第10話

 時は流れ、卒業式当日。珍しく晴天の空だった。

 無事に式を終え、学校の前で記念撮影をしている最中、裕の元に合否の結果が公開される時間になった。


「悪い、ちょっと美織借りる!」

「へぁ!? ちょ、ちょっと!」


 クラスメイトと話していると、唐突にやってきた裕に腕を掴まれて、晶子おばさんと担任の先生の前に連れてこられる。


「これから結果見るんだけど、一緒に見てくんない?」

「先生もおばさんもいるのに?」

「ごめんなさいね。裕、最悪な場合を想定しているのよ。先生も大丈夫って言っているんだから、もっと自信持てばいいのに」


 そう言って茶化す晶子おばさんも心なしかそわそわしている様子。それもそうか、試験後に話を聞けば、解いたような記憶があるけど曖昧すぎて「俺、ちゃんと入試会場行ったよな!?」とずっと心配していた。

 本来であれば大学まで行って直接掲示板を確認したいところだが、最近はスマホで特設サイトに行き、受験番号を入力するだけで合否がわかるという。

 裕は神妙な顔で恐る恐る番号を入力していく。時々顔が引きつっているのは、内心ドキドキしている証拠。


 入力し、「結果を見る」と表示されたボタンを押すと――「合格」の二文字が見えた。


「……裕、合格してるよ!?」

「えっ……マジ!?」


 開くまで画面が見られなかった裕も、がばっと顔を上げて画面を何度も見直す。強張った表情が次第に緩んでいく。安堵したようにその場に立ちすくむと、小さくガッツポーズが見えた。隣では先生も晶子おばさんも大喜びだ。


「ああ、よかったぁ……ちゃんと解けてたぁ……!」


 緩んだ表情を見て、私も胸を撫でおろした。裕が大学に合格する事実はわかっていたけど、やっぱり立ち会うとこっちまで緊張する。


「おめでとう、裕」

「ありがとう、これも美織のおかげだな」

「私?」

「勉強もそうだけど、病気のことを打ち明けてから、随分気が楽になったんだ。……だから、美織のおかげ」


 ニッと笑う彼を見て、ふいうちで心臓が高鳴る。幼い頃の面影が残るその屈託のない笑みは同時に、棘のように食い込んでいくのを感じた。


「よかったわぁ……これでちゃんと二人そろってお祝いできるわね! 早速ごはんに行きましょうか!」


 すっきりした表情の晶子おばさんが私たちの背中に優しく手を添えて、少し離れた場所で待っていた私の母のもとへ向かう。

 この後は私の家で一緒に食事をすることになっている。といっても、おじいちゃんやお父さんが「祝いだ!」といって昼間から酒が飲みたいだけ。裕の親戚も後から合流するみたいで、たいそう賑やかな食卓になるだろう。

 あの頃の私は、ある程度食べてすぐ部屋にこもってしまったから、最後はどうなったのかはわからない。


 ひとつだけわかっているのは、裕はこの日の夜に彼がいなくなること。


「美織? 眉間に皺が寄っているぞ。どうした?」


 考え込んでいると、裕が覗き込むようにして問う。無意識で考えていることが顔に出てしまうのは厄介だな、と痛感する。


「何でもないよ。ちょっと疲れただけ」


 そう答えると、裕は少しだけ申し訳なさそうな顔をして頷いた。

 私は、ちゃんと笑えていただろうか。

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