第26話

 「迷宮のシステム構築した奴出て来いやぁーっ!!」

 

 様々な検証の結果、迷宮内でのみ稼働するクソ仕様を大まかに把握した俺は、その理不尽極まる現象に対する不満を大いに叫び散らかした。

 

 最早この階層には、俺の声に反応する敵対的生命体は一つも残っていないから、どれだけ喚こうがノーリスクだ。

 

 はい。根刮ぎ殺してやってやりましたよ。ゴブリンしか居なかったけどね!

 

 しかし、同一の魔物で比較できたからこそ検証もスムーズに行えたと思えば、魔物素材としては最下級に位置するゴブリンしかいないという環境も、結果オーライと言えなくもないだろう。

 

 俺は空っぽになった肺を満たす為に深呼吸しながら、判明した結果を反芻する。

 

 まず最も重要なのは、迷宮内においては如何なる要素も階層間を越える事が出来ないという点だ。

 

 これはドロップシステムの抜け穴を突けるのではと、捕獲したゴブリンを迷宮の外に連れ出して解体してみようと画策した時に判明したのだが、どうやら階段の前に透明な壁というのか、バリアの様なものが存在しているらしく、俺に引き摺られたゴブリンは、そのバリアに阻まれるように階段へは辿り着けなかったのだ。

 

 しかも、そのゴブリンは階段がある空間を認識出来てすらいないようで、一旦解放して放置してみると、階段に座りながら眺めている俺の存在には一瞥もくれず、また迷宮の奥へと帰っていったのだ。

 

 その後にも何体か別の個体を使って実験を繰り返してみたが、結果は全て同じであった。

 

 この結果からもしかしてと思い【風域探査】を次の階層に向けて発動してみたところ、俺の風もまたバリアに阻まれるように、階段を降りきった地点で不自然にその動きを止めたのだった。

 

 「多分だけど、迷宮の判定としては階段の途中で【風域探査】を使うのもギリギリ扱いなんだろうな」

 

 二階層へ繋がる階段に腰掛けた俺はそう呟きながら【風域探査】を発動させると、二階層の詳細な情報と、次の階層に繋がる階段の位置が脳裏に示された。

 

 これは、一階層に居たままではどれだけ魔力を込めても成し得なかった現象だ。

 と同時に、やはり三階層の直前で俺の風は阻まれてしまうのだが。

 

 それでも俺が唯一迷宮の抜け穴を突けたとするならば、この一点のみなんだろう。

 

 少なくとも現状においては、階段というモンスターが認識する事さえ出来ない安全圏から、先の階層の情報を抜き取れるのだから。

 

 「はぁ、いつまでも愚痴ってても仕方ない。先へ進むか」

 

 糞システム満載の迷宮に対して、情報戦においては一矢報いてやった感に多少は溜飲を下げると、次なる階層を目指して歩き出した。

 

 そうしてまたしても出現したのはゴブリンだった。

 

 「またお前か……」

 

 見慣れすぎた姿にうんざりしながらも、見敵必殺とばかり【風刃】を放つ。

 狙い澄まされた風の刃は寸分違わずゴブリンの首筋を切り裂くと、悲鳴すら上げさせずにその命を刈り取った。

 

 一階層で百を越える戦闘という名の虐殺を繰り返したお陰で、必要最小限の魔力で瞬殺出来るまでに至ったのだ。

 

 頭部を失ったゴブリンは、膝から崩れ落ちるように地面に前のめりに倒れると、その体を漆黒の粒子へと変えて、迷宮に吸収されるように完全に消失した。

 壁や地面に飛び散っていた筈の血飛沫の一滴までもを余すところなく。

 

 「はぁ、二階層もこれかよ」

 

 そうして地面に残るのは、小さな角と灰色の魔石のみ。

 

 百三十センチ程の体高の魔物から取れるにしては、余りにも侘しい結果といえる。

 

 そしてこれこそが、迷宮の糞システムパート2。

 

