第31話
「レベルアップシステムを導入してくれてアザマァースッ!!!」
迷宮の床に大の字に寝転がりながら、皮肉混じりにそう叫ぶ。
「ってかここ休憩所ちゃうんかーいッ!!」
そして何よりも確認しておくべき重大事項についても絶叫しておく。誰に届くわけでもないと知りながらも念の為。
しかし実際問題、ボス戦を終えた後の憩いの場かと思いきや、ボスとは比較にならないラスボス級の相手と戦わされたのだ。
生き残れたから良いものの、もしも死んでいたらあの世で呪詛を垂れ流すだけのマシーンに転生せざるを得ないだろう。
故に、少なくともこの部屋の仕様については、公式からのアナウンスが欲しいと切望しても致し方ない。
この部屋を訪れる度にこんな目に遭うのなら、命が幾つ有っても足りないのだから。
「つーか、この世界の公式って誰になるんだ? 創造神? それとも破壊神?」
創造神ならよく分からんが、破壊神ならばにこやかに仕様ですとか宣いそうで頭が茹だる。
「あっ……、やっとか……」
そんな風に一人で愚痴を吐き出し時間を潰していると、抜け殻のような状態となっていた身体に力が漲る。
俺は慎重に魔力を操り肉体を活性化させていく。
そして全身に回復魔法を施してから、ゆっくりと身を起こし、腕を回したり屈伸したりして体調を確かめていく。
「ふぅ……」
未だ謎の力の流出による倦怠感は拭えないが、それでも回復魔法とレベルアップの効果も相まってか、魔力体力ともに充分な水準へと至っていた。
「何気に魔力が枯渇するまで魔法を使ったのは初めてだったんだけど、まさかこんな副作用があるなんてなぁ」
風の精霊から露出した翡翠色の玉に魔力を注ぎ込んだ時点で俺の魔力は文字通りの0、すっからかんのからっけつとなったのだが、その直後にフレアドレイク戦以上の大幅なレベルアップを迎えたお陰で、俺の能力は又しても大いに上昇した。
しかし、俺はこれ幸いとその力を使って回復しようとしたのだが、魔力はうんともすんとも言わないばかりか、体も指先一つまともに動かせなくなっていた。
いやメッチャ焦ったね。
その時は声すら出せない状態だったから尚の事。
そしてそれこそが、魔力欠乏の症状だったのだ。
思い返せば、破壊神は二柱が管理する全ての世界の理の根幹を成すのが魔力だと言っていた。
つまり魔力を失うまで消費した俺は、一時的とはいえ生物としての根幹を失ってしまったという事だ。
本来ならその時点で死んでいたのだろうが、直後の大幅なレベルアップにより即座に魔力が回復したお陰で、何とか一命を取り留めたのだろう。
しかし、一瞬とはいえ生物としての根幹を失っていた副作用として、暫くの間は浅い呼吸以外に何も出来なくなってしまっていたのだ。
「そう言えば、破壊神も俺に魔力を使いきれとは言わなかったよなぁ……」
結果として俺自身がそうした事はあったが、そんな時は大体死が確定した段階での悪足掻き的な選択だったから、直後に死んでいても破壊神に止めを刺されたのであって、魔力欠乏によって死んだとは思わなかっただろう。
それに何より、破壊神なら嬉々として止めを刺していただろうから、神界では魔力欠乏の症状については知りようがなかったと思う。
それでも、戦闘狂の破壊神が魔力を使いきる事を促しすらしなかった事実を、もう少し注意深く考察すべきではあった。
おそらくは、破壊神にとって魔力を使いきってはいけない事など当たり前すぎた為に、わざわざ口にしなかったのだろう。
「って言うか、こんな時こそチート知識の出番じゃないの?」
そう思い参照してみると、当たり前のように魔法の欄に記してあった。
となるとこれもまた、破壊神が言及しなかった理由の一つなのだろう。
「………………」
しかしそうなると新たな疑問が脳裏を過るのだが、それは一旦置いておくとしよう。
魔力も体も動くようになったのなら、最優先で行いたいことがあったから。
俺は右手を天に掲げると、言葉に魔力を乗せて小さく呟いた。
「【顕現せよ翡翠玉】」
その言葉が空気を伝い世界に刻まれた瞬間、右手の平から辺り一面に光が放射され視界を翆一色に染め上げる。
そしてそれと時を同じくして、右手の平に翡翠色に輝く宝玉が出現した。
俺は右手を下げて宝玉に視線を移す。
宝玉はまるで呼吸でもしているかのようにチカチカと点滅している。
「すぅーっ、はぁ~…………よし!」
深呼吸一つで覚悟を決めると、翡翠玉に再度魔力を注ぎ込んでいく。
すると、翡翠玉は少しずつ半透明となりながら宙に浮かび上がる。
そして俺の目線の高さまで上昇すると、徐々に形を崩すようにその姿を変化させていく。
そうして最後に一際強く発光したのを最後に翡翠玉は跡形もなく消え去り、俺の目の前には薄手の羽衣を身に纏った天女が如き、半透明の美女が両手を広げて空中に揺蕩っていた。
深緑を思わせる長い髪を揺らめかせながら、翡翠色の双眸を僅かに細めて俺を見据えている彼女は、その見た目こそ違えど間違いなく俺と死闘を繰り広げた風の精霊その人であった。
俺は向けられた強い視線と真っ向から対峙すると、再度魔力を乗せた言葉を発した。
「【誓約に基づき俺に従え】」
俺の言葉は魔力を宿し言霊になると、目の前の美女、風の精霊の胸元に吸い込まれていった。
「~~~~~~ッ!!!!」
