第39話

 「それじゃあ、遂に、漸く、待望の、私の力を見せてあげるわね!」

 

 「はいはい、どうぞ宜しくお願いします」

 

 そう意気込むハヤテの目の前には、武装したゴブリンとホブゴブリンの一団が待ち構えていた。

 

 そう。俺たちは迷宮の入り口から一気に十階層まで転移した、のではなく、一階層から順に再度攻略していったのだ。

 

 とはいえ、無駄な時間を掛けるつもりは毛頭なく、俺はやたらと戦いたがる戦闘狂じみたハヤテに待てを繰り返し【風刃】爆撃と【転移】を用いてボス部屋まで一気に進んだのだった。

 

 そんな迷宮紀行の序盤こそ、ハヤテも俺が使う【風域探査】による情報収集に感心し【風刃】による階層全域への攻撃に目を輝かせ、次いでみせた空間魔法による【転移】に驚愕し、最後にドロップアイテム集めにまで風を使っている事に心底喜んで『運命』を連呼していたのだが。

 

 どうやらその度に戦闘意欲を触発されていたらしく、度重なるお預けに我慢も限界に近付いていたようだ。

 

 そうして迎えた今現在、溜まりに溜まったフラストレーションを解放するかのように、ハヤテは肩をぶん回しながら敵を見据えていた。

  

 「ギャッギャギャ!」

 

 そんなハヤテの様子を見咎めた一際偉そうなゴブリンが、開戦の狼煙とばかりに蛮声を上げた。

 

 と同時に。

 

 「【タイラントストームッ!】」

 

 弾むようなハヤテの声がボス部屋に響き渡る。

 

 「うおっ!?」

 

 そしてその瞬間、ハヤテと繋がっている魔力経路を伝って俺の魔力がハヤテに流れていった。

 

 しかし今はそんな事に意識を割いている暇はなかった。

 

 ハヤテの声が、気勢を上げるゴブリンたちの鼓膜に届くか否かといったタイミングで、ボス部屋の殆どを包み込む嵐が発現したのだ。

 

 「うわぁ、エグい……」

 

 しかもその嵐を構成する風は、その全てに強力な斬撃効果が追加で付与されているようで、ゴブリンの武装など紙切れを割くかのような手軽さで引き裂くと、一瞬の内に一団の全員を肉片へと変えてしまったのだ。

 

 「カイト見たぁ!? これが私の実力よ!」

 

 「ああ、うん。凄いね、マジで……」

 

 勢いよく振り返りながら己の戦果を誇る溌剌とした様子のハヤテに、俺は称賛を送りながらも心の中では別の事を考えていた。

 

 魔力効率悪ぃーっ! と。

 

 正直ゴブリンたちを倒すのに今みたいな大技は必要ない。

 

 とはいえ、それは自らの価値を示すべく意気込みすぎたが故の、勇み足のようなものだとも理解できる。

 

 だからこそ、今この場でハヤテにそれを指摘するべきかどうか悩んでしまうのだ。

 目に見える成果を挙げた直後に水を差されるなんて、誰でもあっても不快にしか感じないだろうし、萎えの原因にしかならないだろうとも思うし。

 

 「ふっふっふ、これでカイトも理解したでしょ? 私がいれば魔物なんて恐れるに足りずってね!」

 

 「ああ、うん…………。うん! そうだな! ハヤテは流石だな! 本当にすっげぇ魔法だったぜ! オラワクワクすっぞ!」

 

 最早やけくそだ。

 

 でも自分の身に置き換えて考えてみると、やっぱり今指摘されるのはダルい。

 

 それにこれからも戦闘の機会は山程あるのだから、その度に経験を積んでいけば適切な魔法の選択も自然と身に付いていくだろう。

 

 俺はそう結論付けると、得意満面なハヤテを伴って転移部屋へと進むべく肉片の製造跡地を通り過ぎようとしていると。

 

 「うん? これって……」

 

 ゴブリンの集団惨殺現場には、事件の痕跡を示すように各素材が纏まって地面に直置きされていた。

 

 「何で? これって転移部屋の宝箱から出る素材なんじゃ……?」

 

 「そうなの? それじゃあ宝箱の方に何が入っているのか確かめましょうよ!」

 

 「お、おい、ちょっと!?」

 

