第19話 これが今の彼です……。


「いた!」


優女から反応があったので立ち上がる。

リアサと浅川からも反応があり三人とも同じ座標を示した。

ここら辺一帯で俺達以外に強い魔力反応があるのは一か所だけ。

ほとんど動くことなく森の奥にいるらしい。

かなり高純度の魔力体でもある世界樹のことだ、その反応で間違いないだろう。


「じゃあ行くか」


俺たちは歩き出す。三人を前にして後ろに俺と妖精族の人が一人。


「ところで青木君、その世界樹に憑りついたという男の名前は?」


「エルグ、エルグ・フリューグだ」


「ああ、世界樹の中身って彼だったんですね」


「知ってるのかしら、浅川さん?」


「ええ、以前わたしがこの世界で旅をしていたときとある国の魔法師団の一人として働いていましたよ」


「へえ、どんな人だったの?」


優女も興味を持ったのか話に参加してくる。

エルグがどんな性格かか……一言で表せば変態だと思うのだが。


「彼はかなり優秀な魔法使いで、寡黙で誠実な男性でしたよ」


浅川の口から信じられない印象が出てきた。

なんでも浅川がエルグと出会った頃はまともだったらしい。

なんでも街で困った人が居れば迷わず助け、あまり人前で喋らない人だったと。


「そうなんだ……なんかお兄ちゃんが微妙な顔してるけど?」


「それはそうでしょうね、今のエルグさんからは考えられないぐらいいい人でしたから」


本当にそんな人間だったのだろうかエルグの奴……。


「浅川、嘘ついてないだろうな?」


「嘘じゃないですよ、その証拠に過去の記録でも見せましょうか?」


そう言って浅川は空中に手をかざし、半透明な立体映像を流し始めた。

それはまだ歳若い青年が溺れそうになっている子供を助けるシーン。

行方不明になった子犬を見つけ救出するシーン。

路頭に迷ったスラムの子供たちに食料を恵むシーン。

他にも俺の目からは信じられない映像が流れ続けた。

しかも生前のエルグの顔、なかなかのイケメンだ。

微笑むこともなく、颯爽と人助けをしている。

本当に昔はあまり喋ることがないように見える。


「へえ、すごいいい人だったんだねえ」


「そうね、見る限り尊敬に値する人間のように見えるわ」


「ですよねー、まあこれも昔の話……きっと今のエルグさんを見たら二人ともガッカリすると思いますよ」


「俺もそう思う」


「大丈夫だよ、わたしたちもそこそこ変わり者だし」


「そうね、少しぐらいなら我慢できるわ」


二人とも自覚はあったんだな。

まあそこそこなんてレベルじゃない気がするが……。

それとリアサのセリフ、フラグに聞こええるのは俺だけか?

歩き続けること数分。

俺たちは一つの大樹の前に居た。

背中を逸らして見上げるほど大きな木だ。

三人の感知した反応はこの木の上からしているらしい。


「とりあえずどうする?」


優女が俺に聞いてくる。

他の三名も俺を見る。


「とりあえず、名前を呼べば出てくるだろ」


「え、なんで? そんな大人しく出てくるの?」


「ああ、あいつのプライドは世界樹であること、前世の名前は捨てたとか抜かしてるし」


「そんなプライドがあるのね……」


「とりあえず皆で呼んでみましょう」


全員で息を大きく吸い、吐いた。


「「「「「エルグさ~ん、出ておいで~!」」」」」


俺達の声が響いた後、シーンと森を静寂が包む。

すると上から葉がパラパラと落ちてきて、


「俺をエルグって呼ぶんじゃねえ~!」


そう言いながら俺達の後方に一つの個体が落ちてきた。

煙が晴れると、落ちてきたものの正体が、一つの木であることがわかる。

その木はなにかビシっとエロいようなカッコいいようなポーズをとる。


「この美しいボディライン! 輝かしい花たち! これまた美しい脚に腕! 世界樹様だぞこのやろお!」


俺にはただの綺麗な花を咲かせてる木にしか見えない。

というか考えたら気持ち悪いんだけど……。


「お兄ちゃん、あれがさっきまで見てたエルグさん?」


「ああ、あれがエルグだ」


「おいそこ二人! 俺のことは世界樹様と呼べ! ってあれ? よく見たら一人はハルトじゃねえか! 久しぶりだなあ~、よし帰れ!」


「それが久しぶりに会った知り合いに言うことかよ」


シッシと枝なのか手なのかわからない物を振り回しながら帰れと言われても……。

はいそうですかと言って帰るわけにはいかない。

妖精の森の住人がこの変態に困らされているのだ。

こいつを説得するなり捕まえるなどして解決しよう。


「世界樹様! 今後は夜の間も野犬が寄り付かないよう見張りをつけます! だからどうかお戻り下さい!」


妖精族の男性がそう言う。

それに対してまたヘンテコなポーズに切り替えながら、声のトーンを落として答える、


「ふ、断る」


「ならどうすればお許し頂けますか?」


「そうだな……まず俺に与える水を炭酸水に変えて、お世話係もたくさんの綺麗なお姉ちゃんに変えろ。それとまだ見ぬ種子が欲しいな、この森もまだいろどりが足らん」


なんて贅沢な注文なんだ……。

というかさっき浅川に見せてもらった人物とはかけ離れ過ぎている。

あんな周りの人間に気を使っていた人間がどうしてこうなったのか?


「あなた、恥ずかしくないの? 自分の民を困らせて、それでも上に立つ人間なのかしら?」


リアサが前に出て強いことを言う。

それに対してエルグは鼻をほじった。

鼻がついているのかわからないがそのように見えた。


「なんだよ嬢ちゃん、なら嬢ちゃんが俺のお世話を毎日欠かさずしてくれるのか? ふむ……なかなかの容姿だし、一応合格だな」


「わたしをそんな目で見ないで、それより恥ずかしくないのか聞いてるでしょ?」


「悪いがまったく恥ずかしくないな……というか俺木だし、人間の秩序とかもう知らん」


エルグの言葉を聞いてリアサが頭をかかえる。

確かにどうしようもなくダメ人間な性格に変わってしまったエルグにはもうなにも届かないだろう。

こうなったら実力行使あるのみ。

俺は前に出て宣言する。


「エルグ、お前が言うこと聞かないのなら俺たちは実力行使にでるぞ?」


「ほほう……俺とやる気なのかハルト、この前世では破邪君聖人と俺も意味のわからんなんかすごそうな名前で呼ばれていた俺と?」


「絶対馬鹿にされてるだけだぞその名前……」


俺たちは互いに戦う態勢をとる。

次の瞬間、俺とエルグは通常じゃ考えられない速度で接近し、拳と木拳を合わせた。

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