第10話 煩悩撲滅ッ
まず初めに、誤解がないよう言っておく。さきほどの意味ありげな優女の視線は──伏線ではない! あれは単に俺の横顔に見とれてただけ……時々あるのだ、優女は自他ともに認めるブラコン。兄である俺が一番だと考えてる、他人との恋愛に興味がない女の子だ。だから、リアサが俺を好き──ということもない。
リアサが俺に対してだけ口が悪いのはただ相性的に、そう言う関係ってだけだ。実は俺を意識して好意を抱いているということも、ラブコメよろしくツンデレキャラってことも一切ない。試しに聞いてみようか? リアサ本人に、
「リアサ、お前、俺に対してだけ冷たいけど……ツンデレ? 実は俺が好きなの?」
俺が聞くと意味ありげな微笑みを浮かべて首を傾げるリアサ。
「……どう思う?」
「どうって、正直に答えていいぞ」
「そうね……わたし、実はあなたのことが大好きなの……」
リアサの発言を聞いて浅川が口元を両手で押さえ優女がニヤニヤしている。俺とリアサはというと、
「「……ははは(ふふふ)……はっ! (ふっ!)」
一時笑いあったのち、お互いどうでもいい視線を向け合った。
「わたしがあなたに好意? 冗談は棺桶の中で一人でして欲しいわね」
「もう死んでるだろ……俺だって冗談で聞いたんだ」
「そう? 実は期待してたんじゃないかしら? あなたの下僕にしてくださいリアサ様……ブヒッって」
ブヒッってなんだよブヒッって……。俺は豚じゃない。こいつは自分に自信を持っている。その自信は実績と努力による現実的なものであるから誰も文句を言えない。事実こいつは人としても女性としても優秀だ。
こんな女が俺に惚れてるわけないだろ? これでわかってもらえただろうか? こいつは冗談で人に好きって言える。頬をちっとも赤く染めることなく言ってのける。だから俺とコイツの恋愛はない。
ごめんね読者の方々。全話で美少女とのイチャイチャを期待したかもしれないけど、俺はこいつを尊敬はしているが恋愛感情はない。リアサも同じことを考えているだろう。
「さて、わたしがここに来たのは恋愛に興味のない優女さんが珍しく恋バナをしてきたから、気になったのよ。だからもしかしてっと思って教室まで来たの」
「なるほど……リアサも浅川に協力してくれるってことでいいのか?」
リアサが協力してくれるのなら百人力だ。リアサは友人が多く人望が厚い。だから他のクラスの情報収集で役立ってくれるかもしれない。リアサの顔の広さを利用しない手はない。それに折田のことをよく知っている人間が直接協力してくれるのなら、もし折田と浅川の間で問題が起こったとき、助けになるかもしれない。
「リアサさんが協力してくれるなら心強いな」
浅川が期待するようにリアサに言う。リアサは浅川を安心させるかのような微笑みを浮かべ手を差し出した。
「わたしも協力するわ、これからよろしくね、浅川さん」
「うん、よろしく!」
優女が俺に近づいてきて囁く。
「お兄ちゃん、四人の中で男一人……つかの間のハーレム気分を味わえば?」
「……優女、残念だがお前以外俺に興味ないんだ、期待したら辛くなる」
なにが悲しくてこの状況でハーレム気分を味わえと? 一人は折田の話で惚気て、一人は毒を吐いてくるんだぞ? 最後の優女は、優女である。俺に興味があるかもしくは期待してるのは優女だけ。俺はもう勘違いしたりしない。
「じゃあ、わたしはなにをすればいいの? 青木君?」
俺が作戦をいろいろ考えていることがわかっているのかリアサが聞いてくる。俺のことを信頼してくれているのかわからない発言だ。
「じゃあリアサには女子の噂、主に折田と浅川さんの接触に対しての陰口を集めてくれ。好印象だったり、どうでもいいことだったら別に報告しなくていい」
「わかった、女子はこういう恋愛事好きだし……折田君に好意を抱いてない人なら協力してくれると思うわ」
「お兄ちゃん、わたしは?」
「うーん、リアサに協力かな……もともとは優女にリアサの役割をやってもらおうと思ってたんだけど……」
「わたし、こういう陰で暗躍する女性に憧れてたんだよね……わくわくで震えてきたっ!」
「やっぱりお前は大人しくしてろ……リアサ、優女が突っ走らないように見ててくれ」
「わたしが見るの? 悪いけど、優女さんが暴走したらわたしじゃ止められる気がしないんだけど……」
「大丈夫、俺が魔法の言葉を教えるからそれを暴走した優女に唱えるんだ」
「魔法の言葉?」
「ああ、見ててくれ」
俺は優女に向き直り目を合わせる。優女が目線を逸らさず見つめてくる。
「……お兄ちゃん……好き♡」
「まだ何も言ってねえだろ……優女、悪しき時は、」
「いずれ去る……」
「幸の時は、」
「自分の中に……」
「明鏡止水……」
「心は惰性の中に少しの勇気……」
優女が目を閉じ深呼吸する。落ち着かせるように優しく見つめ続け、俺はやっと優女から視線を放す。そして二人を見た。
「こうやって落ち着かせれば、だいたい優女は自分で自分の感情をコントロールできる、リアサ、覚えておけ」
「そうね……覚えておくわ」
「優女……そろそろ起きていいぞ」
優女が目を閉じたまま両手をそっと合わせる。そしてそっと呟いた。
「お兄ちゃん、ごちそうさまぁ」
そう言って相貌を崩す優女を見て疑問を抱いたように首を傾げる浅川とリアサ。
「青木君……わたし、ふと思ったんだけど、優女さんが想像したことって……」
「ああ、ただの煩悩だよ」
「さっきの言葉はなに!?」
浅川さんがいい感じにツッコミを入れてくれた。ありがとう!浅川さん、君は一流のツッコミ役になれそうだ。折田と付き合えたら漫才でもすればいいのでは?折田がノリ役やってるところ少し見て見たい。それだけで爆笑しそう。
「まあ、それはともかく……明日から本格的に折田に関わっていかないとな、浅川」
「うん……緊張するけど、頑張る」
「優女とリアサは浅川に付き合って折田と話してくれ、リアサと優女が居れば浅川さんが折田を意識してることも気づかれにくくなるだろ」
親友の妹とかつて恋をした相手。その二人が居ればおのずと恋愛の意識は遠のくはず。むしろ意識して恋愛しないよう思考が回るはず。その距離感でまず浅川には折田の友人として一緒に居て、違和感がなくなるようにする。
周囲が折田と浅川が二人で話していても違和感を持たなくなることが理想だが……それはまだ遠い。浅川には頑張ってもらわねば。十分可愛んだし勝算はあるだろ。
「浅川さん、頑張ろうね!」
「うん」
優女が「おお!」と手をあげ喝を入れた。
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