第37話
「とーっても美味しいわねコレ!」
「ああ、口に合ったなら良かったよ」
テーブルの上に所狭しと並ぶ料理を片っ端から頬張りながら、ハヤテはゆっるゆるの表情のまま感想を告げた。
「うんうん、ホントにサイコーだわ! 確かにこんなに美味しいのなら、定命の者たちが食事のために我武者羅に魔物を追い求めるのも理解できるわね!」
いや、定命の者たちってどういう括り!? 言い方に若干の悪意も感じるんだけど!?
何て突っ込もうと思ったが、俺は先行きへの不安が胸に重くのし掛かっていて、上手く言葉を紡げなかった。
ハヤテは今後の方針を示した。
まずは、最優先で迷宮に封じられた精霊王たちを解放し、彼らと協力関係を築き上げる。
そして、終焉木を取り除き土地の活力を再生させて、生物が生息できる環境を整える。
そうして最終的には、この地を精霊で満たすという話だった。
この不毛の大地を甦らせるのは、この地で暮らす俺としても願ってもない話だったので、ハヤテの方針には賛同を示した。
が、それと同時に俺は当然の疑問を口にした。
一体どうやってこの地を精霊で満たすのかと。
最早ハヤテ以外の精霊など、気配の欠片も見当たらないというのに。
しかしハヤテは、それについては秘密と悪戯っぽく濁すばかりだった。
だが、そんなハヤテの戯けた振る舞いに、俺は察しがついてしまった。
それはハヤテ自身が話していた事だ。
自らに置き換えると、つまり精霊王ならば一体が数千数万の小さな精霊に分裂するのだと。
おそらくハヤテは、解放した精霊王たちと共に最終的には分裂する事で、この地を精霊で満たすつもりなのだろう。
自らを犠牲にするのではなく、新たな生の始まりという精霊の価値観に則って。
それを察した瞬間、苦み走った感情が鎌首をもたげたが、何とか言葉には出さずに胸の内にだけ留めておいた。
何故なら、俺にはハヤテの案を否定したうえでの代案など、一つ足りとて持ち合わせてはいないからだ。
否定するだけならば容易いが、ハヤテの案がこの死に絶えた世界に新たな命を芽吹かせる起死回生の一手となるのは間違いない。
故に、ハヤテに翻意を促す事も出来ずに、さりとてその背を全力で押してやる事も出来ずに悶々としていたのだ。
「はぁーっ、ご馳走さま! 全部ホントに美味しかったわ! これが満腹って感覚なのね! なんかとっても苦しいわ! 二度とごめんだわ!」
肉と一緒に知能へのデバフも喰らったんか!?
ポッコリと膨らんだお腹を擦りながら空中に寝そべるハヤテの言い分に、思わず気を張っていた心から空気が抜けるように脱力してしまう。
しかし満足してくれたのなら良かった。
ハヤテという人格の終わりを察してしまった以上、俺は出来る範囲でハヤテに良い思い出を沢山作ってあげたかったから、今晩の夕食にはフレアドレイクのフルコースを用意した。
しかし、素材と時間の都合もありテールスープ以外は全て焼き肉、それも味付けは塩のみというストロング過ぎるスタイルとなってしまったのだ。
だけど、食事という行為自体が初めてらしいハヤテには終始好評であり、俺も初めて食べる部位に舌鼓を打ちつつ人知れず胸を撫で下ろした。
そうした表面上は和やかな食事が終わり、俺は食器を綺麗に洗うべく手早く魔法を発動させていると。
「へえ、カイトって水魔法もそのレベルで使えるんだ」
「ん? まあ普通にな」
「そういえば、さっきまで着ていた新しいローブには土属性が宿っていたみたいだけど、あれもカイトが作ったのよね?」
「ああ、今回は出来るだけ防御力を上げたかったからな」
「成る程ねえ。それじゃあカイトは三属性が使えて、その中でも風魔法が一番得意で、水と土は補助魔法程度って事なのね?」
「ん? いや、俺は全属性使えるし、これといって属性による得意不得意は無いぞ」
「は?」
「え、なんすか……?」
急に低い声出すやん。背中ビクゥってなったわ。
「え? それじゃあ何でカイトは私と戦った時に、わざわざ風魔法で対抗してきたの? それこそ水とか土とか使っていればもっと簡単に私を止められたのに」
「あっ……!」
今更ながらも全くもって仰る通りな指摘がハヤテから下される。
「え? もしかしてホントにうっかりしてただけ、とか?」
「は、はい……」
「ええーっ!?」
ハヤテの絶叫が、間抜けな俺の鼓膜を突き破りながら夜闇を引き裂き月に跳ね返った後、再度俺の鼓膜を突き破った。
「え、えっ、えっ? そんな事って有り得るの? 命が掛かった場面でそんなうっかりをするなんて――――」
「いやいや聞いてくれ! これには深い理由がある、んだ。……多分」
そうして俺は綺麗になった食器をテーブルの隅に寄せてから、風魔法ばかりを使用する事になった経緯を、言い訳がましくならない様に言葉を選びながらハヤテに伝えた。
端的に言うと、風魔法は術者にとって視認性が高く、標的にとっての視認性が低い事が決め手であった。
俺だって初めは色んな属性の魔法を破壊神相手に使いまくったさ。
意味もなく火を龍の形にして右手から放ったり、破壊神の攻撃に対して無意味に城を象った防壁で防ごうとしたり、天まで届く程の津波で破壊神を呑み込もうとしたり、闇で棺を象って破壊神を閉じ込め圧殺しようとしたり、親指を弾くのと同時に光のレーザーを放ち狙撃したりと多種多様に。
