第24話

 「それにしても似合わねえなぁ……」

 

 深い夜の訪れに急かされるように屋敷に帰還した俺は、光魔法の【照明】を使い煌々と照らした自室で、水魔法の【水鏡】を用いて一人ファッションショーへと洒落込んでいた。

 

 が、結果は余り芳しくなかった。

 

 頭の天辺から脛辺りまでを覆うフレアドレイクのローブに、脛から下を包むフレアドレイクのロングブーツで身を飾った俺は、どう贔屓目に見ても勘違い激イタ厨二病コスプレイヤーでしかなかったから。

 特にフードを被って顔が隠れた状態から、フードを捲って素顔を晒した瞬間なんて、期待値を下回りすぎて自分でも思わず吹き出してしまうくらい滑稽だったからね。

 

 え? フレアドレイクのローブが何だって?

 

 作ったんだよ! ロングブーツを仕上げた後に! 真っ暗な中!

 

 つっても、ローブ自体は俺のサイズに合わせて革を裁断して縫い合わせて付与をかけただけのようなものだから簡単……とは口が裂けても言えないけど、ロングブーツを仕立てる際の技術と素材をそのまま流用できたから、難易度も掛かった時間もそれなりといったところだった。

 

 「はぁ……。まあ誰に見られる訳でもないし、見た目は別にどうでもいいか」

 

 【水鏡】を消し空気に腰を下ろした俺は、馬子にも衣装という最終評価で手を打つ事にした。

 

 「遂に明日か……」

 

 そうして一息吐くと、脳裏を過るのは装備を整えた理由について。

 

 「破壊神がわざわざ俺の為に選んだんだ。なら難易度がノーマルなんて事は絶対に有り得ない……」

 

 最低でもナイトメア。最低でもナイトメア。

 

 残虐極まる破壊神から受けた虐待という名のチート授与式の記憶を反芻しながら、首チョンパフレアドレイクとかいう慢心油断製造機を記憶から取り除く。

 

 「やっべ! 何かめっちゃ緊張してきた……!」

 

 メンタルクソ雑魚ナメクジかな? なんて声が聴こえた気がしたが私は今日も元気です。

 しかしながら一度ソワソワし出すと、何か切っ掛けがないと心は落ち着かない。

 

 俺はざわつく心に突き動かされるままに、室内をウロウロしながら思考を巡らせる。

 

 「………………アレ、やるか」

 

 そうして閃いたのは、いつまで経っても殺風景なままの自室の内装について。

 

 正直、寝るのも座るのも空気をクッションにすれば快適に過ごせるから、椅子もベッドも必要性は全く感じていない、どころか置いたら邪魔かな? 位に思っている。

 だけどこのまま何も置かないというのもそれはそれで何だか寂しい。

 

 そんな儘ならない思考の末に辿り着いたのが、神界の残滓を色濃く感じる世界に一つだけの部屋に相応しい調度品。

 

 「破壊神の……まあついでに創造神の像も作ってやるか!」

 

 家具わいッ! なんて声が聴こえた気がしたが私はもう止まりません。

 

 俺は屋敷の外に風を送り放置してある丸太を適度な大きさに切ってから自室に運び込むと、手に【風刃】を纏わせて丁寧に丸太を削っていく。

 

 手先を手刀の形にして、丸太を撫でるように動かしながら記憶の中に宿る二柱の姿、まずは創造神の姿から再現していく。

 

 神界の残滓に包まれながら、神界の主である神々を思い返し、その姿を象っていく。

 

 一削りする毎に波打つ心が凪いでいく。

 

 「……こんなもんか、なぁ……」

 

 程なく創造神の像は完成した。

 

 土台も含めると二メートルを少し越える程度の木像だが、自室の環境も相まってか、随分と荘厳な印象を受ける仕上がりとなった。

 

 「つっても、なんか、う~ん……」

 

 はっきりとコレだ! と言える原因は分からないが、何か物足りない。

 ただ、属性が風に偏重している以外の要素が、不満の要因であることだけは確かであると、俺の勘が告げていた。

 

