精霊と始める異世界生活!?
第33話
「あぁ……! 本物の空だわ! 本物の空がこんなにも広がって……!」
「よ、良かったなハヤテ」
「アハハハハハ! 空だ! 本物の空だわ! 私の空が帰ってきたのよ!」
何回空言うねん。ってか空しか言ってないなハヤテ……。それに空じゃなくてお前が帰ってきたんやで。
ハヤテからの熱の籠った懇願に対して、ボロボロになった防具一式を指し示し、戦略的撤退を言い含めたのがつい先程。
俺は遂に謎技術の塊である転移装置を利用したのだ。
と言っても、ハヤテの記憶から昔の人々は当たり前に使用していたという事実を聞いていたし、使用方法も驚愕の簡易さで、渦の中に入って『帰還』と口にするか、心の中で思うだけで一瞬の内に迷宮外へと転移できる仕様だったから、経年劣化の有無にさえ目を瞑ればそれ程恐れる事はなかった。
というか、恐れる暇すら無かったという方が正確か。マジで一瞬だったからね。
それにそうでもして一旦迷宮から脱出しないと、ハヤテのあの熱量に浮かされて、考えもなしに先に進みかねない危険性があったから。
それ程までにハヤテの願いは純粋かつ一途で、心に突き刺さる真摯さに溢れていたのだ。
それに実際問題として、ハヤテの同族を助ける事に異存はない。どのみちこの迷宮は攻略するのだから、いずれは何処かでハヤテの同類とも出会うだろうし。
ただ結局のところ、何故俺が触れた直後にハヤテが石化から解放されたのかは、チート知識を頼っても、ハヤテに見解を尋ねても知り得なかった。
おそらくは、直後に見舞われた極度の倦怠感にヒントが隠されているとは思うのだが、魔力にも体力にも特段の変化はなかったから、考察しようにも材料が足りず如何ともし難いのが実情だ。
とは言え、この先で出会う事になるのであろう精霊王たちと、ハヤテとは違い戦う事なく誓約を交わせるなんて信じられる程お花畑にはなれない。
どう考えても戦う事になるんだろ、ハヤテの同類の精霊王たちとも。
だからこそまずは準備をさせて欲しいのだ。
まず間違いなく次の戦闘においても、俺は原因不明の倦怠感に襲われて虚脱状態のまま戦わねばならないと予想しているから。
俺はそんな懸念を抱えつつ、晴れ渡る青空を自由自在に飛び回るハヤテに視線をやりながら、未だ迷宮内に取り残されたままだという精霊王たちの力量に思考を巡らせる。
「それに引っ掛かる事もあるんだよなぁ……」
ハヤテは記憶を語る中で『訪れた人間が私に触れる度にね、私の力がドンドン抜き取られていったの』と言っていた。
という事は、俺が戦った時のハヤテはかなり弱体化していた可能性があるのではないだろうか。
永きに渡って人々に力を分け与え続け、その後に狂ってしまうまでに放置され続けた結果として。
そして仮にそうであるならば、十階層よりも深い階層に放置されているであろう他の精霊王たちは、ハヤテよりも強い力を保持した状態で狂いながら助けを待っているのではないだろうか。
俺はその可能性に思い至ると同時に、戦慄せざるを得なかった。
弱体化したハヤテですら、容易く俺の防具をぶち抜いて命に刃を届かせてきたのだ。
それがもし、万全の精霊王であったなら……。
「やっぱり事前準備は必須だな」
選べる手段など限られているが、それでも最善を尽くすべきだと自戒する。
正直、チートに胡坐をかいて迷宮を舐めていた部分があったのは否めない。
だから、誰が迷宮の序盤で精霊王とのドッカンバトルが始まるなんて予想できんねん! という不満には蓋をしておく。
そうして一頻り心の葛藤との折り合いをつけると、未だ無邪気に飛び回るハヤテの動きを注意深く観察してみる。
「流石は風の精霊王だなぁ……」
思わずそんな本音が漏れるくらい、ハヤテの飛翔する様は美しく、また静謐であった。
五歳児かな? と勘繰ってしまうぐらい馬鹿騒ぎしているにも関わらず、周囲に与える影響が軽微どころか皆無であったのだ。
ハヤテが高速で通りすぎようとも終焉木の葉は小揺るぎもせず、世界を満たしている筈の空気ですらも微動だにしない。
俺の元にはハヤテの声が届くばかりで、風圧はおろか微風一つ吹き抜けはしないのだ。
俺は【精霊誓約】によってハヤテと魔力回路が繋がっているから、彼女の存在をはっきりと認識できるし、その声もうるさいぐらいに耳に届くが、もし仮にその繋がりがなかったとしたら、この場に風の精霊王が存在していると認識したうえで、限界まで感覚知覚を研ぎ澄ませねば、ハヤテが目の前を通過したとしても、俺は気付かずに素通りさせてしまうだろう。
それ程までに、ハヤテが空を舞う姿は世界と同化しているのだ。
「はぁー最っ高ね! やっぱり空が一番よ! 空以外が全部消え去っても空さえあれば充分ね! そうでしょカイト!」
「んな訳あるか!」
見惚れる程に感動してしまった事実を消し去りたくなるような世迷い言をハヤテはほざく。
やっぱりこいつポンの匂いがするわ。
ポンの記憶を当てにしても大丈夫なんだろうか。
なんて不安を覚えている間にも、ハヤテは表情をころころ変えながら話し続ける。
「ずっと紛い物の空に閉じ込められていたから、もう記憶の中の空も擦り切れちゃっていたんだけど、やっと本物の空と再会できて私、ホントに嬉しいの! これも全部カイトが助けてくれたお陰ね! ホントにありがとうねカイト!」
「お、おう、どういたしまして……?」
それを目的とした訳ではなく、偶然に偶然が重なった結果がハヤテの解放に繋がっただけだから、真正面からド直球に感謝を告げられると、気まずいやら面映ゆいやらで反応に困ってしまう。
「でも流石にちょっと生えすぎだと思うの! このファイナルエンドラスティンバー!」
「何て!?」
気恥ずかしさに悶えていても聞き逃せない、否、聞き逃して良いのなら全力でスルーしたい言葉がハヤテの口から放たれた。
「何って、この鬱陶しい木! ファイナルエンドラスティンバーの事よ!」
「――ぐはっ!」
「ちょっ、どうしたのカイト!?」
このタイミングで俺の黒歴史がほじくり返されるのか。恩を仇で返すとはこの事か!
