第23話
作った物が必ずしも役に立つ訳ではない。詰まるところそれだけの話だ。
なめし液の底に到達した尻尾の皮を風にそよがせ乾燥させながら、俺はアンニュイに独りごちる。
そもそも、種籾一つ持ち合わせていないのに、土だけ豊かにしてどーすんねん、と。
土が豊かになっても俺の生活は豊かになりませんよぉーっと。
とは言え、全くの無駄だったとは思わない。
あの肥料の原料となったのは、必要な素材を抜き出した後の出涸らしだから。
本来なら棄てて問題ない程度の素材から、この死んだ大地を僅かでも甦らせる事のできる肥料が作れるのなら、それを望外の喜びと言わず何と言うのか!
「あーあ、商売とかできたら『なっ、何だこの凄まじい肥料は!?』『えっ、それ、捨てる素材だけで適当に作ったやつなんですけど?』『なっ、なにぃ~!? こんな国宝級の代物が廃材から適当に作られただとぉ~!?』『アレ? もしかして俺、何かやっちゃいました?』『全部! 全部売ってくれ! 金なら幾らでも払う!』『たはは、何か一気にお金持ちになっちゃったぜ』みたいになったのになぁ……」
そんな茶番を弄びながら暇を持て余していると、その身が軽くなった事を示すように、宙を泳ぐ皮の風切り音が一段と高くなった。
「おっ、グッドタイミングだ。いや、俺がまた無意識にやっちゃってたパターンかな?」
何て嘯きながら、俺は鞣し終わった全ての革の感触を確認する。
「おぉ、このままでも充分に使えそうなんだが……」
日本では本革など金の無駄だと手に取る事すらしなかった俺は、手の中で強靭さを発揮しつつも馴染むように手のひらに吸い付いてくる独特の触感に、感嘆と共に本音を漏らした。
しかしながらチート知識が、もう一手! もう一手! と囃し立てるように次の工程を脳裏に指し示してくるから、いつまでも余韻に浸っては入られない。
チート能力が指示厨仕草とかやってらんねえなぁ!
俺は目頭が熱くなるような感情を抱きながら、次の工程へと移る。
「つっても、これがラストなんだけどな」
俺は全ての革が重ならないように左のプールに並べると、その上からフレアドレイクの油と血液と鱗を混ぜ合わせて作った特製潤滑油を塗り込んでいく。
「そして仕上げは【錬成】」
そうする事で、革に潤滑油を完全に浸透させる事が出来るばかりか、自然乾燥や魔法乾燥だけでは取り除けない革内部に残留する不純物を、錬金素材として消費したうえで消し去る事が可能となるのだ。
そうして一瞬の輝きの後、姿を現したフレアドレイクの尻尾革は、鱗模様を鈍く煌めかせながら強い赤熱色に染め上がっていた。
「まるであの日のまんまだな……」
今にも燃え上がりそうなぐらいに鮮烈な色合いの尻尾革を手に取った俺の脳裏に、炎を吐き散らしながら首チョンパの末に、見せ場も無いまま呆気なく死亡したフレアドレイクの勇姿が鮮やかに蘇る。
「…………止めよう。有難味が薄れる」
べ、別にアンタの名誉のためじゃないんだからねっ!
いやマジでフレアドレイクの為じゃなく、自分のモチベーション維持の為のツンデレだから。
っていうか、自分のツンデレで心機一転できる俺って燃費良くね?