 そう言ったハヤテは、俺の困惑など何処吹く風といった調子で強引に手を掴むと、一直線に転移部屋へと飛翔する。

 

 俺はハヤテに引っ張られ水平に移動しながらも、ドロップアイテム一式に風を纏わせてしっかりと収納しておいた。

 

 最下級素材でも明確な使い道ができたのだから捨て置く訳にはいかない。

 

 「……これって、ハヤテを解放した結果、だよな……」

 

 「うーん、多分だけどそうなんじゃないかしら? それぐらいしか思い当たる節はないし……」

 

 そうして再び転移部屋へと足を踏み入れた俺達の視界には、ボス部屋と代わり映えのしない石造りの四角い空間が広がっていた。

 その中心にポツンと設置された宝箱の存在以外に、前回との類似点は一つも見い出だせない光景に、俺達は思わずその場で立ち止まってしまう。

 

 「まっ、見た目が変わっただけなら問題は無いでしょ! それよりも早く宝箱の中身を確認しましょうよ!」

 

 「ええ、何かこう、もっと思うところとかないのかよ?」

 

 「そんなのある訳ないでしょ。こんな場所、別にどうなっても構わないもの」

 

 どうなってもはよくないでしょ!? 便利な転移部屋ですよ!?

 

 何て思いはするが、確かにハヤテからすると自らを閉じ込め続けた忌々しい監獄でしかないのだと遅まきながらも察した。

 

 俺は自分のノンデリ加減に萎えた。

 でも口には出さなかったからセーフ! だよね……?

 

 「ええーっ、何よこれぇーっ、全然お宝じゃないじゃない!」

 

 「もう開けたの!?」

 

 物思いに耽る暇もねえの!? でもこれが一人じゃないって事か!

 

 ハヤテの一挙手一投足で乱高下する自らの精神に、ぼっち気質が染み付いた俺は振り回されてしまう。が、それはそれで悪くないと思ったりなんかもして……。

 

 何て益体もない思考を巡らせながら宝箱を覗き込むと、そこには一枚の円盾と一足の脛当てが収められていた。

 

 「ほーう……」

 

 俺は円盾を手に取り舐め回すように観察する。

 

 どうやら木材に革を張り付けているようで、軽くて取り回しが容易な反面、強度には期待できそうになかった。

 

 ハヤテは既に宝箱への興味を完全に失っているようで、フラフラと浮遊しては二色の渦や次の階層に続く階段の様子を窺うばかりで、戦利品には最早視線の一つも寄越しはしなかった。

 

 俺は一通り外観の確認を終えると、次いで瞳に魔力を込めてから再度盾に視線を向ける。

 

 「ほーう【物理ダメージ減少】の付与が掛かっているのか」

 

 円盾に宿る魔力が極めて微量である事から、その効果にはそれ程期待できないだろうが、それでも強度不足を多少は補えるのだろう。

 

 「つっても、この付与の効果を加味しても、ローブの裾の方が何倍も優秀だから、これを使うことは無いなぁ」

 

 一頻り円盾の鑑定を済ませてそう結論付けてから収納すると、次の戦利品を手に取った。

 

 「これも木材と革で作ってるのか」

 

 「それって、ウッドパペットとラフットバニーの素材よね?」

 

 「――――っ、マジか!?」

 

 いつの間にか背後から俺の手元を覗き込んでいたハヤテの指摘を受けて、俺はもう一度円盾を取り出すと、改めて二つの装備品に目を通した。

 

 「本当だ。ウッドパペットの角材とラフットバニーの毛皮を加工しているのか。それにグリーンキャタピラーの糸も使われているな」

 

 「ホントね。それに【毒耐性】の効果も付与してあるみたいだから、シックラット辺りの素材も使われているんじゃないかしら?」

 

 「……確かに」

 

 円盾と同様に、脛当てに宿る魔力も微量である事から、その効果は極めて低いのだろうが、それでも確かにこの脛当てには毒に対する特別な耐性が付与されていた。

 

 「俺は防具を揃えてるし、それにこの脛当てのサイズ的にもハヤテが着けるか?」

 

 「え? 私は別に必要ないわよ? そもそも私に効く毒なんて殆ど存在しないだろうし、そのレベルの毒に対してこの脛当てじゃ何の効果も無いでしょうしね」

 

