俺は青春ラブコメの主人公じゃなかった。

黒夜

第1話 俺は彼女の主人公じゃなかった。


俺──青木春斗は今から目の前にいる泉恵奈に告白する。高校の校舎の屋上に呼び出した彼女は不思議そうな顔で俺を見ている。彼女とは入学式で偶然出会い仲良くなり、趣味や波長がとても合う人間だと感じた。そんな彼女とこの一年、様々な経験をした。


図書室で一緒に頑張るテスト勉強。互いを互いの家族に紹介し、家族ぐるみの付き合いをした。時々エッチなハプニングや、人間関係のトラブルがあり、それらを解決することで俺たちは確かな絆を確かめることができた。


きっと、彼女もそう思ってくれてるだろう。そんな俺が彼女に告白するのは自然の流れ。そして晴れて恋人同士になって後に待っているのは幸せなエンドロール。


俺は勇気を出して言葉を紡いだ。


「俺、恵奈のことが好きだ。俺と付き合ってくれ」


俺がそう言うと彼女は口元を両手で押さえて驚いた。きっと、俺の告白に感動しているのだろう。ああ、やっとここまでこれた。祐樹(親友)、優女(妹)、父さん母さん、俺の報告を楽しみに待っていてくれ。


「春斗……」


「ああ、返事を聞かせてくれ」


「ごめん無理」


「……へっ?」


今……恵奈は何て言った?ごめん無理?へっ?へっ?どういうこと?


「ごめん春斗、わたし春斗のこと好きだけど友達としてしか見れない」


「へ、へ~、そっか……そうなんだ」


「じゃ、わたし行くね」


そう言ったきり恵奈は屋上から去っていった。恵奈と入れ替わりで親友の折田祐樹がやってきて俺の肩にそっと手を置いた。


「まあ、なんだ……こういうこともあるさ」


「いや、こういうことってある?」


だって普通ならラブコメ終了ルートだろ?なんでバットエンド展開になってるんだよ……。今までの怒ったりデレたりして可愛かったあの恵奈の表情は何だったんだ?今までの恵奈との思い出がすべて無意味なものに感じてきた。


どうやら俺は、恵奈にとって主人公になり得なかったらしい……。


◇ ◇ ◇


「なんでだよ!俺は!あれだけ!お前に尽くしたじゃないかー!」


俺は自室のベッドでぬいぐるみのシャチを殴りまくる。俺は意味がわからな過ぎて怒りをぬいぐるみにぶつける。思い出す恵奈との青春の日々。それらが今はただの勘違いで恥ずかしい黒歴史となってしまった。恵奈に期待してしまった自分が悔しい。勘違いしていた自分が馬鹿らしい。皆に報告して祝福モードになる展開を夢見ていた自分を殺したい。


「俺の何が悪かったんだあ!」


「お兄ちゃんどうした!」


ぬいぐるみを殴る衝撃が下まで響いていたのか、はたまた俺の声が大きすぎたのか。騒ぎに気づいた同い年の妹である優女が俺の部屋に駆け付けた。


「って、ああ!それわたしのシャチさんじゃん!わたしのシャチになにするか!」


「うるせえ!今俺は悩んでんだ!俺のストレス解消のいい贄になれることを喜べ!」


「意味わかんないよお兄ちゃん!というかほんとどうしたの?そんな癇癪起こして……欲求不満?」


「最初に思いつくのがそれかよ……実はな」


俺は恵奈に告白して振られたことを洗いざらい話した。なんだかもう、どうでも良くなってきたせいか、何も隠すことなく俺の口はペラペラと回った。


「なるほど……お兄ちゃんの気持ちはわかるよ……期待させといてなんだよこのメス豚野郎って感じなんだよね」


「いや、そこまで言ってないだろ」


なんだよメス豚野郎って……。


「あ~あっ、恵奈はわたしのいいお姉ちゃんになると思ってたのになあ」


「悪いな、お前にも変な期待させた」


コイツは恵奈ととても仲が良かった。学校でもよく一緒に学食を食べたり雑談に興じている。恵奈が俺と付き合うということは、優女にとっては将来のお姉ちゃん候補だ。きっと優女も恵奈が家族になることを期待していたのだろう。


「じゃ、お兄ちゃんは新しい恋を探そうよ」


「新しい恋か……」


もうやる気が出てこない。恵奈以外を恋人にするなんて今までは一ミリも考えられなかった。だから今から新しい恋を見つけるって言われても難しい。すると優女が両手を合わせ瞳を潤ませながら見つめてきた。


「なんだよ……」


「妹ルート……行っとく?」


「行くかあ!」


なにバカなことを言ってんだコイツッ。思わず叫んでしまったじゃないか……。はあ、これで恵奈に振られて妹に逃げるとかもう終わってるじゃないか。


「でもお兄ちゃんどうするの?今まで恵奈のために運動も勉強も頑張ってきたんだよね……それがいなくなったら、また中学までのだらしないただの陰キャに逆戻りだよ」


「それでもいいんじゃないか?」


思い出せばあの頃は楽だった。目標も背負うものも何もない自由で自然体でいられたあの頃。恵奈と居るときは確かに楽しかった。けれど、思い出せば恵奈のことを意識しすぎて俺は自分を殺していたかもしれない。いや、たぶんそうだろう。振られたことは悲しいが、一人自由になれた今にスッキリしている自分もいる。


「よし、俺は陰キャを目指す」


「お兄ちゃんがダメな方向に……ドキドキするう♡」


コイツは何を言ってるんだろうな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る