 迷宮内で倒した魔物は、 魔石と素材一つを確定ドロップとしただけで、その他の全てを問答無用で回収していくのだ。

 例えそれが、どれだけ貴重で希少な素材だとしても、迷宮がドロップアイテムにしていなければ、俺には成す術もなく。

 

 つまり、迷宮外で倒したフレアドレイクのように、各部位を解体して血の一滴までもを素材として入手するなんてエコムーブが、迷宮内では不可能という訳だ。

 

 ゴブリンで例えるとするならば、その瞳が最たるものだ。

 

 俺に必要かと言われれば正直不要ではあるのだが、ゴブリンの瞳は暗視のポーションの素材として使えるらしい。

 

 暗視のポーションとは、誰であっても飲むだけで一定時間暗闇を見通す効果が付与される魔法薬であり、ゴブリン素材から作れる品としては最も価値が高いとされている。

 

 つっても売る相手なんて居ないし、俺は自前で【暗視】の魔法が使えるから、この件は百歩譲って良いとしよう。

 

 だが、今後フレアドレイクのような存在が出てきたら話は別だろう。

 

 その全身が貴重素材のみで構成されているような魔物を相手に死闘を繰り広げた結果、魔石と素材一つのみしか手に入らないとなれば、誰が好き好んでこんな陰気な場所へ来るというのか。

 

 「いやまあ、俺はコイツを攻略すると神に誓ったから来るしかないんだけどね……」

 

 地面に転がるゴブリン素材を回収しつつ、そんな呟きが漏れ出る。

 

 そう。俺はこの迷宮がどんなクソ仕様であったとしても、攻略を終えるまで通い続けるしかないのだ。

 

 いっそフレアドレイクとなんか出会わなければ良かったとすら思う。

 

 そうすれば、この世界の全てがドロップシステムであると、幸せな勘違いをしたまま迷宮生活を過ごせたのだから。

 

 死闘の果てに、魔石と素材を地面に直置きされても、きっと不満なんて抱かずに済んだのだから。

 

 俺は手にした戦利品を異空間に収納しながら、そんな益体もない考えばかりを巡らせてしまう。

 

 「そういえばこの準備も、今となっては虚しいだけだな……」

 

 迷宮の闇に負けないぐらいに黒い空間から手を引っこ抜いた俺は、今更ながらにそう思う。

 

 俺がゴブリン素材を収納したのは、昨晩装備一式を作り終えた後、残った魔力の九割近くを費やして創り出した空間魔法の【異空間収納】だ。

 

 この魔法は同系統の【異界創造】とは違い、俺自身が異空間に入れない代わりに広大な収納面積を確保しているのが特徴だ。

 

 出し入れする度に魔力を消費しなければならないし、中に収納した物の数や種類を把握するのにも魔力を必要とするのだが、今回ばかりは消費魔力よりも広さを優先してこの魔法を選んだのだ。

 

 それは勿論、今回の迷宮探索において大量の魔物を解体し、膨大な素材を収納しなければならなくなると予想していたから。

 

 しかし蓋を開けてみればこの有り様。

 

 果てがないのではと錯覚しそうな広さの異空間に対して、手に入るのは手のひらサイズの小物ばかり。

 

 流石に虚しさと徒労感を感じずにはいられなかった。

 

 「はぁ、さっさと割り切れ割り切れ。どのみち考えたって仕方ないんだから……」

 

 しかし結局のところ、そう結論付けるしかないのが現実だ。

 どれだけ不満を抱いたとて、頭を捻ったところで、迷宮の仕様に干渉する術などチート知識を以ってしてもありはしないのだから。

 

 俺は重い足取りのまま先へと進む。

 

 その道中で、新たに出現したのはコボルトだった。

 

 狂犬病にでも侵されていそうな二足歩行の薄汚れた犬といった外見の魔物は、その見た目に違わずゴブリンよりも鼻が利くようで、随分と遠くから俺を捕捉しているようだった。

 

 しかも移動速度もゴブリンより速いうえに、手足の肉球や体毛が足音を消しているせいで、視界に映るまで正確な距離感が測りづらかった。

 

