第41話

 「【タイラントストームッ!】」

 

 「いきなりブッパするの!?」

 

 視界を埋め尽くす土の槍への適切な対応を練る暇もなく、ハヤテは俺たちを中心に逆巻く大嵐を発現させた。

 

 風の渦は瞬く間に土の槍の悉くを塵に帰すと、その勢いを前面にのみ集中させるように形状を変えて、地上から此方を睨むように見上げてくる精霊王へと牙を剥いた。

 

 「ィィイイマザラアアァァーッ!!!!」

 

 しかし、精霊王が発狂するのと同時に地面から巻き上がった砂塵がハヤテの風の渦を正面から受け止めると、激しい火花を散らしながらせめぎ合う。

 

 「押しきれないッ――――!?」

 

 が、徐々にハヤテの風の渦に砂塵が混ざり始めると、風の勢力を削ぎ落としながら土塊が侵食していく。

 

 「ぐぬぬっ、流石に土の精霊王相手に風だと分が悪いわね……!」

 

 転移部屋全体が豊かな土壌で満たされていたから予想はしていたが、やはり今回の相手は大地の化身たる土の精霊王だったようだ。

 

 そしてハヤテが愚痴ったように、風属性と土属性では相性が相手に優位に傾いているのだ。

 

 「くうぅぅーっ! こんな狭い空間じゃなければ私の方が絶対強いのにぃぃーっ!」

 

 それが事実かどうかは定かではないが、現状が俺たちにとって余り芳しくない展開なのは明白だった。

 

 故に、先にカードを切るべきなのは俺たちの方だ。

 

 「ハヤテッ! 俺はもう大丈夫だから二手に分かれよう!」

 

 「――――ッ! 分かったわ!」

 

 そう言うや否や、ハヤテは俺から手を離すと、嵐を引き連れながら土の精霊王とすれ違うように反対側へと移動した。

 

 その余りにも大胆な行動に、俺は眼を剥いて驚愕するが、当の本人は何処吹く風といった調子で、変わらず風の渦を操りながら土の精霊王との鍔迫り合いを続けていた。

 

 俺は、土の精霊王の攻撃がハヤテに集中している間に、未だ消え去らない虚脱感を抱えたまま戦闘に参加すべく、飛翔しながら慎重に魔力を練っていく。

 

 すると、レベルアップの効果か、はたまたこの不調にも身体が適応し始めたのか、前回よりは若干スムーズに魔力を操る事が出来ていた。

 

 俺は、ハヤテとやり合いながらも片時も此方から視線を外さない土の精霊王に向かって魔法を放った。

 

 「【水閃瀑布】」

 

 巨大な水の塊が極限まで凝縮されて一筋の鉄砲水へと姿を変えると、激流と化して標的目掛けて噴射された。

 

 「ィィイイマザラアアァァーッ!!!!」

 

 それを認識した土の精霊王は、迫り来る大質量の高圧水に対して砂塵を自らの正面にドーム状に設置して受け流す。

 

 「チッ、堅いな」

 

 今や俺とハヤテに挟まれた状態で、二方面から同時に攻められているにも関わらず、土の精霊王は砂塵を操り防壁を形成しながら小揺るぎもしない。

 俺たちがどれだけ壁を削り取っても、土壌から次々と土が供給されては修復されているようでキリがない。


 ハヤテにとっては属性的に不利であり、俺にとっては環境が不利に働いているのだ。

 

 「いっそ、俺も利用してやるか……!」

 

 そう思い立ったが吉日とばかりに、俺は【水閃瀑布】を維持したまま、土壌にも干渉し土魔法を発動させようと画策した。

 

 「――――ッ! 糞ッ! 駄目か……!」

 

 しかし、未だ本調子とは程遠く【水閃瀑布】まで維持した状態では、土の精霊王の支配を掻い潜るのは至難を越えて不可能だったようだ。

 

 俺の魔力は土壌から容易く弾き飛ばされ、泥団子一つまともに作れやしなかった。

 

 「泥団子……っ! そうかッ!」

 

 「カイトどうしたの!? 大丈夫!?」

 

 「ああ、こっちは問題無い! それよりもハヤテは無事か!?」

 

 「ええ何とかね! でもやっぱちょっとだけ分が悪いかもぉーっ!」

 

 声だけは底抜けに明るいハヤテだが、実際彼女の操る風の渦は当初の半分程度にまで勢力を衰えさせていた。

 それは魔力が足りないからではなく、それだけ砂塵に削り取られたという証だ。

 