「駄目だ。俺うるせぇ【土質変換】【成型】」
いつまでも脱線し続ける自分自身の思考にいい加減嫌気が差してきたから、問答無用とばかりに魔法を発動させ強引に作業に移る。
土魔法の【土質変換】によって硬度を増した土で両足の脛の辺りまで確りと包み込むと、同じく土魔法の【成型】で精密に型どっていく。
そして両足を引き抜き中にも土を詰め込むと、仕上げに【固定】を付与して型崩れしないように処置した事で、俺の足専用の土型が完成した。
次いで手頃なサイズの尻尾革を一枚ずつ選ぶと、土型に合わせて上から包み込むように張り付けていく。
ギチギチと革から悲鳴のような音が出るが、千切れないように気を付けつつも、皺や弛みが出ないように決して力は緩めずに靴底まで伸ばしていく。
「色々と錬金しないといけないな……」
靴底で折り返した革を風で撫で付けるように強く押し付けながら、俺は同時に即席の錬金釜を造り出す。
そうして靴の外側を形成しつつ、錬金釜の一つに終焉木の灰糸と余った潤滑油の一部を投入し、もう一つの錬金釜には白糸と潤滑油を投入し【錬成】する。
すると、双方ともに赤々とした色合いへと変化した。
しかし、その性能を確める暇も無さそうだ。
「あぁ、素材が足りない。取りに行くべきか、魔力でゴリ押すか。それとも……」
そんな判断に迫られつつも革の加工は進めていく。革に【加速】を付与し土型に馴染む速度を早めたのだ。
そうして靴が馴染むまでの猶予を素材の回収に充てると、別の錬金釜に廃材から作った特に使い道の無い肥料に加えて、風を送って回収した終焉木の樹皮と根っこの灰と、新たに収集した樹液も投入して【変換】を行う。
【変換】は、複数の素材の要素を継ぎ接ぎする事で、望む素材へと文字通り【変換】する錬金術だ。
今回はミチミチに繊維の詰まった終焉木の樹皮を、コルクに近い性質の樹皮へと変換したのだ。
そして最後の錬金釜には、採取した樹液と灰を混ぜ合わせてから投入し【分離】を行い、糊を生成した。
「ふぅ……流石に疲れるな」
今や屋敷から離れた場所にしかない終焉木に対して、幾つもの工程を並行して進めながら、遠隔で魔法を用いて素材を採取するというのは、いくらチートの権化である俺であっても中々に骨が折れる作業だった。
ただ同時に、今の俺なら可能だという確信があったのも事実だ。
フレアドレイクを倒しレベルアップ? した事で大幅に増加した魔力と、桶作りを皮切りに様々な細かい作業を通して磨かれた魔法操作能力の緻密さがあればこそ。
「こんな事ならあの時ちゃんと保管しておくんだった……」
それでも愚痴を溢さずにはいられない程度の疲労は感じてしまったが。
終焉木の樹液自体は、木を乾燥させる際に水魔法の【脱水】を使えば副産物として容易に手に入る代物だった。
だが俺は以前家作りの際に、山程の終焉木を乾燥させたにも関わらず、大量のソレを特に調べもせずに捨ててしまっていたのだ。
そんな自らの大失態に、後悔先に立たずとは良く言ったものだ、何てベタな感想しか思い浮かばない程度には、がっつり精神が磨り減らされてしまった。
とは言え、結局は手に入ったのだから問題はない!
俺は、深い溜め息一つで全てを水に流すと、続きの作業に取り掛かる。
【加速】によってある程度土型に馴染んだ革を取り外すと、履き口を裁断しつつ形を整えていく。
そして同時に、土型の底に中底を取り付ける為に、大まかに裁断した革を水に浸けて柔らかくすると、土型に沿って風を巻き付けながら固定し、更に【加速】を付与して馴染む時間を短縮する。
それと同時に、革の裏地を白糸、今は潤滑油との【錬成】を経て赤く染まった赤糸を使って縫製し、糊を使って張り付けていく。
更に同時に、爪先や踵の芯となる部分も作成していく。
更に更に同時に、細々とした素材の加工も並行して行っていく。
俺自身は色々な素材の加工をしつつ、それ以外の工程は風を操り進めていった。
そんな風にして、次々と必要なタスクを同時にこなしていく俺の周囲には、複数の風が忙しなく動き回りながら作業に従事する光景が生み出されていた。
こうして一通りの下準備を終えると、一足ずつ自らの手で丁寧に仕上げていく。
先ずは、風を巻き付けて足裏に沿った形状となった中底の余分な部位を【風刃】を纏わせた指先で切り落としていく。
そうして外観を整えると、底に溝を彫り糸が通る程度の小さな穴を開けていく。
「ふぅ……」
今まで以上に細かい作業の連続に、無意識に首や肩を回しながら溜め息を漏らしてしまう。
が、作業の手は止まらない。
どれだけ精神的、肉体的な疲労に見舞われようとも、極まったと言っても過言ではない魔力操作の精緻さは、僅かも揺らがず微かな淀みも生み出さずに、精密なまでに魔法の出力を安定させ続ける。
