第11話

 卒業式を終えて自宅に戻ると、リビングにはすでにご馳走が並んでいた。

 珍しく贔屓にしている魚屋さんから新鮮な魚をいくつか捌いてもらったようで、いつも食卓で待っていることしか動かないおじいちゃんと父がせっせと準備を進めてくれていた。

 二人も裕のことを家族のように思ってくれているから、裕の顔を見て真っ先に「おめでとう、よく頑張った」とほめ続けていた。途中、照れくさそうに笑う裕に目線で何度か助けを求められたけど、気付かないふりをする。自分がどれほど気に入られているのか、その身を持って知ればいい。

 しばらく食べ進めていると、裕の親戚も到着し「待っていました!」と言わんばかりにどんちゃん騒ぎが始まった。


 懐かしいなと思いふけていると、裕がこっそりとリビングから出て行くのが見えた。さすがに大人たちの騒がしい中にいるのも疲れるだろうなとは思ってはいたものの、なかなか戻ってこない。

 気になって家の中を探すも、裕がいる気配はない。玄関に行くと、裕の靴だけが無くなっていた。


 確かあの日、晶子おばさんも親戚の人も酔っ払いすぎて、うちのリビングで眠ってしまったんだ。朝起きて、晶子おばさんが一度家に戻ったときに気付いて――


「まさか……!」


 一度母に声をかけて、必要なものを持って家を出る。外は三月でも肌寒く、吐く息は白かった。きっと明日も冷え込むだろう。寒さと嫌な予感が相まって、自然と速足になる。


 裕の家の前に着くと、ちょうど大きめのリュックを背負って裕が出てきたところだった。


 私に気付いたのか、あっと驚いた顔をする。


「美織……? なんで」

「……そんな大荷物で、どこに行くつもり?」

「これは……ひとり旅っていうか」

「おばさんにも伝えずに? 旅行に印鑑も通帳も必要ないよね?」


 リュックの中身を言い当てられて、ぎくりと顔を強張らせる。視線を逸らすということは、私の嫌な予感は当たっていたようだ。


「黙って出ていこうとしたの?」

「…………」


 きっとあのときも同じように、大人たちが酒で酔っ払い、私が部屋に引きこもるそのタイミングを伺っていた。気付かれないように動いていたのだろう。

 肝心なことを忘れるくせにどうしてこんな卑怯なことは覚えているんだろうと腹立たしく思う。


 すると、裕はリュックからおもむろに何かを取り出して、私に向ける。


 まだ開封していない、ピアッサーだった。


「確かに出ていこうと思ったけど、美織に空けてもらってないことに気付いてリュックごと持ってきたんだ。ちょっとだけ抜け出しても、大人たちは気付かないよな?」

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