第22話

 終焉木の特性は、周囲の栄養と魔力を根こそぎ奪い去るという極めて凶悪な代物だ。

 それも俺みたいなチートが相手でも、微々たる量とはいえ確実に奪ってのける程の領域まで研ぎ澄まされてしまっている。

 

 だが、それを防ぐ方法として、影響範囲外に逃れるというものと、終焉木の素材を使った物質の中に入るという、二つの手段を発見したのが昨日の事だ。

 

 ならば、今の俺の状態はどう判断されるのだろうか。

 

 頭と手首の先を除けば、その全てを終焉木素材から作り出した衣服に包まれているこの状態は。

 

 そしてそのど真ん中で絶え間無く放出され続けている魔力の行く末は果たして。

 

 ドゥルルルルルルルルッ……。

 

 「とーれー………………ないっ! 取れないねぇー? こんなに近くに魔力があるのにねぇー? 悔しいねぇー?」

 

 俺は終焉木の幹ギリギリに顔を近づけながら、限界までシャクらせた口で実験結果を伝えてあげた。協力者、いや協力木だからねっ。

 

 「あれれぇおかしいぞぉー? 顔が外に出てるのに魔力がちっとも抜けていかないなんてぇー?」

 

 だからなんや殺すぞ、以外に言い様の無い言葉が俺の口から溢れてくる。

 

  「手のひらも見てホラっ……この通りなんですけどねぇー?」

 

 何度も首を左右に振りながら、通販番組顔負けの百面相で貴重な情報を垂れ流していく。

 上々過ぎる検証結果に、俺のサービス精神が箍を外してしまったようだ。

 

 否、これは丁度良いストレス発散の相手を見つけただけだ。

 

 俺は、喋りもしなければ動きもしない終焉木を相手に、気が済むまでディスの熟練度を稼いでいく。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ………………帰ろ」

 

 そうして心がカラッカラになった俺は、新衣装の齎した絶大な効果に満足しつつ帰路につく。

 終焉木を相手に繰り広げた世紀の一戦の詳細は、墓場まで持っていく事を魂に誓って。

 

 何事もなかったかのように屋敷に戻ると、先の痴態を忘れるかのように直ぐ様裏手へと向かい、枝と表皮を沈めたプールの様子を確認する。

 

 「良い感じだ。これなら直ぐにでも使えるな。……よし、飯にしよう!」


 ストレス値が下がれば空腹度は上がる。それは異世界でも共通の理だったようだ。


 そんな真理の一端に触れた俺が食したのは、そうだね。尻尾肉だね。

 だって美味しいんだもん! 在庫めっちゃあるんだもん!

 

 それに今回は少し調理法を変えてみたから!

 というのも、昨日の作業中に思い至ったのだが、わざわざフライパンに火魔法の【種火】を当てずとも【加熱】によって直接フライパンの温度を上げれば良いのでは、と。

 

 まあ、結果としては正直どっちでもいいわ! 程度の差でしかなかったが。

 

 というのも、木製のフライパンを熱する以上、火を使おうが本体を直接熱しようが【不燃】の使用は絶対だからだ。

 となると【種火】の火加減に気を付けるか【加熱】の温度調節に気を付けるかぐらいしか違いが無いのだが、チート持ちの俺基準では、二つの魔法の難度に差は感じなかった。


 一般的な魔法使いにとってどうだったのかは、もう俺には知りようもない事だが。

 

 だから強いて言うなら、フライパンの下に多少なりともスペースが必要な【種火】より、フライパン一つで完結する【加熱】を軸に使っていこうかなぁ、というのが調理を終えた際の率直な感想だった。

 

 まあでもそんな事とは関係無しに、今回のメニューに関しては別の思惑が最優先であったのだが。

 

 食事を終えた俺は、炊事場から幾つかの桶に風を纏わせ持ち出すとプールに移動した。

 

 「まずは付与の変更からだな」

 

