第28話

 「これはボス部屋って事でいいのかな?」


 新モンスを除けば特に代わり映えのしない七、八階層と、出現する魔物の数が四体に増えた九階層を、これまでと同様に容易く踏破し、再度レベルアップした俺は、続く階段を下りながら視界の先に映る光景に率直な感想を漏らす。

 

 記念すべき十階層となる迷宮内部は、広々としつつもこれまでの階層より格段に狭い四角く区切られた空間であった。

 

 俺は直感的かつゲーム脳的に、その部屋の役割をボス部屋と定義したのだが、そんな呟きが聞こえたからなのか、はたまた単なる偶然か、部屋の中心に黒い粒子が集まると、徐々にその形を変容させていき、最後には魔物の一団へと姿を変えた。

 

 「おうおう、随分と勇ましい格好になったみたいだな。所詮はゴブリンだけど」

 

 「ゲギャギャ!」

 

 俺の言葉が癇に障ったのか、隊列を組んだゴブリンの一団は、各々が持つ鈍色に煌めく殺意の塊を振りかざす。

 

 「盾が三体に弓が二体、杖が二体にホブゴブリンが二体、そんでアイツが指揮官かな……」

 

 俺を威嚇するように、武器を掲げて蛮声を上げるゴブリンたちの後方に位置する後衛ゴブリンよりも更に後ろ。

 腕を組んでドヤ顔を晒しながら、仁王立ちしている少し大きめのゴブリンがいた。

 

 「ゴブリンまで後方腕組み仕草かよ。異世界まで届いてんじゃねえよ」

 

 そんな軽口を叩きながら、俺はその個体を指揮官と仮定し、その他のゴブリンたちの役割をも推し量る。

 

 が、そんな悠長な暇など与えぬとばかりに、腕組みゴブリンが一際大きなダミ声を放つと、ゴブリンの一団は一斉に行動を開始した。

 

 「「ゲギャギャ!」」

 

 まずはお先にとばかりに、二体の弓ゴブリンが矢を放つ。

 そして俺が迫り来る弓矢へ対処している間に、九階層から出現するようになった、逞しい筋肉に覆われた二メートル近い体躯を誇るホブゴブリンが、両サイドから同時に距離を詰めてくる。

 そして更にその後ろでは、盾を翳した三体のゴブリンが、後衛ゴブリンたちを守りながらも少しずつ前進していた。

 

 そこには、十階層に至るまでに遭遇した、腰布一枚で狂ったようにこん棒を振り回すだけのキチガ……極めて原始的に振る舞うばかりであった魔物たちの姿は皆無だった。

 

 防具が腰布一枚なのに変わりはないが。

 

 「成る程な。タイマンじゃ勝てないから、集団リンチと洒落込む訳か」

 

 統率の取れた十体の魔物を前に、しかし俺は余裕綽々な様を見せ付けると、一番槍の誉れを授かり迫る二本の弓矢を手で掴み取った。

 

 ゴブリンたちの反応は二つに分かれた。

 驚愕に目を見開くゴブリンたちと、知ったことか変わらず距離を詰めてくるホブゴブリンとに。

 

 「んじゃあ、死ね」

 

 俺は、手の中に収まる矢を頭の後ろでくるりと反転させると、受け流した勢いをそのまま反動に利用し、流れるような動作でダーツ投げの如く投擲した。

 

 「「ゲャッ!?」」

 

 振りかぶった武器の間合いまで後数歩というところで、二体のホブゴブリンの脳天に深々と矢が突き刺さる。

 そしてその一撃が致命に至った事を示すように、間抜けな悲鳴を上げた二体のホブゴブリンは、ともに全身から力が抜け落ちると、俺とすれ違うように地面を転がって後方に沈む。

 

 そして二度と動き出す事はなかった。

 

 余りに呆気ない死に様に、ゴブリンたちのどよめきがさざ波のようにボス部屋に浸透していく。

 

 「さて、遊撃手が居なくなった今、どんな行動を見せてくれるんだ?」

 

 俺は敢えて追撃をせずに挑発だけを放ち、次の一手をゴブリン側に委ねた。

 

 正直、戦闘を終わらせるだけならば、今すぐにでも終わらせられる。

 

