表現したい姿。

 それは凛々しいというか、雄々しいというか……


 でもキリサキ様はそんな私の言葉を聞いて


「ありがとう。俺も久々にこの衣装を身に付けて、少しドキドキしているよ」


 そんなことを、淡々と全然そんなことを思って無さそうな口調で言うんです。

 ……感情が読みにくい人だな。キリサキ様は。


「なんていう服なんですか?」


 そう私が何気なく聞くと


「これは特注品だ。耐熱耐薬品防刃防弾性能を持つロングコート。ブーツもだ」


 中に着てるシャツとパンツは市販品だけどな。

 そう、少しだけ自慢げに。


 耐熱耐薬品防刃防弾性能?

 キリサキ様は、そんな品を愛用されていた?


 キリサキ様って一体……?


 そう少し思ったが、同時に


 ……そういえば、さっきまで着ていた服はどこに行ったのか。


 これが気になってしまい


「さっきまでお召しのものは?」


 そう訊くと


「スウェットのことか? それならこっちに」


 ポンポンと。

 キリサキ様は、見慣れない形の背負い鞄と表現するのが一番適当なものを叩きます。

 で、その背負い鞄を肩に引っ掛け


「よし、行こう。一応これなら一国の王に会うにしても失礼にはならんだろう」


 そう一言。


 ああ、この人は私たちに気を遣ってくれたのか。


 ……そこに気づいて私は


 まだこの勇者を信頼はできてないけど。

 少しだけ好きになった。

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