第22話 人の悩みは難しい


浅川の女神パワーが発揮された結果、生徒会室前に置かれている目安箱が大変なことになっていた。


「まさか、ここまで集まるとは……」


箱一杯に紙の束が詰め込まれ、それだけじゃ足りず溢れかえっている。

床に散らばった無数の紙を集めながら、これどうしようと思った。

マジでここまで集まると思っていなかったからなにから手を付けていいかわからない。

というかこれだけの数を解決できる自信がない。


「お兄ちゃん、これどうしよう……」


優女もどこか疲れた顔になって紙束を集めている。

学校生活での悩みが、これだけの数もあると言うことを知っても、あまり現実感が湧かない。

こんな数だけ生徒が悩むことがあるのか?

俺は特に悩みなんてないぞ?

優女も普段から好き勝手やっているだろうから悩みがあるようには見えない。

まあでも、誰にでも悩みはあるものだろうか。


「優女、お前いま何か悩みとかあるか?」


「うーん、お花を摘みに行きたい」


「とっとと行ってこい」


聞いた俺が馬鹿だった。

優女から紙束を受け取って、手ぶらにしてやると、優女はトイレへ駆けていった。

持てるだけの紙を持ち生徒会室の机に置く。

それを三度繰り返してやっと回収作業が終わった。


「それなにかしら?」


そう言えばリアサはお昼休みは寝ていたか。

知らないから俺が説明するとふうんと言った顔で紙束から一枚の紙を取った。


「なになに、男女混合の更衣室を作って欲しい? これを書いたのは間違いなく男ね」


「なにそれ、混浴風呂みたいなもの? 女子が使わないのが目に見えてるだろ……」


「えーとこれは……プールの授業を増やして欲しい?」


「それもたぶん男子だろ、女子の水着が長く見たいんじゃないか?」


「階段の傾斜を急にすることを勧めます……この学校の作りはおかしいです」


「女子のパンツを覗きたいだけだろ」


リアサがはあと溜息を吐き呆れた様子を見せる。

確かにこれは呆れる。

ただ仕方がないことなのかもしれない。

なにせ今回は浅川の女神パワーにより強力な暗示がかかっているのだ。

普段から隠している男子の欲望まで引き出してしまったのだろう。

羞恥心と体面性をどこかに置き忘れているようだが。


「まっ、探せばまともな悩みもあるだろ」


「それもそうね」


俺たちは寝ている浅川を起こして三人でまともな生徒の悩みを探し始める。

途中から優女も生徒会室に戻ってきて四人になり作業効率も上がる。

数十分かけて分別し、やっと終わった。

その結果、まともな悩みは約四百件中わずか数十件のみ。

どれもこれも呆れるような悩みで、可愛いものだった。


「青木兄君、なにかめぼしいものあった?」


「俺はこれを推薦するな」


俺は一枚の紙を三人に見せる。


「ゲームと漫画の持ち込みを認めて欲しいって要望だ」


「却下」


リアサにあっさり却下された。


「どうしてだよ、面白そうだろ? ゲームや漫画が公認されたら」


「真面目な生徒の反感を買うからよ、それにスマホがあるんだし、それでゲームはできるでしょ?」


まあ、確かに……俺も学校でソシャゲやパズルゲームをやることはある。

正直そこまで欲している願いでもないからここは大人しく引き下がろう。

浅川が手を上げる。


「じゃあ次はわたしね、今好きな人がいます。気になる彼に今思い人がいるか調べて欲しいです、だって。わたしも恋を叶えてもらってばかりだからなあ、どうしてもこの子の願いを応援したくなっちゃうよ」


「それ、名前は書いてるのかしら?」


「うん、紙を上からかぶせてテープで貼ってあった。捲ったら女子の名前が出てきたよ」


「お兄ちゃんどうする? わたしもう恋の応援はこりごりだけど」


「俺も面倒だなあ、だって折田と浅川の二の舞だし」


「そんなこと言わないでよ二人とも! ねえいいでしょ? リアサさんもなにか言ってよ」


「恋よりもまず勉強しなさい、浅川さん、あなたこの前の実力テスト下から数えたほうが早い点数とか言ってなかったかしら?」


「うっ、その気になれば満点取れるから!」


どうせ女神パワーで点数も何とかしてしまうのだろう。

浅川はお世辞にも頭がいいとは言えない。

この前だっておしるこ買ってきたし……。

優女が手を上げる。


「じゃあ、わたしの番、お昼休み後の清掃時間を短くして欲しいです、だって」


確かに掃除時間とか超面倒な時間だ。

俺とか掃除時間ぼおとして時間を潰している。

教室前の廊下掃除係だけど箒で必死に頑張っている姿を通りかかった教師に見せつけながら、雑巾で床を綺麗にする役割をもう一人の係に丸投げしている。

真面目な清掃委員がいて良かった。

俺は一人楽できるから。


「わたしはそこまで掃除、嫌いじゃないけれど」


「わたしも掃除は好きだなあ、綺麗になるところを見ると気持ちがいいよね」


リアサと浅川はそのままの時間でもいいと。

この学校の掃除時間は十五分間。

俺もほぼ何もしてないがそこまできつい時間には感じない。


「優女はなんでその悩みを支持するんだ?」


「だって、掃除時間が減るってことはお昼休みの時間が伸びるってことでしょ? そしたらわたしの睡眠時間が増える」


「確かにっ!」


俺も睡眠時間が増えるのは歓迎だ。


「全然確かにじゃないわよ」


即刻リアサに否定される。


「学校を掃除するのはどこの学校でもやってることよ。それに掃除する人間が居なくなったら誰がこの学校を綺麗にするのよ? 掃除屋さんでも雇うつもり? そんな予算出せないわよ」


「掃除委員会でも創設するか?」


「お兄ちゃん、そうするとわたしたちの管理する委員会が増えるだけだよ。ここは部費のかからない掃除部でも創設して学校を綺麗にしてもらおうよ」


「あなたたち、誰かに掃除を押し付けたいだけじゃないのかしら……」


俺と優女の心意を見抜くとは、さすがリアサ。

そう、俺たちはただ代わりに掃除してくれる都合のいい存在が欲しいだけ。

それと寝たい。

昔から有能な俺や優女に手伝いをお願いしてくる大人たちはたくさんいた。

学校の知り合いもことあるごとに俺達を頼る、話題にする、妬み、羨み、何かしらの期待をする。

皆自分たちがどれだけ自己中心的で怠慢な性格をしているか自覚していない。

俺はそう言った連中が嫌いだ。

だって面倒だから。

自分が人を頼るのは許せるけど、他人が俺をただで使おうとするのは許せない。

俺もかなり自己中だな……。


「他にまともな要望はないのかしら……」


俺達の会議は続く──。

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