第4話 この人愛とか言っちゃてるよ……。


教室でだらけた姿勢になり足を伸ばしていると椅子の背もたれが硬く、家にあるソファが恋しくなった。


ぐうぅとお腹が鳴ったのでそろそろ昼食を取らなければならない。隣のお席で武先に出された課題を大急ぎで解いている優女を見る。忙しそうだなあ。


「優女……パンとおにぎり……あとコーヒーを買ってきてくれ」


歩くのがめんどくさいので優女に頼んだ。俺のだらけ具合もすごいな。


「兄者……いまわたしが忙しいのがわからない?」


ゆっくりと俺に視線を向けた優女は目を細めて見つめてくる。

その目は語っていた。

「今のわたしの状況を見てなに言ってんだテメエは?」と。

だから俺はこう提案するのだ。


「わかるぞ。代わりに俺がその問題解いておくから、頼む」


「それならラジャー!」


機嫌を取り戻し、俺の鞄から財布を抜き取って食堂に向かった優女。

さて、問題解きますか。

優女の机から途中まで解いてあるプリントを取る。


内容は現国だった。

なんで数学教師が現国の問題持ってるんだよ……。

そう思いつつとりあえず解き進める。


俺は文系で現国は英語の次に得意だ。

だから難なく問題を解くことができる。

一方優女は理系で数学や物理が得意だ。


まあでも……俺は数学でも物理でも学年一位の成績を取っているが。

それで優女は二番だ。


もうテスト勉強を頑張る必要がなくなった俺が落ちるとなると自然に優女が今後学年一位の座に座り続けるだろう。


数分後……優女が帰ってきた頃には問題は解き終わり優女の机にプリントを置いていた。


「はいお兄ちゃん、どうぞ」


そう言って食堂でも人気の菓子パンとおにぎり、自販機で勝ったコーヒーを渡してくる。どちらも俺の好物だ。


「どれどれ……問題は解けてるのかな……」


優女が問題用紙を手に取り確認し始める。俺は安心させるように腕を組み、胸を張りこう言うのだ。


「ああ、ちゃんと全問解いといたぞ」


「ふむふむなるほど……」


最初はニコニコしながら回答を見ていた優女だったが、顔色がどんどん変わっていく。どうしたんだろうな?


「お兄ちゃん、この『走れエロス』の走り続けるエロスの心情を捉えろって問題の回答だけど……」


「ああ、回答『ああ、スニーカー超欲しい~ああ超絶欲しいな~』な」


「とりあえずツッコミは最後にするとして……『鋼閣寺』の主人公が放火した後の心情を捉えよ……」


「『あっやっべ! あっやっべ! 爆竹で遊んでいたらやっちゃった!』……」


「……『モロッコ』に登場するモロッコに乗った主人公たちの心情は……」


「『あらこれアクセルとブレーキ、それにハンドルがないじゃないの!』」


「……お兄ちゃん……」


なんだ? 適当に答えを書いたことを怒るつもりか? 俺は問題を解くとは言ったが正答するとは言ってない。だから俺は悪くない!


「お兄ちゃんこれ……面白い!」


そう言って輝く笑顔でグッジョブしてきた優女の反応はやはりどこか感性がおかしいからなのだろう……。お兄ちゃん、逆に心配になる。


「ていうかどこからこんな発想持ってきたの? スニーカーも爆竹も車も物語に一切関係ないし……しかも何文字で答えなさいって問題の指示完全に無視してるし……抜き取りですらないし……さすがお兄ちゃんって感じだね」


「まあな、武先は課題は出すが再提出は求めない先生だからな……どんな答えを書いても問題ないだろ」


とにかく答えを書けばいいのだ。

それが間違っていようが問題の指示を無視していようが問題ない。回答することに意義があるだ。


武先の課題に応えることに意義があるのだ。俺はおにぎりを食べながらそのことに思い至った。


「じゃあちょっと武先に提出してくる!」


そう言って駆けだして行った優女を見送り俺は菓子パンに手をかけた。

菓子パンを頬張り口で掴みつつ空いた手でコーヒー缶を開ける。


左手で菓子パンを握り右手でコーヒーを持ち完全態勢。

俺はのどを潤し美味しい菓子パンに満足していた。


すると突然後ろから頭を鷲掴みされ痛みが走った。なんだ!


「誰だよ……」


「俺だよ……武先だあ」


そう言って俺の頭を掴んだまま武先がにっこり笑った。

後ろには両手を合わせて「メンゴ! テヘッ!」って顔をした優女がいた。


俺はこんなことをされるいわれはないと主張するためキリッと武先を睨んだ。


「なにするんですか」


「お前が書いたこの問題の回答について……それから答えれば何でもいいとか考えてる甘ったれた奴の顔を見ようとな」


さきほど俺が解いていたプリントを見せつけながら武先が笑顔を深める。わあ、彫の深い人だなあ……。


「……そっすか……」


俺の目が左右に揺れるのを自覚しながら言い訳を考える。

しまった……まさか武先が直接乗り込んでくるとは想定してなかった。

ここはなんとしても切り抜けなければ!

IQ百八十(自称)の俺の頭脳よ!

今俺に逆転の策を!


「お前には特別に俺お手製のスペシャル問題をプレゼントしてやる」


「いやですねえ、男にプレゼント貰っても嬉しくないですよお」


「まあまあそう言わずに受け取れ、これは俺からの愛だ」


「本気でキモいこと言わないでください!」


いやあー!

武先に迫られるう~!

この人教室で愛とか言っちゃってるよ……。

後ろで優女が両手をカメラの形に変えながら「カシャカシャ」呟いてんじゃん!

やめてくれよほんと……俺は女の子が好きなんです!


「まあ、反省はしてます、悔いはないですが」


「カッコいいセリフだが、セリフの内容がクソダサいぞ青木兄」


「ぶふっ!」


「優女、いま笑ったな? 後で覚えてろよ?」


「いや笑わないほうが難しいって……お兄ちゃん今度はわたしも手伝ってあげるから、そのスペシャル問題を大人しく受け取ろ? 武先からの愛だってよ愛……ぶふっ!」


「コイツめっちゃ武先のことバカにしてますが?」


「俺もさっきのセリフを後悔してる……」


ちょっと恥ずかしそうに頬を赤くする武先。

それを見てどこか満足した俺は、大人しく武先からスペシャル問題を受け取った。

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