第12話 急なお礼はそれはそれで困る。


今日は折田と浅川、それと優女と屋上で昼食をとることになった。提案したのは優女。俺も折田と浅川が実際に会話している様子を見といたほうがいいとのこと。


俺は優女が見てればいいんじゃないかと思ったが、優女がしつこく進めてきたので提案に乗ることにした。


屋上に向かう途中、優女が前を歩く折田と浅川に聞こえない声で話かけてくる。俺は耳を優女の口の高さに合わせて歩く。


「お兄ちゃん、もうそろそろ折田君に浅川さんを勧めてもいいんじゃないかな?わたし的にはさっさとくっついてもらって二人のイチャイチャ空間から抜け出したいんだけど」


イチャイチャ空間って……。そんなに二人の相性がいいのだろうか?まあそれならいい話だ。優女はそんな二人の雰囲気に当てられ逃げ出したくなったらしい。


「もうそんな段階か……ならタイミングを見て俺が勧めてみるか」


「それがいいよ、ああ、これでやっとお兄ちゃんと二人の兄妹ラブコメ始められるよ」


「始めねえよ」


優女に呆れながら廊下を進み階段を上る。屋上のベンチにそれぞれ座って用意した昼食を出す。俺と優女は学食のパンと飲み物。浅川は手作り弁当。そして折田は──。


「はい、折田君、今日のお弁当」


「ありがとう、いつも浅川の弁当は美味しいから助かるよ」


そう言ってうふふと笑う浅川は折田に折田の分の手作り弁当を渡す。それを爽やかな顔で受け取りサラッとカッコハズイことを言う折田。なんだよそれ……もうこの場に居たくないんだけど……。折田の為にわざわざ用意する浅川もすごいが、この期間で女子からお弁当を作ってもらえる関係にまで迫った折田もすごい。


「お兄ちゃん……もうわたし帰りたい」


「落ち着け優女、これぐらいどうってことない、鳥の囀りだと思えば大したことない」


俺は手元にある食堂で買ったパンを見て悲しくなった。食堂のおばちゃんたち、なんだかごめんなさい。俺は心の中で涙を流しながら謝る。このパンも十分美味しいから文句は言わない。だけどなんだろ……。


「どう? 折田君……卵焼きの味付けを変えてみたんだけど……」


「ああ、これも美味しいよ、浅川はほんと料理上手だな」


「そんなことないよ♡ あっ白米には良かったらふりかけかけてね♡」


この二人の新婚夫婦みたいな謎の雰囲気はなんだ?これが優女が言ってたイチャイチャ空間……ゲロ吐きそうになってしまうぐらい甘々なんですけど……。この二人いつの間にこんな距離縮めたんだ?俺の知らない間でなにがあったのか。


「どうしてこの二人こんなに仲いいの?」


「知らない……よっぽど相性良かったんじゃない? ああ、帰りたい、帰りたいよお~」


そう言って悲しそうにパンをかじる優女。俺も一つ目のパンを食べきり自販機で買ったイチゴ牛乳を飲む。俺がいない間、優女もリアサも大変だったんだな……。この二人の状態でよく数週間も一緒に居られたものだ。俺ならとっとと二人をくっつけてハイさよならしたくなる。あっ、優女がこんな気持ちだったのか。


「リアサはこの二人の様子を見てなんて?」


「吐いた砂糖を飲ませてやりたいって」


「おう……」


リアサもなかなかの心境らしい。吐いた砂糖を飲ませたいって……要するに自分の嘔吐物をあの二人に飲ませたいってことだろう。さぞイライラしてたんじゃないだろうか。発想が面白い。


「お兄ちゃん、二人にそろそろ……」


優女がさっさと二人をくっつけてって言うように背中を叩いてくる。あの二人会話に混ざりたくないが仕方ない。これも仕事だ。やるしかない。


「なあ、二人とも」


「なんだ春斗?」


「青木兄君?」


二人が揃ってキョトンとした仕草にイラッときたがこらえる。


「提案なんだけど、試しに二人で付き合ってみたらどうだ?」


俺がそう言うと顔を赤くして頬を押さえる浅川。どこか困ったように、けれど嫌じゃなさそうに頭をかき始める折田。二人の反応を見てこれはいけるなと確信する俺。


「もお~! なに言ってるの青木兄君! そんなこと言われたら困るじゃーん!」


えっと?君の依頼で提案してんじゃーん?なに言ってんだこの人。断るんじゃねえよ。大人しく従え浅川……ここでヘタレたらもう手伝わんぞ。


「そうだぞ、春斗……そんなこと言われたら……困るっ」


照れた顔でなに言ったんだ折田。お前間違いなく浅川に惚れてるだろ……とっと俺はくっついてもらいたいの! 素直になれやテメエら!