 「それもそうか……」

 

 そうなるとこの脛当てもお蔵入りとなるのだが、円盾と違って毒という物理でも魔法でもない脅威への耐性を、極僅かとはいえ備えているのは魅力的に思えた。

 

 俺は徐に自らの脛に嵌めて紐を括ってみると。

 

 「おおっ!? ピッタリになった!」

 

 脛に添えた段階では若干小さいかな? と思えた脛当てが、ふくらはぎに紐を回した段階で俺の脛に寄り添うようにサイズを変化させたのだ。

 

 「そう言えば、迷宮産の防具にはサイズの自動調節機能がついてる事もあるって昔話題になってたわね!」

 

 「そんなピンポイントな話題が!?」

 

 「そうよ。確かそれが付与された防具がよく手に入るっていう迷宮が、ヒト種の間で取り合いになって結構長い間戦争していた筈だもの」

 

 そこまでする程の事!?

 

 と思いはしたが、命懸けの迷宮探索の末に入手した装備品が身に付けられないなんて状態は、確かに発狂ものの悪夢でしかないだろう。

 

 しかしだからと言って、戦争をしてまで迷宮を奪い合うというのは心底理解しがたい。

 やはりこの世界の人類は、戦争によって滅んだのではないか、と思わずにはいられなかった。

 

 が、そんな感想も俺が異世界の、それも平和な日本という国で産まれ育ったからこその固定観念なのかもしれないと思うと、この世界の価値観を有するハヤテたち精霊王と、本当に上手くやっていけるのかと心配になってしまう。

 

 「それじゃあ次の階層に行きましょうか!」

 

 少しばかり物憂げな表情を浮かべてしまった俺の背中を押すように、ハヤテはヤル気満々といった調子で階段をビシッと指差した。

 

 「そう、だな!」

 

 俺はそんなハヤテの底抜けの明るさに、沈みかけた心を引っ張り上げてもらうと、手早く脛当てを装着してから意識的に顔を上げ、気を引き締め直した。

 

 俺たちは並んで空を飛翔すると、出会いの地でありつつも激変してしまっていた転移部屋に別れを告げて、次の階層、十一階層へと進んだ。

 

 「パッと見は特に変化は無いな」

 

 俺たちの眼下に広がるのは、相も変わらず石造りの通路であった。

 

 「でも少し広がっているわね」

 

 ハヤテの指摘が示す通り、階層の面積が大凡一割程度増加しているようだった。

 

 とはいえ、既に【風域探査】によって次の階層への階段は見付けている為、今回も速度重視で【風刃】爆撃と【転移】のコンボでサクサク攻略していこうと考えていると。

 

 「ねえカイト!」

 

 「ん? どしたん?」

 

 「ここからは私が階層全域に攻撃するから、カイトは【転移】と素材の回収をお願い!」

 

 「え、うーん、まあ分かった。任せる」

 

 一瞬ボス部屋での無駄な大魔法によるグロ映像が脳裏を過ったが、ハヤテには早目に適切な魔法の選択をするようになって欲しいから、経験を積ませる意味でもハヤテに任せる事にした。

 

 「それじゃあ始めるわよ!」

 

 「ちょっ、ハヤテッ、何をする気――!?」

 

 しかし俺は、直後に自らの選択を大いに後悔する羽目になる。

 

 「くたばりなさいッ! 【ダウンバーストストーリームッ!】」

 

 その光景は、まるで神の裁きそのものだった。

 

 迷宮の天井全域から降り注いだ翠の風は、迷宮の壁など存在してすらいないかのように粉々に押し潰すと、その先で俺たちの存在を認識すらできずに彷徨くだけの魔物たちの悉くを、瞬き一つの間にミンチに変えてしまった。

 だがハヤテの魔法はそれだけに留まらず、そこから更に渦巻き始め、復活を繰り返す迷宮の壁をその都度容易く吹き飛ばしては木っ端微塵にしていた。

 

 俺は目の前の終末じみた光景と、グングンと減り続ける内在魔力の量と、何より歯を剥き出しにして嗤うハヤテの姿に、溜め息を吐く事しか出来ないのであった。

 

 ってかハヤテの顔こわっ……。これは絶対に怒らせないようにしなくちゃいけないね!(使命感)

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