俺の青春はラブコメだけで終わらない。

夜九笑雨

第1章 生徒会編

第1話 俺は彼女の主人公じゃなかった。


俺──青木春斗は今から目の前にいる同級生、泉恵奈に告白する。

珍しく自分の心臓がバクバクしているのを実感しながら、俺は幸せの未来を夢見る。


冬の冷たい風を浴びながら俺は決意を胸に彼女の前に立つ。

高校の校舎の屋上に呼び出した彼女は不思議そうな顔で俺を見ている。

彼女とは入学式で偶然出会い仲良くなり、趣味や波長がとても合う人間だと感じた。そんな彼女とこの一年、様々な経験をしたことを思い出す──。


難しい問題を俺が教えて彼女が教わる図書室でのテスト勉強。


互いを互いの家族に紹介し、家族ぐるみの付き合いをした。


時々エッチなハプニングや、人間関係のトラブルがあったが、それらを解決することで俺たちは確かな絆を確かめることができた。


きっと、彼女もそう思ってくれてるだろう。

そんな俺が彼女に告白するのは自然の流れ。

恋人同士になって後に待っているのは幸せなエンドロール。


俺は勇気を出して言葉を紡いだ。


「俺、恵奈のことが好きだ。俺と付き合ってくれ」


俺の言葉に、彼女は口元を両手で押さえて驚いた。

きっと、俺の告白に感動しているのだろう。

ああ、やっとここまでこれた。

祐樹(親友)、優女(妹)、父さん母さん、俺の報告を楽しみに待っていてくれ。


さあ、聞かせてくれ、君の答えを──。


「春斗……」


「ああ、返事を聞かせてくれ」


「ごめん無理」


「……へっ?」


今……恵奈は何て言った?

ごめん無理?

へっへっ?

どういうこと?

俺の聞き間違いか?


「ごめん春斗、わたし春斗のこと好きだけど友達としてしか見れない」


どうやら聞き間違いじゃないようだ……。

俺は予想だにしない出来事に変な声が出そうになった。


「へ、へ~、そっか……そうなんだ」


「じゃ、わたし行くね」


そう言ったきり、恵奈はあっさりと屋上から去っていった。

振り返りもせず、未練なんて欠片もありませんとでもいうかのように。

恵奈と入れ替わりで、俺の親友、折田祐樹がやってきて俺の肩にそっと手を置いてくる。


「まあ、なんだ……こういうこともあるさ」


折田もどこか戸惑ったような顔をしながらも、励ましてくるが俺は納得いかなかった。


「いや、こういうことってある?」


だって普通ならラブコメ終了ルートだろ? なんでバットエンド展開になってるんだよ……。


今までの怒ったりデレたりして可愛かったあの恵奈の表情は何だったんだ?

突然のショックと共に今までの恵奈との思い出がすべて無意味なものに感じてくる。


どうやら俺は、恵奈にとっての主人公になり得なかったらしい……。


◇ ◇ ◇


俺は感情のまま、叫んでいた。


「なんでだよ! 俺は! あれだけ! お前に尽くしたじゃないかー!」


自室のベッドでぬいぐるみのシャチを殴りまくる。

俺が意味がわからな過ぎて怒りを爆発させた結果だ。

思い出す恵奈との青春の日々。


それらが今はただの勘違いで恥ずかしい黒歴史となってしまった。

恵奈に期待してしまった自分が悔しい。

勘違いしていた自分が馬鹿らしい。


皆に報告して祝福モードになる展開を夢見ていた自分を殺したい。


「俺の何が悪かったんだあ!」


「お兄ちゃんどうした!」


ぬいぐるみを殴る衝撃が下まで響いていたのか、はたまた俺の声が大きすぎたのか。騒ぎに気づいた同い年の妹である優女が俺の部屋に駆け付けた。

今はそっとしておいて欲しいのだが……。


「って、ああ! それわたしのシャチさんじゃん! わたしのシャチになにするか!」


今自分が殴っているぬいぐるみが優女の物であることを思い出す。

が、俺の怒りは収まらない。だからつい叫んでしまうのだ。


「うるせえ! 今俺は悩んでんだ! 俺のストレス解消のいい贄になれることを喜べ!」


「意味わかんないよお兄ちゃん! というかほんとどうしたの? そんな癇癪起こして……欲求不満?」


「最初に思いつくのがそれかよ……実はな」


俺はもうどうでもいいか……そう思い、恵奈に告白して振られたことを洗いざらい優女に話した。

なんだかもう、どうでも良くなってきたせいか、何も隠すことなく俺の口はペラペラと回った。


「なるほど……お兄ちゃんの気持ちはわかるよ……期待させといてなんだよこのメス豚野郎って感じなんだよね」


「いや、そこまで言ってないだろ」


なんだよメス豚野郎って……。男なのか女なのかわからない。


「あ~あっ、恵奈はわたしのいいお姉ちゃんになると思ってたのになあ」


「悪いな、お前にも変な期待させた」


優女は恵奈ととても仲が良かった。

学校でもよく一緒に学食を食べたり、雑談に興じたりしている。

恵奈が俺と付き合うということは、優女にとっては将来のお姉ちゃん候補だ。

きっと優女も恵奈が家族になることを期待していたのだろう。

ごめんな優女、お兄ちゃん振られちゃったよ。


「じゃ、お兄ちゃんは新しい恋を探そうよ」


「新しい恋か……」


もうやる気が出てこない。

恵奈以外を恋人にするなんて今までは一ミリも考えられなかった。

だから今から新しい恋を見つけるって言われても難しい。

すると優女が両手を合わせ瞳を潤ませながら見つめてきた。


「なんだよ……」


「妹ルート……行っとく?」


「行くかあ!?」


なにバカなことを言ってんだコイツッ。

思わず叫んでしまったじゃないか……。

はあ、これで恵奈に振られて妹に逃げるとかもう終わってるじゃないか。


「でもお兄ちゃんどうするの? 今まで恵奈のために運動も勉強も頑張ってきたんだよね……それがいなくなったら、また中学までのだらしないただの陰キャに逆戻りだよ」


「それでもいいんじゃないか?」


思い出せばあの頃は楽だった。

目標も背負うものも何もない自由で自然体でいられたあの頃。

恵奈と居るときは確かに楽しかった。


けれど、思い出せば恵奈のことを意識しすぎて俺は自分を殺していたかもしれない。いや、たぶんそうだろう。

振られたことは悲しいが、一人自由になれた今にスッキリしている自分もいる。


「よし、俺は陰キャを目指す」


「お兄ちゃんがダメな方向に……ドキドキするう♡」


コイツは何を言ってるんだろうな?

俺が陰キャになることがこいつの何に触れたのかわからない。

兄がダメな方向に向かって行ったら、止めるのが妹じゃないのか?


「お兄ちゃん、陰キャを目指すって言ってもどう目指すの?」


「まず、無になる」


「無?」


「ああ、もう俺は女子に期待したりしない、変な勘違いを起こさない、そのためにも俺は心を無にする」


「なるほど、心の防衛本能だね」


「あとは……あとはなにをすればいいんだろうな?」


「お兄ちゃんすでに学校で優等生として有名だからね、今更陰キャを目指すのは無理がある気がするよ」


「まあ、無理せずなんとなく陰キャを目指すさ」


「応援はするけど、中学みたいな死んだ目をした腐った根性のお兄ちゃんにはならないでね」


「あ~あの時は気が楽だったなあ」


「絶対にダメだからね?」


「……」


「ダメだからね?」


優女の念押しは軽く聞き流した。俺は好きに生きるのだ。

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