 長期戦は俺たちにとって不利に働くかもしれない。

 

 時が経過する程に、俺は復調してチートを如何なく発揮できるようになるのだろうが、それまでハヤテが耐えきれる確証がない。

 

 「だったらやるしかねえ! ハヤテ! もう少し耐えてくれ!」

 

 「何か考えが有るのね! まっかせなさいッ!」

 

 そう言ったハヤテは、俺から追加で魔力を引き出すと、再度風の渦の勢力を拡大させて土の精霊王へと激突させた。

 

 しかし、その決着は既に見えてしまっているからこそ、その行動は俺の要望通り、ひたすら耐える為だけの時間稼ぎに徹した選択であった。

 

 ハヤテは俺が何をするのか知らなくても、俺の言葉だけを信じて行動に移してくれたのだ。

 

 「これに応えられないようじゃ誓約者失格だよなあッ!」

 

 ハヤテの信頼に応えるべく気勢を上げた俺は、脳みそが茹だり身体中が内圧で軋むのを無視しながら魔力を練り上げていく。

 

 「ィィイイマザラアアァァーッ!!!!」

 

 俺の魔力が一気に高まり濃度を増していく様子から驚異を嗅ぎ取ったのか、土の精霊王は俺を標的に無数の土槍を放った。

 

 「カイトッ!?」

 

 遠くにいるのに間近で響くハヤテの絶叫に、しかし俺は会心の笑みを浮かべてその不安を払拭した。


 「一歩遅かったなッ! 【水泡粘縛ッ!】」

 

 言葉の通り土の精霊王よりも一歩だけ早く、俺は魔法の発動に成功したからだ。

 

 極めて粘性の強い巨大な水の塊が、迫り来る土槍の全てを呑み込みながら地面へと落下した。

 そしてみるみる内にその色を濁らせては、広範囲の泥沼をその場に作り出したのだ。

 

 「んじゃあ土の精霊王さんよ、魔力比べといこうじゃねえかッ!」

 

 俺は【水閃瀑布】に更に魔力を込めるのと同時に、出来立ての泥沼に対しても魔力を送り込み干渉を始めた。

 

 「――――ッ! やっぱお前も干渉してくるよなッ!」

 

 それと同時に、土の精霊王の魔力も泥沼への干渉を開始した。

 と言うのに、先程とは打って変わって俺の魔力が一方的に弾き出される事はなかった。

 何故なら土の精霊王の魔力も、泥沼を構成する水に宿った俺の魔力によって、土への干渉を阻害されているからだ。

 

 その代わり、水面下でその支配権を巡った綱引きが始まったのだ。

 

 「ぐぅぅうう――――ッ!」

 

 自分から仕掛けておいて、俺は苦悶の表情を浮かべながら唸り声をあげてしまう。

 

 魔力を使った綱引きは、まるで体内の細胞全てに縄が付いている状態で引っ張り合っているかのような感覚であり、それが土の精霊王側に傾く度に、全身が細かく引き千切られるような苦痛に襲われるのだ。

 

 「でもそれはっ、お前も同じだろ!」

 

 「ィィイイマザラアアァァーッ!!!!」

 

 まるで俺の指摘に反論するかのようなタイミングで土の精霊王は絶叫した。

 

 けれど、周囲を激しく舞い踊る砂塵にも、堅固なまでに彼我の距離を閉ざす土塊の壁にも一切の変化は見られなかった。

 

 故に、その無意味な激情の発露にこそ俺は光明を見出だした。

 

 俺は身体中が内圧によって悲鳴を上げる中、それを無視して更なる魔力を泥沼へと注ぎ込む。

 

 「ィィイイマザラアアァァーッ!!!!」

 

 「ハハッ、良く喚くようになったじゃねえか! 痛みを感じてるのかどうかは知らねえが、魔力の操作が雑になってきてんじゃねえのッ!」

 

 泥沼の支配権が一気に俺に傾いたのと同時に、再度土の精霊王は絶叫した。

 

 周囲に何の変化も起こさないままに。

 

 そしてそのまま膠着状態へと突入し、それが永久に続くのではとの弱音が脳裏を過り始める頃。

 

 「カイト! 砂塵の圧力が弱まってるかも!」

 

 戦況は確実に俺たちに優位に傾いているようだった。

 

 「おじぎれるならおじぎっでぐれッ!」

 

 「え、カイト!? ホントにカイトなの!?」

 

 「う゛ん!!」

 

 だけど同時に俺の肉体にも限界が近付いていた。

 

