エルフについて⑦色々

長月 鳥

エルフ色

 エルフ族のフローレンへのインタビューを終え、帰路に就く雑誌記者のリンネ。

 人里離れた森を抜け、車を停めていた場所に近づいた所で、ふとフローレンとの何気ない会話を思い返す。


 フローレンは言った

 「エルフには色がないんだ」

 「色?」

 リンネは不思議そうに聞き返す。


 「人間はさ、白とか黒とか黄色。ドワーフやノームは茶色でしょ、魔族は黒だし、ゴブリンは緑。みんな色々あるけど、エルフにはない」

 「そんなことないですよ」

 フローレンが唐突に出した色の話題に、リンネはすぐに否定した。


 「じゃあ、エルフって何色?」

 「えっと……」

 「ほら、すぐに答えられない」

 「そんな急に振られても出てこないです」

 「そう、それだよ。エルフは直ぐに色で表せない。エルフを象徴する色ってないんだ」

 フローレンの無理矢理な結論に、リンネは難しい顔をした。


 「エルフ色の特定に困っているようだから、教えてあげようか」

 「エルフ色って……」

 色々ツッコミどころはあったが、答えが知りたかったリンネは口をつぐんだ。


 「どっちかというと、透明だよね。エルフって」

 「透明……なるほど、透明感があるってことですね」

 誘導された感は否めないが、リンネは妙に納得した。


 「透明感か、聞こえは良いけどね。エルフは長生きでしょ、その存在を他の種族は特定できないでいると思うんだ。だから色で表せない。他の皆は一生懸命に生きて寿命を迎えて死んでいく、その輪廻に収まらないエルフは無味無臭、無色透明、つまり他の種族の人生においてはどうでもいい存在なのさ」

 「それはあまりにも悲観的過ぎますよ」

 寂しそうな顔で語るフローレンに、リンネは同情して言った。

 そして、同情したということは、少なからずフローレンの言葉に共感したことに気づく。


 リンネはまだ二十代。

 フローレンの見た目もリンネと同様に、若さに溢れている。

 だが、リンネが耳にしているフローレンの年齢は二千歳を優に超えている。

 たぶん、リンネが平均寿命を全うした後も、フローレンは姿も変わらず生き続けるのだろう。

 そうなった時、自分はどのような感情を抱くのだろう。

 他の種族との接触を避け、家族を持たず、ひっそりと生きるエルフの存在。

 そういえばそんな種族もいたな……自らが死を迎えるその時、そう思い返して終わりを迎えるのだろうか……。

 リンネは会話の途中で物思いにふける。


 「どちらかというと耳だよね」

 「え?」

 センチメンタルな感情は、聞き覚えのあるその言葉で薄れていった。

 「だから、エルフといえば耳でしょ」

 フローレンは誇らしげに言った。

 「色、関係なくないですか?」

 「色がないんだからしょうがないじゃないか」

 「なんで逆ギレするんですか」

 「別に怒ってないし」

 「キレてますよ、もしかして色を付けてほしいんですか?」

 口を尖らせるフローレンを見て、可笑しくなったリンネはからかう様に言った。

 「……別に」

 「付けて欲しそうじゃないですか」

 「決めつけは良くないぞ」


 フローレンは嬉しそうに笑った。

 友人の遺した宝物から話を逸らすための話題だったが心が弾んでいるのが分かった。


 「でも、透明ってことは、何色にもなれるってことじゃないですか」

 「何色にも?」

 リンネの言葉にフローレンは首を傾げる。


 「長く生きるってことは、沢山の人の記憶に残る。フローレンさんと接した人達は色々と思っているハズですよ、エルフ特有の人を寄せ付けない冷たい白とか、森の中一人でグツグツと魔法の釜を焚く赤とか、ブロンドの髪が多いので金色でもいい。僕はフローレンさんと接して、明るく元気な子供のような青をイメージしました」

 「子供って、私とリンネが幾つ歳が離れているのか知ってて言っているなら冗談にも程があるよ」

 笑顔の絶えないフローレンにリンネの頬は赤くなる。


 「でも、ありがとう。透明な色ってのも悪くないかもしれないね」

 そのフローレンの満足げな表情を思い出したリンネは足を止めた。



 そういえば次に会う約束はしたけど、日時や場所を詳しく聞かなかったな。

 フローレンさん、スマホとかの通信手段を何も持ってないんだった。



 リンネは振り返り、小走りにフローレンの居る家へと向かった。



 「なんで戻ってくるのさ」

 「なにしてるんですか?」

 家の前で大きな風呂敷を背負い込み、衣類の一部がハミ出たトランクを引きずるフローレンが居た。


 「ちょっと用事があってね」

 「用事? 何処かへ行くんですか?」

 「うん、まぁ少し」

 曖昧な態度のフローレンにリンネは思い当たる縁があった。


 いくら問いただしてもはぐらかされた亡くなった友人の宝物について。

 きっとその宝物のせいだ。

 言いたくないから、関わりたくないから、自分を避け、どこか遠くへ消えてしまうつもりなのだ。


 リンネは落ち込んだ。


 確かに宝物がなんなのか、記者として知りたい欲はあった。

 だけど、それよりももっと知りたいことが出来た。

 エルフのこと、いやフローレンのことを知りたいという欲求が、いつの間にかリンネの心を支配していた。


 言葉を失っているリンネに気付いたフローレンもまた、口を開くことができないでいる。


 そして、パンパンに膨れた風呂敷の隙間から、何かが零れ落ちる。


 「これは……」

 それをおもむろに拾い上げたリンネは自分の中にあるフローレンの色が変わったことを確かに感じた。


 そして、それを伝えようと声を発したその時。


 「見つけたぞ。間違いない、エルフだ」

 リンネの言葉を遮った野太い男の声と共に、武装した集団が二人を取り囲んだ。

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