 桶作りから始まり、屋敷の建造、フレアドレイクの尻尾料理、服作りに装備作りとそれなりに経験を積んできたつもりだったが、ここにきて一気に振り出しに戻った感覚だ。

 

 「ま、まあ取り敢えず破壊神の像も作るか」

 

 俺は創造神の像を一旦部屋の左端に配置すると、今度は破壊神の姿を脳裏に描きながら一彫り一彫り丁寧に象っていく。

 

 そうして彫り進めていく内に、様々な記憶が呼び起こされていく。

 

 「って、虐殺メモリーばっかじゃねえか」

 

 苦痛と恐怖。後悔と絶望。

 

 涙と鼻水と血反吐と臓物に塗れた自分の姿を、口裂け女と見紛うばかりの凶相を浮かべながら実に愉しげに見下ろしてくる破壊神の姿。

 

 「邪神像かな……?」

 

 率直な感想が口を吐いて出る。

 

 が、そんな言葉とは裏腹に、俺の手先からは感謝の念が魔力となって丸太へと伝わっていく。

 

 PTSD不可避なスライドショーの果てであったにしろ、望んだチートの全てを与えられた事。

 そして何より、末期癌という地球においては確定した死から解放してくれたという事実。

 

 この二つの要因があるからこそ、一人っ子一人居ない不毛の大地で孤独に苛まれても尚、俺は破壊神を本気で憎む事ができないでいるのだ。

 

 まあ、この地に送られたのはイキリが招いた自業自得なんだけどね……。

 

 「これで完成、なんだけど……」

 

 創造神の像よりも長い時間をかけて魔力を込めながら作りはしたが、やはり満足な仕上がりとはならなかった。

 

 それでも二柱を模した像を並べてみると、製作に掛けた熱量の差が如実に表れてしまっていた。

 

 創造神の像は、俺の記憶を覗いていた時の姿を象っていて、右手を正面下に突き出している穏やかな老人の像といった印象だ。顔の殆どが髪の毛で隠れている辺り、若干の不信感は否めないが。

 

 それに引き換え邪し……破壊神の像は、両手を腰に当て右足を軽く上げた姿勢はまだ良いとして、その浮かべた表情が、自作した俺自身も少し引くぐらい精緻に刻み込まれていたのだ。

 

 大きな瞳を垂れ気味に歪ませ、整った鼻梁は興奮を示すかのように僅かに膨らみ、薄い唇は耳元まで大胆に弓形に。

 

 まるで嗜虐心をそのまま擬人化したかのような破壊神の凶悪な顔付きが、余すところなく表現されているのだ。

 

 「それでいて不細工とは程遠い辺り、俺ってドMだったのかなぁ……」

 

 神像作りを通して、まさか内なる性癖と向き合う事になるとは思いもしなかった。

 

 「そ、そもそも破壊神は兎も角、創造神は印象が薄いんだよなぁ。俺の記憶を覗いた後はさっさとどっかに消えちゃうし、結局調査の結果とやらも分からず終いだし……。まあ俺を異世界送りにしたって事は、少なくとも日本に帰る手段は見付からなかったんだろうけど」

 

 創造神に日本に帰るか異世界に行くかの選択を問われた記憶はない。

 であるならば、問答無用で異世界送りにしなければならない理由があったのだろうと思う。

 

 「まっ、今更どうでもいい事だけどな」

 

 考えても仕方の無い事だ。

 答えが手に入るとは思えないし、欲しいとも今は思わない。

 

 「今はただ、明日の事だけを……」

 

 やけに思考が飛び飛びになると思えば、どうやら睡魔が悪さをしていたらしい。

 

 装備作りにおける慣れない細かい作業の連続や、その後に行った明日の準備に伴う魔力の大量消費などが尾を引いているのだろう。

 

 俺は空気を背に大の字になると、神像の出来映えも、異世界送りにされた理由も、もう考えるのを一切止めて、睡魔に導かれるまま意識を闇に沈めていった。

 

 ――――side???――――

 

 あぁ、いつまで続くのか。

 

 いつまで停滞し続けるのか。

 

 誰か助けて。

 

 ダメ殺して。

 

 いや消し去って。

 

 もう終わらせて。

 

 誰でも良い。何でも良い。どうでも良い。

 

 だから早く。


 一刻も早く。

 

 ワタシヲトキハナテッ!!!!