次いで外装の革の踵に芯となる革を糊で張り付けると、土型に被せて一切の皺や弛みが出ないように確りと押さえ付けていく。
特に足の甲や踵の部分などは、何度も丁寧に手で押さえ付けながら弛みや浮きを取り除いていく。
そうして中底まで伸ばしきった革を風を用いて固定しつつ余分な革を切り落としていくと、再度【加速】を重ね掛けして土型に革を馴染ませていく。
こんな感じで片方を馴染ませている間に、もう一方にも同様の加工を行っていく。
流石に二回目ともなると、チート能力も相まって加工はサクサクと進み、土型に馴染むまでの間、少しばかりの猶予を得ることが出来た。
「うぅーん……」
俺は大きく背を伸ばして空を仰ぎ見ると、日差しは中点より傾きだしており、そう遠くない内に一面を赤く染め上げるのだろうという予感を抱かせた。
「まぁ、夜にはならんだろう……」
フリかな? 何て声が聴こえた気がしたが、俺はそんな幻聴を振り払うように加工を再開する。
充分に土型に馴染んだ外装の革の爪先を捲り裏地だけを露出させると、たっぷりと糊を塗りたくってから、爪先の芯とするべく加工したフレアドレイクの尻尾の骨、尾骨を被せていく。
そして尾骨が確りと吸着した事を確認すると、裏地との段差を失くすため可能な限り表面を薄く削っていく。
それが終わると、外装の革を芯に被せてまた中底まで確りと伸ばしていく。
相変わらずギチギチと悲鳴を上げはするが、作業に慣れた事もあってか、革が破ける気配は微塵も感じられなかった。
そうして表面の加工を終えると、土型を裏返し中底に開けた穴に、灰を含んだ方の赤糸を通して外装の革ときつく縫い合わせていく。
「ふぅ……」
百を優に越える小さな穴の全てを歪みなく縫い合わせられた事で、思わず安堵の溜め息が漏れる。
とは言え、余り悠長にもしていられない。
俺は【変換】によって生み出したコルク素材を足裏のサイズに加工し緩衝材にすると、糊を塗り付けて中底に張り付ける。
そしてその表面を削り平らにしたら、踵から土踏まずにかけて終焉木の板を芯として打ち込んでいき、更に緩衝材を重ねて張り付け形を整えていく。
「よし、ラストスパートだ……!」
緩衝材を形成し終えたら、残す工程も後僅か。
靴底に合わせてカットし水に浸けて柔らかくした尻尾革に、糊を塗って緩衝材へと確りとくっ付けたら、余分な部分を大まかに切り取り、仕上げに削って形を整えていく。
そして革の端に薄く切り込みを入れ短く捲り上げると、赤灰糸を使って強固に縫い上げていく。
それから捲り上げた革で縫い目を覆うように糊で張り付けると、靴底全体に張り手を叩き込み確りと均していく。
それで歪みや弛みなどが見当たらなければ、同じ工程を二度繰り返して靴底の厚みを増していく。
そうして迎えた最後の工程が、踵の積み上げだ。
踵の形状に合わせてカットした尻尾革を、糊で張り付けては何度も細かく削り形を整えていき、バランス良く複数枚積み上げたところで、終焉木の木釘を打ち込み完全に固定した。
俺は何度も角度を変えて手の中の成果を見詰めては、皺や弛み、歪みや解れ、ズレなどが無い事を確認すると、最後の最後に靴全体に【強化】と【固定】を付与して真の完成へと至った。
「はぁ、やっと完成した……。塗装は一切してないけども」
そう言いつつも、俺は漸く肩の力を抜いて一息吐いた。
それに、様々な工程を経て完成に至ったフレアドレイクのロングブーツは、素材そのままの色合いでありながら、地面を照り付けるような灼熱色をしており、塗り重ねられた色など焼き尽くしてやると言わんばかりの存在感を放っていた。
俺はロングブーツを土型から引き抜くと、ゆっくりと片足を入れていく。
「おぉ、これは……!」
革の軋む音が鼓膜を揺らす。
縫い目の一つもない表面は長靴のようにすら見える。
「……」
しかしシンプルな外観だからこそ、灼熱色の革の放つ高級感をより一層際立たせていた。
「ピッタリだ。完璧だ。足に吸い付いてきやがる」
歩こうが、跳ねようが、しゃがもうが、まるで自らの足の延長のように馴染むブーツの履き心地に、俺は自画自賛を大いに含んだ評価を下した。
そうやってニヤニヤしながら、一頻り自作ブーツの感触を楽しんでいる俺に、柔らかな赤焼けが降り注ぐ。
まだ何も知らず、未来への不安など抱きようもなかった幼き頃に過ごした夕暮れの空き地を想起させる光景に、俺は少しばかり胸を詰まらせながら呟いた。
「もう一個、作らなきゃ……!」
片足だけあっても仕方ないもんね!
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