第34話

 『ちょっとこの周辺を見て回ってくるわ!』

 

 夏休み初日の児童かな? といった快活さ全開のハヤテは、結局屋敷の中は見ないまま忙しなく大空に飛び立っていった。

 

 子供は風の子という諺は、異世界でも通用するようだ。見た目は子供とは程遠いのに。

 

 「結局ハヤテにこの世界の現状を伝えられなかったな……」

 

 そう呟きながら俺が向かったのは屋敷の裏手だ。

 

 魔法でどうにでも出来るとはいえ、やはり血や埃に塗れたまま屋敷に足を踏み入れるのは、凝り固まった価値観から躊躇われたのだ。

 

 そんな事を考えながら手早く【洗浄】と【乾燥】を使い全身の汚れを洗い落とすと、神界から着替えを取り出し着用する。

 

 「まあ、ハヤテも今頃現実と直面してるだろうけど……」

 

 天真爛漫なハヤテの性格から想像するに、まず間違いなく知人友人の類いは沢山いたのだろう。

 しかし、そんな彼ら彼女らは、既に終焉木に呑み込まれてこの世には居ないのだ。

 

 果たして今、ハヤテはこの世界に何を思っているのだろうか。

 

 自らが永きに渡って迷宮に封印されたにも関わらず、終焉木に支配されて滅びを向かえてしまったこの世界に。

 

 【精霊誓約】の繋がりによって、ハヤテの現在位置から今抱いている感情まで、知ろうと思えば幾らでも一方的に知り得るのだが、彼女の置かれている立場から現在の心情を推察するだけでも心が張り裂けそうになるのに、剥き出しの感情を浴びせられては、俺までその影響を受けて思考が偏り、行動が変質してしまいかねないから試さないのが吉だろう。

 

 そもそも幾ら誓約者が相手とはいえ、誰だって自らの心の中まで勝手に知られたくはないだろうし。

 

 だから、俺はハヤテの心を覗くような真似はせずに、自ら心に折り合いを付けて帰ってくるのを待つだけに留める。

 

 そうして、悲嘆に暮れているだろう想像上のハヤテから意識を切り離すと【異空間収納】から様々な戦利品を取り出す。

 

 「ろくなもんがねえな」

 

 一階層から十階層のボス部屋に至るまでに入手した魔物素材の数々に、俺は率直な評価を下す。

 

 「つっても、何もやらないよりはマシだろうけど」

 

 そう言って自分を納得させると、土魔法を使い巨大な錬金釜を複数作成し、それぞれにダブった素材を次々と放り込んでいく。

 

 「何はなくとも品質を上げないと話にならんからな」

 

 そして放り込んだ素材の魔力許容量に適した数の魔石を追加して【変換】を発動させると、瞬く間に素材と魔石は融合し、より上質な素材へと姿を変えた。

 

 そうして出来上がった上質素材同士を更に掛け合わせて、更に適した量の魔石を追加すると、再度【変換】を発動させて可能な限り品質を向上させていく。

 

 「これで一通り揃ったかな……」

 

 そんな過程を経て、それなりに質を向上させたのが、ゴブリンの角とグリーンキャタピラーの糸にラフットバニーの毛皮と、迷宮の七階層で出現したウッドパペットのドロップアイテムである角材だ。

 

 今回装備品を新調するにあたって、戦利品の中から使用する素材がこの四点だった。

 

 「んじゃあまずは……」

 

 空になった錬金釜にグリーンキャタピラーの糸を全て投入すると、そこに終焉木の赤糸とゴブリンの角と魔石を適量入れて【錬成】した。

 

 この【錬成】の目的は糸の強化にある。

 

 一見糸の強化に関係なさそうなゴブリンの角だが、異なる属性や魔物の素材などを掛け合わせる際に使用すると、素材間の反発を軽減しつつより強固に繋ぎ合わせてくれる効果があるために使用していた。

 

 「……うーん、まあまあまあまあ……」

 

 しかしやはりと言うべきか、何度も強化して品質を向上させたとはいえ、元が最下級の素材である為、終焉木とフレアドレイクの素材を掛け合わせた赤糸の見た目には微塵も変化は起きていなかった。

