第40話
「カイトってホントに魔力が多いのね!」
「あ、はい。おかげさまで……」
「これなら無限に魔法をぶっ放せそうだわ!」
「それは勘弁して下さい……っ!」
戦闘を繰り返していけば、何時かは魔法の適切な使用法に気付いてくれる筈と勝手に期待した俺が馬鹿でした。
十九階層の殲滅が完了したので、せっせとドロップアイテムを集めながらも、俺は深いため息を吐かずにはいられなかった。
この階層に至るまでの道中も全て、ハヤテの要望通りに魔物の殲滅は全てお任せしていた。
だが、十一階層での惨劇が終わった段階で、俺はハヤテに使用する魔法について、言葉を選びながら色々と話してみたのだ。
特に魔力の費用対効果については、俺の【風刃】による階層全域への攻撃を参考例にしながら、それなりに弁舌を振るったつもりである。
その甲斐もあってか、ハヤテも当初は『オッケーッ! りょーかいっ! まっかせなさいっ!』と、一応は信頼に足る? 返答をしてくれていたのだ。
しかし蓋を開けてみれば、使用する魔法が異なるだけで、その規模も威力も、何より消費魔力も、各階層の攻略には過剰の一言に尽きる。
ハヤテは階層を攻略する度に、俺の【風刃】爆撃の何十倍もの魔力を消費し続けているのだ。
「カイト、もうドロップは集め終わった?」
「ん? おう一応な」
「それじゃあ次の階層へ進みましょう!」
「あ、はい……」
しかし、そんな大魔法を連発してきたハヤテは、息一つ乱さずに元気一杯のままである。
というのも、誓約精霊が使用する魔法を構成する魔力は、術者と誓約者が四割ずつ負担し合い、一割は環境から吸収し、残りの一割は免除されるという神仕様であったからだ。
つまり本来ならば、魔法一回分の魔力で倍の二回も発動出来るうえにお釣りまで返ってくるという贔屓っぷり。
俺が自分で魔法を使う分には十割負担のままだというのに。
そんな事情もあり、毎回天変地異が如き光景を産み出しておきながら、俺とハヤテの魔力は枯渇するどころか、十分な余力を残してすらいたのだ。
それに俺にはレベルアップ的なシステムによる、全能力の即時上昇と回復の効果もあったのだから尚の事。
特に十一階層以降では、十一階層で五体、十三階層で六体、十六階層で七体、十九階層で八体と、一度に出現する魔物の数が増加したため、それらを全滅する度に虐殺総数は激増していき、結果として経験値? 的な見返りは十階層以前よりも大幅に上昇していたのだ。
その分、各階層の面積も拡大し続けているから、極僅かにだが探索の手間も増加してしまっているのだが。
「つっても、漸くこの階層で一回レベルアップしただけなんだよなぁ」
ハヤテと誓約を結んだ時に、二度目となる大幅なレベルアップを経験していたから、正確な数値までは定かではないが、おそらく今後は容易にレベルが上がる事も無いのだろうと思われる。
「つーか、レベルアップシステムがあるのにステータスが無いのは運営の怠慢なのでは?」
「え? カイト今何か言った?」
「……いや、何でもない。さっさと降りよっか」
「ええ勿論よ! 次も私の実力を見せてあげちゃうんだから!」
「程々でお願いしますぅ……っ」
そんな俺の懇願はハヤテに届いただろうか。
その真相は直ぐに明らかになるのだろうけど。
そんな複雑な心境のまま二十階層に降り立った俺たちの視界には、十階層の倍以上の広さを誇る石造りの四角い空間が広がっていた。
そして、その中心部に俺たちの到来を待ち兼ねていたかのように黒い粒子が集まると、魔物の集団へとその姿を変えた。
それは、身長が二メートルを優に越える二足歩行の巨大な猪のような姿をしていた。
しかし、彼らが只の芸達者な猪ではない事を示すように、全員がその全身に重厚な金属鎧を纏っており、その手には巨大な武器を携えていたのだ。
「あれはオークね」
「ほう、あれがかの有名な……」
「そうよ。直ぐに群れを作っては近隣への襲撃を繰り返す質の悪い害獣ね!」
あっ、そういう話じゃないです。
でも別にハヤテは知らなくていいです。
姫騎士とかエルフとかが知っていれば充分ですので。
って言うか俺のスマホの中身、誰にも見られてないよね!?
オークという単語によって、今更ながらに自らのシークレットメモリーが掘り起こされてしまう。
しかし状況は、それの発覚を想定し羞恥に悶える俺を待ってはくれないのだ。
「ブモォォオオオオ!!!!」
「うっさいわね! 【ソニックトルネードッ!】」
「あっ、またすっごい魔力が抜けて――っ!?」
そんな言葉を言い切る前に、武器を手に駆け出したオークの集団は、ハヤテが前方に突き出した両手から発生した風の渦に呑み込まれて、翠色の渦を瞬く間に真っ赤に染め上げた。
オークの集団は強敵でしたか? はい! 分かりません!
そんな茶番が脳内で展開されたのも束の間、風の渦が姿を消すと、その災禍の跡地にはオークたちが確かに存在したという証だけが残されていた。
オークが装備していた頑丈そうな武器も防具も、ハヤテが操る風の前では等しく無用の長物と化してしまうのだった。
「む、無情過ぎる……!」
思わず敵に同情してしまう程に呆気ない幕切れである。
しかしその下手人は、最早オークにもオークだったモノにも興味は示さず、ただ開かれた入り口の先にばかり意識を集中させていた。
「ねえねえカイト! やっぱり次の部屋にいるのかな?」
「あ、ああ。ハヤテと同じパターンならそうなるだろうな」
「だよね! やっぱり魔力を節約しておいて正解だったわね!」
今ので!?