 しかしそれでも実行しないのは、隊列を敷いて戦術を組んできたゴブリンの一団に、俺は感動とともに危機感を募らせていたからだ。

 

 というのも。

 

 「何で戦術チートは貰わなかったんだ俺ぇぇ……」

 

 内心冷や汗を流しながら、今更ながらの後悔を口にする。

 

 そう。俺が破壊神から授かったチートは、どれも単体性能を天元突破させる類いのものばかりで、集団戦におけるイロハは欠片も存在していなかったのだ。

 

 そして当然、ただの死にかけ苦学生だった日本人の俺に、戦術に関する深い知識、どころか浅い知識ですらある筈がない。

 

 それでも今はまだいい。

 

 今はまだ、あらゆる難事を魔力のゴリ押しでどうとでも出来るのだから。

 

 しかし今後を考えると、当たり前のように戦術を組んでくる相手に対して、無知のまま挑み続けて渡り合っていけるのかが不透明だ。

 

 いつだって、ジャイアントキリングを成すのは、優れた策略あっての事だと知っているのだから。


 「なんか、まるで俺がハントされる大型モンスターみたいだな」

 

 前衛の盾を頼りにジリジリと間合いを詰めてくるゴブリンたちの姿を視界に捉え、そんな率直な感想が口を吐いて出る。

 

 「まあ、その方が相手の戦術も勉強できるだろうし、別にいいか」

 

 俺は、動き出したゴブリンたちに合わせるように悠々と前進しながらも、その目だけは食い入るようにゴブリンたちの一挙手一投足へと注ぎ込む。

 

 「ゲギャギャギャ!」

 

 「「ゲギャ!」」

 

 そんな俺に間合いを詰められるのを嫌がったのか、腕組みゴブリンが即座に指示を出すと、二体の杖ゴブリンがそれに応えるように一鳴きした後、杖の先端を勢い良く俺に振りかぶった。

 

 「おぉ、やっぱり杖持ちは魔法使いだったか」

 

 その呟きが示す通り、ゴブリンの杖の先端から頭程もある大きさの火の玉が生み出され、即座に発射された。

 

 しかしその速度は弓矢には遠く及ばず、精々ホブゴブリンの速力と同程度といったところだろうか。

 

 「しかも、同じ魔法を同じタイミングで撃つのかよ。そこは工夫しないのな」

 

 そのうえ火の玉が向かってくる位置も両サイドからと、つい先程放たれた弓矢の行き先と、ホブゴブリンが辿った末路などもう忘れてしまっているかのようだ。

 

 「んー、戦術面でもこの程度の階層だと期待薄なのかな……」

 

 そんな落胆を覗かせながら、俺は迫り来る火の玉に対して、一つの魔法を発動させた。

 

 【転送】

 

 それは込めた魔力量によって、様々な物質や現象を別の場所へと移動させる事ができるという、強力な空間魔法の一つだ。

 

 俺は、二つの火の玉の進路上にそれぞれ次元の裂け目を出現させると、瞬く間に火の玉は次元の狭間に飲み込まれて消失した。

 

 「ゲギャッ!?」

 

 目の前で起きた現象に、しかしゴブリンたちは理解が追い付かないようで、あんぐりと大口を開けて間抜け面を晒す。

 

 そしてそれが、腕組みゴブリンが見せた最後の姿となる。

 

 二つの火の玉を消し去った次元の裂け目が他のゴブリンたちを飛び越えて、最も後方に陣取っていた腕組みゴブリンの頭を挟み込むように再出現したのだ。

 

 しかし、その異変に腕組みゴブリンは気が付けない。

 

 空間魔法の発動を察知できるだけの魔力感知能力が備わっていないのだろう。

 

 溢れ落ちそうな程に目を剥いて、外れそうなぐらいに顎を開いたまま、無防備な両側頭部に火の玉が炸裂したのだ。

 

 「……一撃かぁ。やっぱクリティカル判定とかもあるのかな」

 

 着弾と同時に激しく燃え上がった火の玉は、腕組みゴブリンの断末魔すら掻き消して、その命の悉くを焼き尽くした。

 

 頭部を黒焦げに彩った物言わぬ腕組みゴブリンは膝から崩れ落ちると、地面に赤黒い染みをぶち撒けた。

 