 現在右のプールに付与している魔法は【抽出】【凝縮】【加速】の三種だが、今回の工程に【抽出】は必要ない。

 しかし、三種の付与は既に混ざり合ってしまっているから、一旦全ての付与を解除して対応した。

 

 「次は枝と皮を取り除いて……」

 

 そして付与の輝きを失ったプールから、不要な素材だけを抜き出していく。

 

 そうして七割程の高さまで目減りした右のプールに貯まっているのは、所謂なめし液だ。

 

 終焉木の特性か、黒が強めに出た赤黒いそれは、周囲に我慢できない程ではないけど嗅がなくていいなら其れに越した事はない位の香りを放っていた。

 そしてその手触りは、ヌメッというよりかはトロトロとした触感でありながら、手に執拗にベタつくような事はなかった。

 

 「よし、やる事も多いしドンドン準備を進めるか」

 

 努めて溌剌とした振る舞いを意識しながら、炊事場から持ってきた桶の一つに手を入れると、時魔法の【停止】を解除してその中身、フレアドレイクの尻尾の皮を取り出し、そのままなめし液へと漬け込んでいく。

 

 すると、尻尾の皮は水面を揺蕩うようにしながら、ゆっくりとなめし液の表層を揺らめていく。

 そしてそれに煽られるように水面もユラユラと波打てば、また尻尾の皮を泳がせる。

 

 その永久機関じみた様子を確認しながら、俺はなめし液全体に【凝縮】と【加速】の魔法をかける。それも【加速】に関しては何重にも重ね掛けして。

 

 これにより、鞣し期間は大幅に削減される。それこそ今日中に片付いてしまう程度には。

 

 付与の効果もあり、尻尾の皮にはなめし液がガンガン染み込んでいく。


 とはいえ、次の工程に移るにはまだ時間が必要なので、その隙間を埋めるように次の作業に取り掛かる。

 

 俺は小分けにした桶から、フレアドレイクの尻尾の皮から削ぎ落とした脂カスや肉片を全て取り出すと【抽出】を付与した桶に放り込み、油と絞りカスへと変化させた。

 

 そして桶の表面に浮かぶ絞りカスのみを慎重に取り除いて別の桶に移し終えると、付与を解除してから、油のみとなった桶にフレアドレイクの血液を少量注ぎ込む。

 

 それだけで自然と混じり合うように赤く染まっていく油の様子を確認すると、次いで別の桶を開けて新たな素材を取り出した。

 

 「かっけぇ……」

 

 思わず率直な感想が漏れだした。

 

 俺が取り出したのは、一枚が手のひらサイズにもなる尻尾の鱗だ。

 

 赤熱色に鈍く煌めくその鱗は、日差しを一身に浴びる事で、まるで生きているかのように熱を帯びていた。

 

 俺は何度か日差しに翳しては、感情を宿しているかのように表情を変える鱗の姿に童心を満たす。

 

 そして【風刃】で粉々になるまで加工した。

 

 そうして一粒が砂粒よりも幾分か小さくなった鱗の成れの果てを指先で摘み、その手触りを確認すると、こんなもんかなと内心で納得し、油の入った桶の中に投入した。

 

 「うわぁ、ブクブクしてる……」

 

 鱗粉が発する熱に油が反応しているのか、はたまた血液の方か、その両方か。

 小さな桶の中で、三種のフレアドレイク素材はしっかりと混ざり合っていった。

 

 俺はその桶に蓋をすると、今度は右のプールへと視線を向ける。

 

 「ん、そろそろだな」

 

 チートが示す通りとはいえ、結構ギリギリだった。鱗に見惚れていなければ、もう少し余裕があったのだろうけど。

 

 しかし! 異世界で童心を満たさない奴なんて、最早人間ですら無いと言っても過、言だろう!