しかし、俺はその全てで破壊神を仕留め損なうのはまだしも、その姿を完全に見失う事となってしまったのだ。
その後に迎えた惨劇についてはご想像にお任せします。
特に火と土と闇は規模にもよるが、ほぼ確実に俺の視界から破壊神の姿を消してしまった。
水と光はまだ透明感があるから、向こう側が透けて見えはするが、屈折率を逆用されたりもしたからややこしい事態に陥りやすい。
その点風魔法は、ほんの僅かに翆を帯びるだけで向こう側までスッケスケなのだ。
この時点で、俺に残された道が一つになったのは言うまでも無い事だろう。
それでも最後まで悩んだのが、射出速度が風魔法よりも速い光魔法ではあったが、俺自身が飛翔したり索敵を多用する関係上、どのみち風魔法は絶対に使う事になるのだからと、風一択に絞ったのだった。
破壊神との戦闘において、攻防探索と一々属性を使い分けられるだけの余裕は皆無であったから。
「その話と、風の精霊王である私に風魔法を使い続けた理由に何の関係があるの?」
「は?」
「だってそれって、結局破壊神とかいう、良く分からないけど滅茶苦茶な相手と戦う場合の話でしょ?」
「はい……」
「それじゃあ、そのカイトのセオリーを当て嵌めるべきは破壊神? とかいう相手のみであって、それ以外の相手には別のセオリーを立てるべきだよね?」
「……はい」
「だったら、風の化身である私に対して、不利な風魔法のみで戦うのはカイトのセオリーに反しているんじゃないかしら?」
「………………」
あ、俺いま普通に説教されてる。
正論で真正面から殴り付けられている。
何か急に鼻がツーンとしてきたんだけど。
「別にね、カイトが敢えて不利を承知でそうしたって言うのなら構わないのよ? カイトにはカイトの考えがあるでしょうから、それを私が一方的に変えてやろうだなんて思わないわ」
「……はぃ……」
「でもね、それがカイトのうっかりだったなら話は別。私はカイトの誓約精霊として誓約者であるカイトを護る為にも、何度だってこうして叱りつけるわ。例えカイトに嫌われる事になったとしてもね」
ミルフィーユのように積み重なっていく正論破に肩を落とす俺に対して、ハヤテは最後に声のトーンを落としながらそう呟いた。
俺は自らの不明を恥じつつ、反射的に顔を上げてハヤテの目を見ながら否定しようとするも。
「いや、そんな――――っ!?」
俺の言葉を遮るように柔らかな感触が全身を包み込んだ。
「カイト、私の事は嫌いになってもいいから、どうか自分の命は何よりも大切にして」
「は、やて……?」
「私ね、ホントにカイトには感謝しているの。ううん、感謝なんて言葉じゃ言い表せないぐらいの気持ちをカイトに……。だから、カイトの事は何があっても私が護ってみせるわ!」
「お、おい、ハヤテ……っ」
「でも、でもね。どれだけ私が力を尽くしても、カイトが肝心なところでうっかりしちゃったらどうしようもないでしょ?」
「あ、はい……」
「これから相手にするのは、少なくとも私と同格の精霊王たちなのよ? そんな相手にカイトのうっかりが続いちゃったらと思うと私はもう!」
「あ、はい、すいません……」
「最悪ね、カイトが無事なら私たちはどうなっても構わないの。他の精霊王たちだって解放してあげたいとは思うけど、カイトの命とは全然釣り合わないもの」
「ハヤテ……」
「だから、カイトには自分の命を最優先に考えていて欲しいの。自分の命を護るためならどんな行動も迷わず取って欲しいの。自分の命が助かるならどんな選択も躊躇わずにして欲しいの!」
「ハヤテ……!」
「だからねカイト。これからは持てる全ての力を惜しまずに使って? 悔しいけど、私より強いカイトにとっては、きっとそれが命を護る一番確実な手段になる筈だから」
懇願するような声音で、何よりも真摯なハヤテの言葉が突き刺さる。
ハヤテが今どんな表情を浮かべているのかは、柔らかく温かな暗闇に閉ざされた俺には知る由もないが、それでも向けられた強い想いに相応しい言葉、否、覚悟くらいは示すべきだろうと思った。
「ああ、分かったよ。有り難うハヤテ。俺も強さに溺れて少し調子に乗っていたんだと思う。でもこれからは、いや今この瞬間からは! ちゃんと自分の力とも向き合って、しっかりと考えて生きていこうと思う!」
もう、自分だけの命でも人生でもなくなったのだから。
自然と浮かび上がったそんな想いは、しかし言葉にはせずに胸に仕舞っておいた。
きっとそれは、言葉で伝えるよりも行動で示すべきものだと思ったから。
俺たちはどちらともなく自然と身体を離すと、互いに無言を貫いたまま静かに見つめあった。
お互いの瞳に映る煌めく真心を確かめ合うかのように。
そうして俺たちは口を開くも、僅かも世界を揺らさないままに、互いの唇は別の役目を果たしたのだった。
ハヤテの唇は何よりも柔らかく温もりに満ち溢れていて、ほんのりと湿っていて……。
そしてフレアドレイクの焼き肉の匂いと味がめっちゃした。
俺のファーストキス!!!!
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