 そうした点を鑑みて、念のために足を止めて待ち構えていると、闇を突き破るようにしてその姿を現したコボルトは、俺を威嚇する為か牙を剥き出しにしながら、如何にも不潔そうな爪を振り被った。

 

 「つっても、はあはあ五月蝿えからバレバレなんだけど、な!」

 

 その姿の詳細や正確な距離感が把握しづらくとも、漏れ出ているコボルトの呼吸音を聞き逃す程歳を食っては居ない。

 

 俺はコボルトの右腕が振り下ろされる前に、その首を【風刃】で刈り取った。

 

 「おっと……」

 

 そして、首を失っても慣性に従って突っ込んでくるコボルトの亡骸をしっかりと避ける。

 幾ら迷宮に強制回収されるとはいえ、わざわざ返り血を浴びたいとは思わないから。

 

 無造作に地面を転がるコボルトの亡骸は、その動きが停止したのを皮切りに粒子化し、最後はドロップアイテムへと姿を変えた。

 

 「これは魔石と、爪かぁ……」

 

 又しても手のひらサイズの戦利品に肩を落とす。しかもコボルトの魔石は兎も角、爪に関しては完全にフレアドレイク素材の下位互換、それも比較するのも烏滸がましいレベルの差がある劣化品だ。

 

 質より量でもなければ量より質でもない。

 

 質も量も圧倒的に不足している慰めにもならない報酬を手に、俺は深いため息を吐いた。

 

 「まぁ序盤なんだしこんなもんだよな……。だったらこんな所さっさと抜けるに限りますな!」

 

 持病の躁鬱かな? ……はい。

 

 なんて勝手なやり取りが脳内で繰り広げられるが私は正気です。

 

 俺はドロップアイテムを収納すると、風を纏い迷宮の通路を一気に駆け抜ける。

 

 当然徒歩とは比較にならない移動速度に、次々と進路上の魔物たちと接敵してしまうが、その全てを【風刃】による先制攻撃で遠距離から一方的に蹂躙していった。

 

 そうしてサクサクと迷宮を進むこと数十分。

 眼下には三階層へと続く階段がその姿を現した。

 

 「さって、それじゃあ最後にやっとくか」

 

 三階層へ下る階段を目下に、俺は敢えて一旦背を向けると、意識を二階層へと集中させる。

 

 俺の脳裏に、現在地を中心とした詳細な情報が浮かび上がる。俺が通ってきた通路以外には、まだまだ魔物が彷徨いているようだ。

 

 「悪く思うなよ」

 

 そんな呟きをキメ台詞に、俺は魔物が生息する全域へ【風刃】を送り込み、道中で遭遇しなかった生き残りの魔物たちを全滅させた。

 勿論、そのドロップアイテムにも風を送り全て回収しながら。

 

 「瘴気は少しでも減らしておきたいからな」

 

 だからこそ、会敵しなかったとはいえ魔物の生存を許す訳にはいかない。

 が、その為だけに迷宮を隅々まで探索して、魔物を狩り尽くすのは非効率過ぎる。

 

 そんなお悩みを解決に導いたのが、階層全域への【風刃】爆撃という手段だった。

 

 「まあ探索の時間は減らせるけど、その分魔力は無駄に消費しちまうな」

 

 俺の魔力総量からすれば誤差みたいなものだが、二階層の魔物を倒すだけの場合と比較してみれば、一体当たりにつき三倍近くの魔力を消費してしまっている。

 

 とはいえ、特に見るべき所もない階層を彷徨く手間と時間を考慮するならば、やはり今のやり方が一番効率的だと確信した。

 

 「おっし、ドロップも全部回収できたな。そんじゃあ三階層へと進みますか」

 

 こうして階段を下りているだけの僅かな時間にも魔力は回復していくのだから、やはり積極的に使わない手はない。

 

 そんな事に思考を巡らせながら、俺は三階層へ【風域探査】を行うのであった。

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