何て驚愕は飽きる程に繰り返してきた。
だからこそ気付ける事もある。
おそらく、ハヤテは心底本気で力をセーブしているのだろう。
しかし、精霊王にとっての下限は、その他の殆ど全ての生命体にとっての上限を大幅に超越したところに位置しているのだ。
つまり精霊王にとってのそよ風が、その他の生物にとっては嵐に変わるというだけの話だ。
だからもうこれは仕方ないのだ。
俺は目の前で繰り返された惨劇を経て、漸くそういった心境へと至る。
後は、精霊王の誓約者となった俺が、魔力を枯渇させないようにレベルアップに勤しめば良いだけの話だ。
最早、転移とドロップアイテムを回収するだけのマシーンと化した俺は、粛々とその役目を果たすのだった。
「ねえカイト! アレを見て!」
そうしてボス部屋から転移部屋へと移動した俺たちの視界に広がるのは、豊かな土壌に彩られた広く区切られた空間と、見慣れた宝箱と石像が隣り合わせに鎮座している光景だった。
その石像は、修道女のような装いに身を包み祈るように跪きながら、何かを捧げているかのように両手を高く広げて天を仰いでいた。
遠目でもハッキリと分かるぐらいに精緻に象られた石像は、あの日見たハヤテの姿と同様に、生きたまま石化させられたかのような生命の息吹きを感じさせた。
「あの子よ、間違いないわ!」
「ハヤテ待てッ!」
その石像の主に見覚えがあったのだろうハヤテは、俺の制止には従わず目を輝かせながら一直線に石像へと向かった。
精霊王同士の接触がどの様な作用を引き起こすのかも不明な状況で、それを一切考慮していなさそうなハヤテの無邪気な様子に、俺は冷や汗を撒き散らしながら必死でその背中を追い掛けた。
「さあ、カイトと私が助けに来てあげたわよ! さっさと目覚めなさい!」
「お、おい! 壊れたらどうすんだ!?」
昔馴染みの石化した姿に対して、ハヤテは喜色満面といった調子で、無遠慮にベシベシと叩いては声をかけ続けていた。
「もう! 何で目覚めないのよ! 私たちが来てあげたっていうのに、この寝坊助め!」
しかし、ハヤテがどれだけ大声で呼び掛けようとも、どこをどれだけ強く叩こうとも、石化した精霊王は微塵も反応を示さなかった。
ここはやはり俺の出番なのだろう。
ハヤテが繰り広げる埒が明かないやり取りを尻目に、人知れずそれを察した俺は覚悟を決めると、徐に右手を伸ばし石化した精霊王らしき存在の頭に触れた。
次の瞬間。
「ぐぅう゛――――っ!!」
「カイト!?」
虚を突かれたかのような、素頓狂な声をあげるハヤテに思わず吹き出しそうになるが、そんな内心とは裏腹に、俺の体は謎の力の流出によってピクリとも動かせなかった。
しかしこうなる事は覚悟していた為、俺は意識を自らの内部に集中させると、流出する力の根源を探る。
が、今回も時間が足りなかった。
俺の意思とは無関係に、右手が石化した精霊王の頭から離れた瞬間、地面が隆起しながら迫ってきたのだ。
「カイトッ!」
視界の隅々にまで広がる土塊に、しかし俺の体は傷一つ付けられる事はなかった。
「助かったよ、ハヤテ……」
「もう! こうなるなら先に言っておいてよね!」
「あ、はい。ごめんなさい……」
ハヤテに後ろから抱き抱えられた状態で浮遊しながら、俺は平謝りしつつ眼下の光景に意識を向ける。
地面が激しく波打ち砂塵が舞い踊る中、石化した精霊王の外郭のひび割れが一気に広がっていった。
「来るッ――――!」
「目覚めたわね!」
俺とハヤテの声が重なった。
方や緊迫感マシマシで、方や隠しきれない喜びに満ち溢れていて、本当に同じ光景を目の当たりにしているのかと疑いそうになるくらい対照的な反応の違いであった。
そんなチグハグな俺たちに見せ付けるかのように、自らを縛り付ける軛を焼き尽くす程の閃光が迸り、一体の精霊王が世界に解き放たれた。
「ぶふっ、なにあの子の姿! 真っ黒になっちゃってるじゃない! ぷぷぷ……っ」
「いや、お前も最初はそうだっただろ」
ってか、旧知の仲があんな禍々しい姿になってるのを見てよく笑えるなコイツ。
メンタル鬼強っていうか最早ノンデリの怪物だろ。
俺たちノンデリ同士で相性抜群だね!
何て無駄な思考を巡らせられるくらい、今の俺には精神的な余裕があった。
宙に浮く俺たちの眼下に立つ精霊王からは、前回戦った時のハヤテと同程度の魔力しか感じられないからだ。
ハヤテとの戦闘後に格段にレベルアップした俺は、未だ強烈な虚脱感に襲われながらも、目の前の精霊王への勝利を確信した。
そんな俺の内心が透けて見えでもしたのか、黒く染まった精霊王は徐に顔だけを動かし此方を仰ぎ見ると、顔の殆どを覆い尽くす程の大口を開いた。
「ィィイイマザラアアァァーッ!!!!」
「うるさっ!?」
「ハヤテ来るぞッ!」
そんな俺の言葉がハヤテに届くかどうかといったタイミングで、転移部屋の四方八方から槍を象った土塊が、俺たち目掛けて殺到したのだった。
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