ってか何だよファイナルエンドラスティンバーって!
俺をおちょくる以外の目的で、そんなヘンテコな名前を木に付けていたのか、この世界の人間たちは!? 人類総チョケ世界か!
種の存続もセンスもマジで終わってんな!
……俺は異世界人だからセーフだけどな!
そもそも終焉木って名前はどうなった! チート知識に従えや異世界!
「ぐぬぬぬ……」
「ちょっと、ホントにカイト大丈夫? 急にどうしちゃったのよ? あ、まさか魔力をファイナルエンドラスティンバ――――」
「終焉木! 終焉木で統一しようね! この木の名前は終焉木です! 今日から終末の日まで終焉木です! 終焉木が唯一無二のファイナルアンサーです!」
ってか、黒歴史との唐突な邂逅に悶えてるだけだから優しくしないで! それ居た堪れなくなるだけだから! ……まさかわざとじゃないよね!?
「終焉木……? 何だか聞き慣れない言葉だけど、カイトがそこまで言うなら分かったわ! 今日からこの木は終焉木ね! さようならファイナルエンドラスティンバー!」
「ぐはあっ!」
終焉木への改名を受け入れてくれたのは有難いけど、最後に旧姓を読んで別れを告げる必要あったか!? ハヤテは嫌いなんだよねこの木の事!?
やっぱりコイツわざとやってない!?
そんな疑惑に満ちた視線を向けてみるが、ハヤテはどこ吹く風といった様子でニコニコと笑顔を浮かべるばかりであった。あ、かわいい。
「拠点に、帰ろっか……」
結局俺はそう言って引き下がるしかなかったのだ。
「私より速いなんて! やっぱり私とカイトの出逢いは運命だったのよ!」
迷宮を後にして共に飛び立った俺たちは、拠点までの道中を競うように飛翔したのだが、僅差で勝利をもぎ取った俺に対して、ハヤテが開口一番言い放った言葉がそれだった。
「いや運命かどうかは知らんけど、ハヤテは途中で手を抜いていただろ?」
そもそも拠点の場所を知らないハヤテはその時点で不利だったのだが、それ以上に彼女は俺の傍を飛ぶことに終始していた。
初めは、それだけ俺たちの力量が伯仲しているのだと思い、躍起になって速度をあげたのだが、改めて互いの状態に目をやると、汗だくの俺と涼しげなハヤテの時点で真の勝者は明白だった。
「確かにそれはそうなんだけど、それだけじゃくてね! ホラ、あのお屋敷の事よ!」
そう言って『私よりも速い』なんて大嘘かました事実を全く悪びれもせずに、ハヤテは大仰な身振り手振りで拠点を指し示した。
「で?」
「で? って、あのお屋敷よ! まるで私たちの出逢いを祝福しているみたいに風に染まっているじゃない!」
「ぐはあっ!」
それは単に無属性で加工する道具が無いから、っていうか、建てた時は魔法のアレコレについて深く考えていなかったが故の事で……。
「あのお屋敷を建てたのってカイトなんでしょう? カイトの魔力に満ちているんだもの間違えようもないわ! それがこんなにも豊かな風を宿しているなんて……。私の苦難は全てカイトと出逢う為に乗り越えなきゃならない試練だったのね!」
そう勝手に自己完結すると、どこかうっとりとした表情を俺に向けてくる。
こわい、コワイッ、怖いっ、恐い!
こちらが全く意図してない事を当然の事実のように歪めて汲み取るのは止めて貰えませんか!?
絶世の美女としか表現のしようがない容姿を誇るハヤテだが、勘違いを軸にした極端な好意を向けられるのは歓喜よりも恐怖が勝つ。
俺は必死で言葉を尽くした。
あくまでも俺たちの出会いは、成り行き任せの偶然が重なった結果でしかないのだと。
ましてや、目の前の屋敷などは己の未熟さから生まれた失敗作、とまでは言わないが、拙さの象徴のような物なのだと。
そもそも俺は異世界人であり、この世界の因果の外側から偶然やって来る事になっただけの部外者みたいなものだから、ハヤテが考えるような運命の輪の中に席はないのだと。
だから、俺に感謝をしてくれるのは嬉しいけど、盲信するのだけは止めてくれ、と。
しかし、そんな俺の熱弁の一言一句を聞き届けたハヤテの言い分は。
『意図してなくても偶然が幾つも重なったのなら、それはもう必然であり運命なのよ! だから私たちは出逢うべくして出逢った運命のパートナーなのよ!』だそうです。
オマエ無敵やな!?
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