第2話 妹ですから♪


ひと晩考えた結果──いわゆる、ラブコメでありがちなイベントごとをこなしても、俺には主人公となる才能がなかったのだろう。

俺は青春ラブコメの主人公じゃなかった……。

そのことを認め、受け入れた途端、とても気持ちが軽くなった。


もう何も悩む必要がない。努力して彼女を求める必要もない。というか恵奈以外に興味のある異性がいなかったから必要がない。

俺はもう無理して頑張るのをやめる。


学年一位を取り続けたテストも、学年一の運動神経のいい男の看板も、優しくて誠実で女子受けがいい態度も、すべてやめてしまおう。


「俺はそう決めた」


廊下側の一番後ろの席に座る俺は呟く。


「お兄ちゃんがそれでいいならいいけど……周囲が黙ってなさそうだね……」


高校二年生になったばかりの教室で隣の席に座る優女が呆れたように俺を見つめる。だが、俺はこの方針を変えるつもりはなかった。俺は返り咲く! あの頃の陰キャへ!


「この問題を……そこの青木兄のほう、答えて見ろ」


男性教員である数学担当の先生が俺を指名してきた。俺は席を立ちあがり黒板に向かう。先生が見つめる中、とても面倒だったので適当にチョークを扱い、式と答えを書く。


「終わりました」


「よし……戻っていいぞ」


俺は席に着きふうと息を吐く。大変重労働でした。


「ねえ、お兄ちゃん、陰キャを目指すんじゃなかったの?」


何か疑問そうに優女が言ってくるがなんだろうか? 俺は陰キャを目指すって言っただろ? すると優女が黒板のさっきまで俺が書いていた式と答えを指さす。


「だって陰キャは簡単に正解を引かないし、途中の式をすっとばして答えを書かないよ。なに? 俺は暗算で解けるんだぜって、実力者アピールしたかったの?」


「……あっ」


確かに適当に答えるあまり優女の指摘通りの結果になってしまった。先生はそのことに気づいたのか……呆れたように途中の式を書き足している。


「お兄ちゃん知ってた?いつもあの先生、お兄ちゃんがすっ飛ばした式を訂正してるんだよ……」


「そうだったのか……」


「ふっ、お兄ちゃんもまだまだだね……」


何がおかしいのか笑いながら手をヒラヒラさせる。うぜえ。


「次の問題、青木妹……やってみろ」


先生に当てられ優女が黒板の前に立ちチョークを握る。

式と答えを書いて戻ってきたときには頭を押さえた先生が途中の式を付け足すところだった。


「バカじゃないの?」


「お兄ちゃんの妹ですから♪」


胸を張って言えることじゃねえよ。俺はこの後の授業で出されるであろう問題を予想して教科書の問題を解いていく。

ノートに式と答えを書き続けながらあくびをこらえる。隣では俺と同じようなことをしている優女がいる。


俺も優女も高校で習う内容は先取りして学習している。だから授業で習わずとも先の問題が解ける。

こうして先の問題を解いていると授業が楽になる一方、とても暇になる。

俺は今の自分が真面目ちゃんではなく本来の自由奔放とした本来の自分であることを思い出した。


「……寝る」


「お休みなさあい」


優女の声を聞きながら眠りについた。スヤスヤムニャムニャ……。


◇ ◇ ◇


うんんっ。なんだか頭が痛い……。何かに握られているような不思議な感覚がする。ああそうだ。俺、さっきまで寝ていたはずなんだ……。少しずつ眠気が溶けていくと……。頭に激痛が走った。


「「ああぁー!?」」


俺と一緒に隣で優女も一緒に叫んでいた。横目で見ればどうやら数学担当の先生である武甕先生こと武先にアイアンクローを食らっている。左手で優女、右手で俺を掴んだ武先は額に血管が浮かんでいる。どうやらすこぶるお怒りらしい。


「お前らのことは一年の頃から目を掛けていたが……やはり俺の勘は正しかった」


ゆっくり手を開き、俺達を解放する武先。ものすごく痛かった。この先生、どんな握力しているのだろうか?


「な、なにがですか?」


涙目になりながら俺が聞くと武先が嘆息しながら顎をしゃくった。


「なんとなくお前らは問題児だと感じていた」


「でも、俺も優女もこの学校一の優等生ですよ?」


「そうですよ! おまけにこんなに可愛い生徒じゃないじゃないですか!」


俺の言葉に優女も同調する。俺たちは運動、学力共に優秀だ。自分で言うのもなんだが、そういった自覚が確かにある。


「確かにお前らは優秀で評価も高い……だが今日の授業はなんだ? あれだけしっかり解いてた問題の式をすっ飛ばし、兄妹そろって居眠りとは」


俺は優女を見る。


「お前も寝てたの?」


「だってお兄ちゃんの寝顔を見てたら眠くなっちゃって……」


「なら仕方ないか」


「うん、仕方ない」


俺達が共感しあっていると武先がまた嘆息した。ため息が多い人だなあ。


「なわけあるか。お前らには特別に課題を出してやる」


そう言って武先が俺達の机に置いたのは難関大学の過去問だった。俺に一枚、優女に一枚。それぞれ同じ内容の問題を渡される。なぜ俺達がこんな目に?


「先生、それはあまりにも横暴じゃありませんか?」


俺が聞くと武先はまたため息をついた。


「これは俺の純粋な興味も含まれる……もしかしてお前らなら、この問題も解けるのではないのかとな……だから解け」


「意味わかんないですよ~」


隣で頬を含まらせた優女はとても不満そう。俺も不満だ。なんでまだ進路も決めてないのに問題を解かないといけないんだ。


「先生、俺達がそんなことで言うことを聞くとでも?」


「そうですよ!なにかご褒美がないと許せません!」


腕を組みまたため息をついた武先は指をビシッと一本立てた。そしてこんな提案をする。


「もしお前らがこの問題で百点を取れたら、俺の授業での居眠りを今後見逃してやる」


「「はいわかりました! 今すぐ解きまーす!」」


俺たちはすぐにシャーペンと消しゴムを握り問題用紙に向かった。

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