「とりあえずお試しにでも付き合ったらどうだ? 二人とも俺から見てお似合いだぞ」


「そんなこと言われたら困るよ! もう!青木兄君たらっ♡」


だったら語尾に♡マーク付けてんじゃねえよ……。


「お試しで付き合うとか不誠実じゃないか? 要するに遊びってことだろ?」


「折田、お試しで付き合うって言ってもキスしたりその先をするわけじゃない」


「「キスっ!」」


俺の言葉に驚いてそれぞれ照れた仕草をする二人。こいつらいい加減にしろよ……。本当はもうしたいんだろ? あんなことやこんなこと二人でしてみたいんだろ?だったらとっとと付き合えよ! ああ~、うぜえ……この二人の反応がうぜえ。


「もういい、なら俺からのお願いだ……二人でお試しで付き合って見てくれ。俺は二人に幸せになって欲しい」


俺は嫌々ながら頭を下げて……なんで俺が頭を下げる状況になってるのか理解できなかった。すごいわからん、理解できん……。何が悲しくて他人の幸せの為に俺が頭を? 隣でドン引きしている優女……大人しくしてないで手伝えよ。


「青木兄君がそこまで言うなら……ね? 折田君?」


「ま、まあ、お試しにってことなら、いいかな?」


俺はしぶしぶ付き合うことにすると言った空気を出す二人を殴りたくなった。頭をあげた俺は意識して笑顔を作る。子供っぽく、喜びと期待を合わせたような感じの顔と笑顔で。


「そうか! 付き合ってくれるか! 良かったあ、二人がそのまま本当に付き合うことになることを祈ってるよ! な? 優女!?」


「えっ、わたし!? えー、えーと……うん! わたしも二人がこれからも仲良くできることを祈ってるよ! ああ羨ましいな! わたしも折田君みたいな彼氏ができたらなあ!」


俺たちは無理やり好意全開の笑顔を作り声をあげた。口元が引くついてるのは気のせいだろう。これにて無事二人が付き合うことが叶った。俺はなにか大事なものを失ったような気がしてならなかったが……。まあこれにて一件落着。


◇ ◇ ◇


折田と浅川が付き合うことになって放課後、俺は浅川に二人で話したいと屋上に呼び出された。どうやらお礼が一言言いたかったらしい。そんなことをしなくてもいいのだが。屋上に行くとフェンスに寄っりかかっている浅川がいた。周りには人気が無い。いつもに比べて寂しさを感じるのは気のせいだろうか?


「よっ、浅川、別にお礼なんて気にしなくていいのにな」


「そんなわけにはいかないよ……本当に助かったから……青木兄君、今回はほんとありがとう」


そう言って頭を下げてる浅川。頭を下げられることに慣れていない俺はどうすればいいか悩み、何もしなかった。


「まあ、俺も折田が幸せになれるならそれでいいよ、それに手伝うのも面白かったからな」


「そう言ってもらえると助かる……それでお礼をしたいんだけど、まず自己紹介をさせてね」


「自己紹介って……浅川は浅川だろ?」


なにを言い出すんだこの人は。もしかしてどこかのお嬢様だったり有名作家だったりそんな展開があるのだろうか? 浅川はニコっと笑ったあと後ろにまとめている三つ編みを解いた。するとちょうど夕日がさしこみ浅川の髪の色が、黒から黄金色に変化したように見えた。……いや、気のせいではなく、間違いなく黄金色だ。


「わたしの本当の名前はアステラ……この世界に存在する女神の一人です」


そう言った浅川の瞳が黒から黄金色に変わり雰囲気がガラッと変わった。俺はいま誰と対面しているんだろう?浅川ってこんな神々しくて魅力的な女性だったか?


「えっと、女神って言われても、何言ってるのか……」


「信じてください、この変化した黄金色が見えませんか?」


「うん、まあ普通はそうならないね……」


女神がどうのこうのと言う話は置いといて浅川は普通でないことがわかった。


「わたしからのお礼として、あなたに異世界に行く権利を与えます」


異世界? ほんとなに言ってるんだこの人は? すると俺の足元になにか漫画で見たような魔法陣のようなものが浮かび上がり俺は戸惑う。


「さあ! 行ってらっしゃい! あなたに良き旅路があらんことを!」


「えっ、ちょっと待って! いきなりこの展開!? 説明なし!? あ、あの! 優女とリアサにはお礼は!? あの二人は!?」


「あの二人には別のお礼をあげます……必要ないですからね」


なにか意味ありげに微笑みそう言った浅川は手を振り続け、俺はそのまま異世界に飛んだ。※すぐ現代に戻ってきます。

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