 そしてその段になって、漸く前衛のゴブリンたちは最後尾でおきた惨劇に気が付いたようだ。

 慌てたように振り向くゴブリンたちの醜態に、最早統率の色は見て取れない。

 

 「あぁ、アイツが要なのは分かってたけど、こうも変わるのか……」


 各々が腕組みゴブリンの死を認識した途端、隊列や連携どころか互いの意志疎通すら、何それ美味しいの? といった様子で、バラバラに行動し始めたのだ。

 

 盾ゴブリンはバタバタとした足取りでこちらに駆け出し、弓と杖ゴブリンは立ち位置も変えず同じ場所から同じ様に弓矢と魔法を放った。

 

 「終わらせるか……」

 

 余りに呆気ない崩壊具合に、最早見るべきところは皆無となったのを確信した俺は、弓矢と魔法は【転送】でそれぞれの脳天にお返しし、攻め寄せてきた盾ゴブリンには【風刃】による首チョンパをお見舞いした。

 

 「火の玉一発でも即死か。やっぱりクリティカルはあると考えるべきだな」

 

 当たり前といえば当たり前の話だが、当たり所が悪ければ石ころ一つでも死に至るのだ。それが魔法の火の玉ともなれば尚の事。

 

 「つっても、【転送】よりも【風刃】の方が使いやすいし魔力の消費も少ないから、わざわざ相手の攻撃を利用するよりも【風刃】ぶっぱが最適解なんだよなぁ」

 

 使い勝手が良すぎる魔法が一つあると、変に小細工を弄する必要すら無い。

 数多の魔法を習得しようとも、使う機会など早々訪れないのが現実らしい。

 

 そんなことをつらつらと考えていると、地面に転がっていたゴブリンたちの亡骸が一斉に粒子化し始めた。

 

 それは一番槍を務めた弓矢に、呆気なく脳天を貫かれたホブゴブリンたちも同様に。

 

 「ボス部屋なら、死んだ瞬間じゃなくて戦闘が終わったタイミングで粒子化するのか……。いや待てよ、そもそもここまでは一撃で皆殺しにしてきたからなぁ。比較のしようがないか……」

 

 道中の階層では、基本的に纏めて倒していた為、粒子化のタイミングも同じだったと思う。

 が、そもそも粒子化のタイミングを気にしたこと自体皆無だったから断言しにくい。

 

 しかし実際にこうした現象を目の当たりにすると、脳裏には様々な疑問が思い浮かんでくるものである。

 

 それは例えば……。

 

 「これ、他の魔物を拘束したうえで一体ずつ倒していけば、粒子化する前に解体できるのでは……?」

 

 それが現代日本人の発想かね、と我ながら思いはする。

 

 が、これは結構切実な問題でもある。

 

 もしこの仮定が通用するならば、ボス部屋においては、はたまた道中の階層でも、魔物素材が取り放題になるかもしれないのだ。

 

 「これは 一刻も早く試さねばっ……!」

 

 そんな決意を新たに戦利品を回収しようと視線を巡らせると、ボス部屋の最奥に新たな入り口が出現していたのだ。

 

 「十一階層への階段かな……?」

 

 そう予想を立てつつ【風域探査】を発動させるも、風は入り口の直前で弾かれてしまう。

 

 「――っ! これは直接見に行くしかないパターンか」

 

 風の弾かれ方が道中と同様であった為、早々に結論付けて直接向かうことにした。

 

 しかし警戒だけは最大限に引き上げて。

 

 「これは……?」

 

 そうして新たな入り口を通り抜けた先には、ボス部屋と同等の広さを誇る真っ白な空間が広がっていた。まるで石造りの迷宮が全て雲に置き換わったかのような光景だ。

 

 「――っ、あれは!?」

 

 そんな予想外すぎる景色に呆然と視線を巡らせていた俺の視界に、一体の見事な彫像と、その足元に設置された絵に描いたような外観の宝箱が映り込む。

 

 その余りにもあからさま過ぎる状況に、俺は思い浮かんだ言葉をそのまま吐き出してしまう。

 

 「ボス部屋のドロップアイテム拾うの忘れてたーっ!」

 

 我ながら何やってんのよもう! もったいないでしょ!

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