第7話 実に面白い……クックック。


「俺が一番信頼している生徒を教えてくれって相談されたんだよ」


そう武先が言った。それで武先は俺の名前を出したらしい。嬉しいような恥ずかしいような……照れるな。


「今のお前は傷心中だからな、女子に頼られ関わりを持たれたら尻尾を振って喜ぶだろうと思ってな」


「そういう信頼かよ……」


俺の喜びを返せよ。俺は確かに心に傷を負ったが女子に頼られたぐらいで喜ばない。というかもうこりごりだ。都合のいい男はやめると決めたのだ。今回相談を受けたのは単なる気まぐれ。あとはもう女子に期待することをやめただけ。ただの暇つぶし。そんなものだ。


「まっ、浅川の相談にうまく応えてやるんだな」


そう言ってここを去れと手を振る武先。俺は一礼して職員室を出た。


◇ ◇ ◇


お風呂で髪と身体を洗い流し湯船につかる。今日一日あったことを思い出す……問題ばかり解いてたな……。学校が勉強の場と言っても一日で解く問題の量と質じゃない。武先め……今度逆に俺が問題を作って武先に解かせさせることもいいかも。うん、面白い。超絶難しい問題を作って解かせよう……拒否される未来しか見えない。


「お兄ちゃん、そこにいる?」


脱衣所から優女の声がした。どこか心配するような声で優しい。なにかあったのか?


「いるぞ」


「お兄ちゃんはさ、浅川さんの相談に協力するみたいだけど……思うところないの? 大丈夫?」


「ああ、なるほど」


どうやら浅川の相談内容が恋愛絡みで、振られたばかりの俺にとっては辛いものじゃないかと考えたのだろう。……確かに思うところがないわけではない。なんで俺が他人の恋を応援しないといけないのか……。なぜ俺が他人の幸せを願わねばならないのか……。そう思うところもある。


「気にしないでいいぞ優女……だってさ」


「うん……」


「面白そうだろ?」


「ああ、お兄ちゃんだねえ」


確かに思うところはあるが他人の恋路を外から見るのは面白い。正確には人間観察することで視える感情の揺れ、思考の仕方、人間関係の形。そこから発生する過程や結果を見るのが面白い。俺は浅川の恋を全面的に応援し協力するが、代償としてその恋を観察する権利を勝手に貰おう。


「俺は浅川と折田の恋の行方を観察できればいい。優女も楽しそうに野次馬感出てたぞ?」


「わたしはいいんだよ。女の子は恋バナを楽しむものなんだから」


「お前はどうするんだ? 俺は折田から話を聞いて情報を集めるけど……」


「わたしはリアサさんのところに行ってみるよ」


「リアサ? なんでまた生徒会長のところに……」


リアサとは本堂寺リアサというこの学校の生徒会長のことだ。俺達と同じ二年生ながらなかなかの手腕だと聞いている。


「折田君とリアサさんって幼馴染なんだよ。だからなにか折田君のこと、知ってるかなって」


「そうだったのか……折田とは昔からの付き合いだけど初めて聞いたぞ」


「折田君、自分の事あまり話さない人だからね。聞かなきゃわからないんだよ」


「それもそうだな……じゃあそっちは任せた」


「任された……ところでお兄ちゃん……」


湯船から出て扉を押さえている俺に優女が聞いてくる。


「さっきからお風呂の扉が開かないんだけど!」


バッカ! バッカ! と、扉を無理やり開けようとする優女に対して俺は言う。


「お前今裸だろ、さっき服を脱ぐ音が聞こええたぞ」


「お兄ちゃんとお風呂入ろうと思って」


「お前が入ってきたら俺はお前の身体を表現しないといけないだろ……俺は読者に妹の裸を感じさせるつもりはない!」


「そんなっ! お兄ちゃんは読者の楽しみの妹系ヒロインの入浴シーンをスルーさせるつもりなの!?」


「俺はラブコメの主人公じゃないからな……簡単にエッチな展開なんて期待しないんだよ!」


「ぐぬぬっ……こうなったらお兄ちゃん! わたしの裸を想像してみて!」


柔らかそうな肌……って、考えるな! 想像するな俺!


「Dカップのおっぱい……なだらかな曲線を描くこのくびれ……その下にあるプリっとしたお・し・り♡」


「やめろおー! 言葉で俺に連想させるなあ!?」


「わたしはお兄ちゃんの腹筋が見たいよ! もう涎だらだらだよ!」


「変態かお前は! あとで一人で風呂入れ!」


数分後──。風呂から上がった俺は少し湯冷めしていた。脱衣所で髪を乾かしながら現在風呂に入ってる優女に聞く。


「リアサに聞くっていってもなに聞くんだ? 俺が折田に聞いたらそれで済みそうな気がするけど」


「お兄ちゃんはわかってないなあ、本人の考えと他人から見た評価は違うこともあるんだよ」


「確かにな……」


間違いなくイケメンと言える男がいたとする。そいつは自分の容姿に自信があり、女子にモテていると考えている。だが周囲の女子はイケメンと話すことで気分が良くなっても好意には発展しない……そんなこともよくある。


「じゃあ俺が折田から聞いた話と、優女がリアサから聞いた話を合わせて考えないとな」


正確に、勘違いがないように、すれ違いが起こらないように……。


「そうだねえ……それとそれとなく周囲の女子の様子も見とくよ」


それは女である優女の役目だな。


「ああ、浅川が折田に積極的に接近し始めたら、折田に気がある他の女子がどう思うかわからないからな」


「だねえ……女子の噂は怖いからね、すぐに妬んだら陰口叩くよ」


「じゃあ俺達に協力してくれそうな奴に声かけて、各クラスの噂を集めてもらうか……」


数人ほど頭に思い浮かんだ顔がある。あいつらに声かけるか……。


「今回は全面的に浅川さんの味方、ってことでいいんだよねお兄ちゃん?」


折田はモテるからな……浅川の他にも折田に好意を寄せてる女子は居るだろう。だからそう言った女子と衝突する可能性もある。その時どっちの味方に付くか。もしくは中立になるか……。


「俺達を信頼して頼ってきたのは浅川だ。なら、今回は浅川の早い者勝ちだ」


「じゃ、浅川さんの味方になるで決定だね」


俺は浅川を少し気に入った。武先が信頼している生徒が誰か尋ね、俺達を頼る。それをできたことを俺は高く評価する。武先の人を見る目を信じたことと、自分の恋心を勇気を出して特に関わりのなかった俺たちに相談したこと。実に面白い。


「忙しくなりそうだな……ハックシュン!」


「お兄ちゃん、風邪ひくよ?」


「誰のせいだよ……」


このバカ妹め……。

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