 

 それでもほんの僅かではあるが、赤糸の強度は増しているし、魔力許容量も増加していたので、成功と評して差し支えはないだろう。

 

 俺は出来立ての赤糸を錬金釜から取り出すと、【異空間収納】の中から赤灰糸も取り出した。

 

 そして土魔法の【成型】を用いて土属性に偏重した針を作ると、それぞれの糸を通して編み込んでいく。

 

 しかも今回は風を使わずに自らの両の手のみで。

 

 燦々と照り付ける陽射しに手元を明るく彩られながら、俺は宙に胡坐をかいて楽な姿勢を取ると、チマチマと人生初の針仕事に勤しむ。

 

 それも一編みする毎に土針を通して【強化】の魔法を付与しながら。

 

 土属性に偏重した土針を経由する事で、糸は僅かながら柔軟性を損なうも、それ以上の強固さを保持するようになった。

 

 そうして膨大な魔力を費やしながら編み物は進んでいく。

 

 と言っても、その手捌きはプロ顔負けどころか、機械とすら張り合える速度に到達しており、程なく二種類の糸は一枚のチュニックへとその姿を変えた。

 

 最後の一編みまで【強化】を付与し続けた為に完全に土属性へと偏重したチュニックは、その色合いを灰色から茶色よりに変化させていた。

 

 「んじゃあ次!」

 

 手早くチュニックの外観を確認し終えると、着心地などは後回しにして、続けざまに編み物を再開する。

 

 それも前回と同様に一編み毎に【強化】を付与しながら。

 

 そうして合計三度の手編みを完了した俺の目の前には、新生したチュニックとボトムスに靴下の一式が出揃っていた。

 

 その全てが宿す属性を示すようにブラウンに染まりながら。

 

 「うんうん、やっぱり茶色よりブラウンだよな。茶色だとモチャッと感が強すぎるけど、ブラウンならキリッとした感じがしてテンションも上がる……」

 

 何て益体もない事を呟きながら、俺は周囲を一旦見回してから新衣装に袖を通していく。

 

 と言っても、色が変わっただけでデザイン自体は全く変わらないのだが。

 

 「んっ……若干硬いか」

 

 糸の段階では僅かな変化としか感じなかったが、やはり衣服にまで加工が進むと着心地に明確な差が現れていた。

 

 「でも強度は段違いだな」

 

 ただ柔軟性を大幅に失った代わりに、強度に関しては異常なまでに上昇していた。

 

 それは、糸の段階から数えるのも馬鹿らしくなる程【強化】を繰り返した成果と土属性に偏重した効果が合わさった結果であった。

 

 「これなら並大抵の攻撃では掠り傷一つ負わないだろうな」

 

 フリかな? なんて声が聞こえた気がするけど、今回ばかりはガチだった。俺の中では……。

 

 そうして一通り服の着心地を確かめ終わると、休憩も取らずに次の作業へと移る。

 

 大幅なレベルアップの影響か、迷宮から帰還したばかりだというのに、心身ともに疲れ知らずの状態であったのだ。

 

 それどころか、こうして作業を繰り返す間にも、疲れが蓄積されるどころかどんどん回復していくのだ。

 

 流石に異常すぎないか、と地球人としての常識が警告を発するも、今に関して言えば都合が良いので無視して作業を進める事にした。

 

 俺は【異空間収納】から加工済みのフレアドレイクの尻尾革と終焉木素材の一式を取り出すと、またしても己の両の手だけで靴の製作に取り掛かる。

 

 まずは前回の反省も活かし、先に錬金術を行い一通りの素材を揃えていく。

 

 その際に、終焉木の丸太から切り出した板とウッドパペットの角材とゴブリンの角に魔石も錬金釜へと入れて【錬成】した。

 

 糸と同様に『まあまあまあまあ』といった品質の木材が出来上がった。

 

 それらを使って前回と同様の過程を進めていく。

 

 そして靴の中底を取り付ける際に、服を手編みした時に使った土針と糸を使用すると、一縫い毎に土針を通して【強化】を付与していく。

 