そうして言霊の全てが風の精霊の中に収まると、彼女は身を捩りながら絶叫するかのように口を開いた。
しかし、未だその声が世界に刻まれる事はなかった。
が、それと同時に凄まじい勢いで俺の魔力が風の精霊へと流れ込んでいく。
既にお互いの間に魔力の経路が繋がっているからこその現象だ。
俺はその事実が齎す意味に頬が緩むのを止められなかった。
そうして暫しの間、事の成り行きを見守っていると、風の精霊の全身が緩やかに色づき始め、その口元から発せられる声が僅かに空気を揺らし始めた。
そして更に見守ること幾星霜。
風の精霊はゆっくりと体勢を整えると、再度真っ直ぐな視線を俺に向けて、徐にその口を開いた。
「じ、じっ、じッ、自由だぁーっ!!!!」
「あっ、なんか思ってたんと違う!?」
予想外の快活さで自由を叫んだ風の精霊は、俺の突っ込みなど意に介さず、両手足を大いに突き出したかと思えば、滑らかな動きで空中を飛び回り始めた。
「あっ、お、おい!?」
しかし俺の制止の言葉は全く届いていないようで、雲に覆われた部屋の端から端までを何度も何度も往復していた。
まるで無邪気を擬人化したかのような振る舞いに毒気を抜かれた俺は、取り敢えず風の精霊が満足するまで待つ事にした。
頭上から響く『自由っ! 自由っ!』という調子外れの鼻歌に僅かばかりの心痛を感じながら。
「はぁーっ、堪能したわ! クッソ狭いけどねっ!」
「はぁ……」
大分待ったんですけど第一声がそれですか? って言いたいのを何とか我慢した。
これから告げる彼女にとって残酷な事実を知るからこそ。
そしてそれを齎す張本人が目の前の男だからこそ。
俺は腹下にぐっと力を入れると、なるべく平静を装って風の精霊に話し掛けた。
「それで満足したのなら話を進めたいんだけ――――」
「ええ勿論構わないわよ! 貴方の誓約精霊として貴方の生涯に渡って尽くすわ!」
「――――っ、知って、たのか……」
「当たり前じゃない! というか核を支配されたのだから、貴方に従うのが精霊の理よ! それを望まないなら潔く消え去りなさいって話!」
「お、おう……」
話が早くて助かるというべきか、さっきまで心の底から自由を謳歌していたのに、俺に従う事を許容するとか理解しがたいというべきか。
しかしそんな俺の戸惑いなど知った事かとばかりに、風の精霊は捲し立てるように話を進める。
「そんな事より名前! 貴方の名前を教えてよ!」
「あ、あぁそうだな。俺の名前は
「カイト……カイトね、分かったわ! それじゃあカイト! 私の誓約者になったんだから私に名前を付けてよ!」
「な、名前ね、おう……」
精霊と誓約を交わしたならば、その存在を自らに縛り付けるためにも、誓約者による名付けは必須になると、チート知識は事前に教えてくれていた。
だから俺は、地面にへたばっている間に幾つか候補は考えていたのだが、想定外の性格をしていた風の精霊には、そのどれもがそぐわない気がしてならない。
「あー楽しみね! これでも私、人間と誓約を交わしたのなんて生まれて初めてなんだから! どんな素敵な名前になるのかしらね!」
あ、ハードル上げやがった。いつの間にか素敵なって文言を追加しやがったぞコイツ!
って、いやいや意地悪に捉えるな。
誰だって名付けられるなら素敵な名前が良いに決まってるだろう。
兎に角考えろ。考えるんだ。風の精霊なんだから風に纏わる言葉を。
「か……ふ……は……疾風! ハヤテでどうだ!?」
俺は、ついさっきまで所狭しと飛び回っていた風の精霊の無邪気な姿から連想した言葉をそのまま提案した。
「ハヤテ……何だか聞き慣れない言葉だけど、それでこそ私って感じもするわね! うん、ハヤテ! 気に入ったわ! 今この瞬間から私はハヤテ! 宜しくねカイト!」
「お、おう、気に入ってくれたのなら良かったよ。此方こそ宜しくなハヤテ」
「うん!」
一瞬、え、それ嫌味とかじゃないよね? って聞き返したい気持ちがハンパなかったけど、目を輝かせて満面の笑みを浮かべる風の精霊改め、ハヤテの素直な反応に再び毒気を抜かれて言葉に詰まってしまった。
とはいえ、互いに和やかに挨拶を交わせたのだから、結果良ければ全て良しと言ったところなのだろう。
「とこでカイト、ちょっといいかしら?」
「ん? どうしたんだっ――て近い近い!?」
自らのネーミングセンスに若干のモヤモヤを抱えつつも、一先ずそうオチをつけた俺にハヤテが話し掛けてきたのだが、その距離感がバグっている。
傍目には、メンチでも切り合っているのかと錯覚しそうな程の近距離なのだ。
「え? そうかしら? うーん?」
そう言うと、今度はドンドン離れていき遂には部屋の壁に背中を付けるまで遠ざかっていった。
「これぐらいならいい?」
思わずふざけてんのかお前? と口走りそうになったが、驚く事にハヤテの声は目の前に居た時と同じ明瞭さで耳に届いたのだ。
特段声を張り上げている訳でもないのに。
「あぁ、そうか。ハヤテは風の化身だもんな」
と、同時に酷く納得もした。
彼女にとっては、彼我の距離ですらあってないようなものなのだろう。
俺は視界の隅で首を傾げるハヤテの姿に、精霊との共同生活における苦難を感じざるを得なかった。
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