 ――――side??? 終―――― 

 

 「じゃあ、行ってくるわ」

 

 スッキリとした目覚めを迎えた俺は、手早く身支度を整えて朝食に軽々と尻尾肉を平らげると、自室に戻り二柱の神像を前にそう告げた。

 

 一晩経って疲労も魔力も全回復し頭も整理できたのか、地味過ぎる創造神と凶悪過ぎる破壊神の像の対比に、帰ってきたら必ず作り直す事を固く誓って、俺は屋敷を後にした。

 

 眩いばかりの朝日を背に、澄んだ空気を胸一杯に吸い込むと、風を纏い目的地へと飛翔する。

 その道すがら、周囲に風を送り込み情報収集を行うも、やはり相も変わらず不毛な大地に芽吹く生命は一つ足りとて無いようだ。

 分かりきっていた事だが、それでも少しは期待してしまうのが人情だろう。

 

 心が軋むように少しばかりの痛みを発するが、俺は眉を顰めるだけで意識的にそれを無視した。

 

 「この辺の終焉木も根こそぎ引っこ抜かないとな」

 

 只でさえ乱立し過ぎていて通りにくいのに、日差しまで遮って心共々暗くされては堪らない。

 

 今後、この道は早急に整備せねばならないだろう。

 

 とは言え、勝手な期待を裏切られた怒りの矛先に、生え散らかした終焉木は丁度良い相手とも言える。

 

 俺は、視界の隅々に至るまで鬱陶しいぐらいに林立する終焉木を、片っ端から木っ端微塵にする妄想で溜飲を下げ続けた。

 

 あくまでも妄想止まりなのは、使い道が有りまくる終焉木を無駄に消費するのが憚られた為だ。

 

 つまりは只の貧乏性だ。

 

 そうして屋敷から十キロ程の移動を終えると、目の前にはぽっかりとした空間と、その中心に聳え立つ巨大な洞穴の入り口が姿を表した。

 

 高さは五メートルを優に越え、横幅はその倍は下らないだろう。

 にも関わらず、奥行きは高さの半分にも届かないようだ。

 

 日本でこんな巨大かつ珍妙な洞穴が発見されたなら、まず間違いなく連日報道され人々が殺到する事になるだろう。

 

 「相変わらずの瘴気だな」

 

 とは言え、その洞穴から発せられる大量の瘴気は、意地汚い終焉木すら忌避するような代物で、洞穴の半径三百メートル程を境界線に、ぽっかりと何もない空間が広がっている。

 

 「瘴気は迷宮を討伐すれば消滅するのか……」

 

 より正確には、迷宮の最下層に鎮座する迷宮核を破壊すれば、迷宮ごと瘴気も消滅するようだ。

 

 しかし、いきなり全消滅とまではいかずとも、迷宮内の魔物を討伐するだけでも、瘴気の量は減らせるみたいだ。

 

 「つっても今回は初探索だからな。一先ずは内部の調査に徹しつつ、瘴気を減らしがてら魔物の力量も測るとするか」

 

 幾ら俺がチートの権化とはいえ、それを見越した破壊神が選んだ迷宮なのだ。

 

 慎重に事を運ぶに越したことは無いだろう。

 

 そう方針を固めると、周囲に瘴気を撒き散らす禍々しいまでの威容を誇る迷宮へと足を向けた。

 

 燦々と降り注ぐ日光の一欠片までもを呑み込む巨大な洞穴の入り口が、一歩進むごとに視界を覆い尽くしていく。

 

 そして、最早夜と変わらない程の闇に包まれた時、階下へと続く階段が目の前に現れた。

 

 「ふぅ、行くか」

 

 その不可思議な現象を目の当たりにした俺は、一呼吸空けてから確かな一歩を踏み出した。

 

 そんな俺の背後から、まるで新たな挑戦者を歓迎するかのように、洞穴の入り口が一段と大きく広がったような気配がした。

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