 既に幾つかの臓器は内圧によって損傷し、傷付いた血管からは出血が始まっていたのだ。

 

 出来る事なら回復したいが、今の俺の調子では【水閃瀑布】を解除するか、泥沼への干渉を一時的にでもやめなければ、回復魔法に費やすリソースが確保できない。

 

 しかしそのどちらを選んでも、一時の安らぎを得る対価に戦況を大きく土の精霊王へと傾けるだけだ。

 

 「ごごでいもびぐわげにばいがねえッ!」

 

 それは、自らの状態を詳細に把握したうえでの決断ではなく、ただの意地だった。

 そして死を間近に感じているからこそ、本能が昂るのを抑えられなくなってもいるのだ。

 

 遂には皮膚の表面が破裂し、鮮血が噴き出し視界を赤く染め上げるが、それでも俺の辞書に撤退の二文字は刻まれなかった。

 鉄臭く滑りを帯びた世界にあって、それでも俺は自らの命が正しく脈動しているのを感じ取っていたのだ。

 

 そうしていつの間にか、俺の意識は土の精霊王でもなく、ましてや泥沼にでもなく、唯々自分自身の内側にのみ向けられていた。

 

 そして、流れ落ちていく命の雫の向こう側で、激しく打ち鳴らされる鼓動の音を聞き取った時、まるで歯車が噛み合うようにズレていた心身が重なると、石化した精霊王に流れ込んで失われていた筈の力が、何処かから、けれども馴染み深さを感じる不思議な場所から流れ込んできたのだ。

 

 「~~~~ッ!」

 

 途端に、全身に電流が駆け巡ったかのような痺れが走り、反射的に仰け反ってしまう。

 

 「カイト、何て魔力なの……」

 

 驚愕も露なハヤテの呟きが微かに鼓膜を揺らした。

 

 普段は完璧に体内で循環させている魔力が、今は少しばかり乱れてしまい無駄に体外へと放出されてしまったのだ。

 

 恐らくハヤテは、その漏れだした魔力の質から、俺の大凡の魔力総量を読み取ったのだろう。

 

 「【全治】【快癒】……よし」

 

 俺はそんな予想を脳内で弄びつつも、素早く回復魔法を二つ同時に発動し全回復すると、眼下で苦し気に身悶えしている土の精霊王を見据えた。

 

 どうやら一時的に意識を飛ばしていながらも、俺は【水閃瀑布】も泥沼への干渉も継続していたようだ。

 

 そして、土の精霊王が己が身を抱き締めるかのように身を捩っている様子から、泥沼の支配権の行方も定まったようだ。

 

 俺は体内で魔力を練り上げると、土の精霊王に向かって手のひらを向けた。

 そして【水閃瀑布】を解除し、防壁一つ分のリソースを得た土の精霊王が瞬く間に回復していく様を見据えながら、魔法を発動した。

 

 「【水閃瀑砕流】」

 

 眼下に広がった泥沼のほぼ全てが凝縮されて、一筋の巨大な鉄砲水へとその姿を変えた。

 そして高速で回転しながら一直線に土の精霊王目掛けて迫る。

 

 「ィィイイマザラアアァァーッ!!!!」

 

 新たな驚異を即座に感知した土の精霊王は、再び強固な防壁を築き上げた。

 

 「それで受けきれると思うなッ!」

 

 これまでと同じ高圧水ならば、今回もドーム状に形成された防壁の表面を滑らされるように、衝撃を上手く拡散されて防がれていたのだろう。

 

 しかし、今回の高圧水を構成しているのは泥だ。

 

 それも高速回転した泥水は、ドーム状の防壁の表面に着弾すると、周囲に拡散されるよりも速く、喰らいつくかのように防壁を穿つ。

 

 それは見るからに小さな穴、どころか凹み程度の些細な変化であったが、それこそが衝撃の拡散を許さない起点となり、瞬く間に防壁全体へと影響を及ぼし始めた。

 

 「ィィイイマザラアアァァーッ!!!!」

 

 それでも、土の精霊王は土壌から何度も土を補充しては防壁を再構築していく。

 

 「でもそれじゃあ、負けないだけで勝てもしないよなッ!」

 

 俺は【水閃瀑砕流】を維持しながら、土壌への干渉も始めたのだ。

 

 「――――――ッ!?」

 

 土の精霊王から声なき明確な焦燥が見て取れた。

 

 が、最早新たな手を打とうにも時既に遅し。

 

 「【土槍爆撃】」

 

 土の精霊王の初手を模した魔法が、防壁の隙間を縫うように炸裂したのだった。

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