 元々が火属性に偏重したフレアドレイク素材だが、加工の段階で僅かながら風属性と水属性を宿している中、ここにきて更に土属性までもが注ぎ込まれていく。

 

 並みの素材なら四属性を内包するなど、強烈な属性反発を引き起こして素材自体がダメになってしまうのだが、チート知識さんが貴重かつ希少と評するだけあって、フレアドレイクの尻尾革はしっかりと受け入れてくれたようだ。

 

 それは勿論、俺の精緻な魔法操作技能があってこその結果だけどな(キリッ)

 

 服作りの時とは違って、少しばかり緊張を強いられたせいか、そんな茶番を脳内で弄びながら気持ちを入れ替えた。

 

 そうしてサクサクと靴の加工は進んでいき、随所で新たに作成した素材も活用しつつ、遂にはロングブーツの完成と相成ったのだった。

 

 「ちょっとくすんだ色合いになっちゃったか……」

 

 前回のロングブーツが灼熱を体現した色合いをしていたとするのなら、今回の仕上がりは赤みが強い火成岩を思わせるような落ち着いた印象となっていた。

 

 「まあ、見た目なんて大して気にしないから良いとして、問題は履き心地なんだが……」

 

 でもやっぱり少しは気にするんだ、という心の声が囁いたが、努めて無視を決め込むと地面に降り立ち両足をロングブーツに突っ込んで歩き回ってみる。

 

 「……やっぱり少し硬くなるな」

 

 土属性が追加される影響で服と同様にどうしても硬度は増してしまうようで、爪先や踵に踝といった部分に、前回は感じなかった違和感を覚えてしまう。

 

 とはいえ、靴擦れなどが生じる心配は皆無であるため、強度が大幅に向上した新たなロングブーツの仕上がりには心から満足した。

 

 そうして向かえた最後の作業がローブの作成だ。

 

 錬金釜に尻尾革と魔石とラフットバニーの毛皮にゴブリンの角を投入し【錬成】を行った。

 

 「おぉ、何か裏起毛みたいになってる……!」

 

 やはり最下級素材とフレアドレイク素材とでは、天秤の傾きが極端なため外観にこそ変化は見られないが、ラフットバニーの最後の足掻きかのように裏地が毛羽立っていたのだ。

 

 「冬はいいけど夏は糞暑いだろうな」

 

 豊かな毛皮を想起させる心地よい手触りを堪能しながらも明け透けな感想を呟く。

 

 「まあ今の正確な季節は分からんが、暑いって事はないから暫くは大丈夫だろうけど」

 

 異世界に転移してきてから極端な寒暖を感じた事が無いから、季節に当て嵌めるのなら多分春か秋のどちらかだろう。

 そして、日差しの強さから推察を重ねるのなら、春の可能性が高いとは思う。

 

 そもそもこの世界に四季が有るのかも知らんけど。

 

 ここが異世界という事情を勘案するのなら、一生この気温のままという可能性だって有り得るのだろう。

 

 「まあ、その辺は今はどうでもいいけど」

 

 何てあっさりと思考を切り捨てると、新生した尻尾革を新生した糸を使って縫い合わせていく。

 

 勿論これまでと同様に土針を通して一縫い毎に【強化】を付与しながら。

 

 「やっぱりローブ作りが一番簡単なんだよなぁ……」

 

 程なくして、そんな呟きと共にローブは呆気なく完成した。

 

 やはり前回と同様に、製作工程の多い靴作りの後となると、縫い合わせるだけのローブ作りは難易度が大幅に低く感じられてしまい、緊張感を維持するのが大変なくらいであった。

 

 とはいえ、今回は一縫い毎に【強化】を付与し続けたため、前回ほど単純作業とはならなかったが。

 

 「うん、硬い」

 

 靴と同様に火成岩じみた色合いとなった新生ローブを羽織りながら暫く体を動かしてみるが、最早三度目ともなると予想通りの着心地に何の感慨も浮かばなくなっていた。

 

 夕焼けが俺の無表情を熱烈に染め上げる中、膨大な魔力を費やした新装備の製作は無事に終了したのだった。

 

 それにしてもハヤテのやつは何処まで見回っとんねん。

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