 うん、過言だわ。言い過ぎた。ギリ正気に戻ったわ。あっぶね。

 

 何て考えている間にも作業は進む。

 

 俺はなめし液に漬け込んだ尻尾の皮を全て取り出し宙に浮かべると、空を泳ぐように風にはためかせる。

 そうして皮全体が滑らかな動きを見せ始めると、またなめし液へと漬け込んだ。

 しかし今度は、最初に漬け込んだ層よりも少しばかり深いところまで。

 

 鞣しに関しては、皮がなめし液の底に沈むまでこれの繰り返しだ。

 

 俺は、そんな皮の様子を伺いながらまたもや別の作業に移る。

 

 なめし液の残骸と成り果てた終焉木の枝と、皮の表皮を粉々になるまで粉砕すると、湿ったままのソレを空の桶に入れていく。

 そしてそこに油を抽出されて残りカスとなった、肉片や脂カスなどの残骸を投入する。

 最後に土魔法の【土質変換】と【成型】を使って土属性に偏重した棒を作ると、その棒に魔力を込めながら桶をかき混ぜていく。

 

 「うわぁ、なめし液より匂いがキツイな……」

 

 すると、混ざり始めた終焉木の残りカスとフレアドレイクの絞りカスから、まるで発酵でもしているかのような香りが立ち上る。

 

 俺はその匂いを風で拡散しながら、皮の鞣し作業も並行しつつ、暫くの間かき混ぜ続けた。

 

 そうして尻尾の皮がなめし液の半分よりも低い位置を漂い始めた頃、残りカスと絞りカスの夢の共演は、フカフカとした手触りの黒々とした肥料を生み出したところで幕引きとなった。

 

 「この死んだ土地には焼け石に水だろうけど」

 

 そう呟きつつも、俺は自らの表情が緩んでいるのを自覚していた。

 

 「ちょっとその辺に撒いて効果を確めてみるか」

 

 そう言いながらも、優先すべきは皮の鞣し作業だから、まずはなめし液から尻尾の皮を取り出して風に晒し、空を泳がせては再び漬け込んでいく。

 

 そうして時間の猶予を得てから、出来立てホヤホヤの肥料を作業の邪魔にならない場所に少量撒いて軽く地面を耕す。

 

 「……土地に撒くには向かない、か」

 

 が、その結果は俺の表情を曇らせるには充分すぎた。

 

 長年終焉木の影響下にあった大地は、まるで欠食児童のような旺盛さで肥料の栄養を吸い尽くすと、完全に元の木阿弥となってしまったのだ。

 

 「ならこれならどうだ……」

 

 しかしこの程度でへこたれない俺は、絞りカスを入れていた空の桶を魔法で手早く綺麗にすると、その中に土と肥料を入れて混ぜ合わせてみる。

 

 「………………」

 

 しかし柔らかく黒々とした土壌は、瞬く間にその色を薄く固くしていく。

 

 「…………おっ、耐えた、のか……?」

 

 が、ある程度侵食が進んだところで、土壌の変化は緩やかになり、遂には完全にその動きを止め、豊かとは口が裂けても言えないが、痩せた土地とならば呼んで良いぐらいには改善されたようだ。

 

 そんな風に皮の鞣し作業の合間を縫っては、桶に少量の肥料を加えつつ、実用可能なレベルになるまで土作りに勤しんだ。

 

 そうした結果。

 

 「土と肥料の比率は一対九か。流石異世界狂ってるな。でもプランターとしてなら充分使えそう、かな?」

 

 という一応の結論を得た。

 

 しかしそんな俺を嘲笑うかのように、土作りを繰り返していく中で俺のチートはとんでもない事実、という名のアドバイスをしてくれた。

 

 だから俺は、今からそれを出来立てホヤホヤのこいつに伝えなきゃならない。

 

 「でも何かごめんな……。俺の土魔法の中に、お前より手間入らずで、より良い土壌を作り出せる魔法が幾つもあったんだ……っ」

 

 その余りにも残酷な現実に、俺は嘘泣きを堪えながらも何とか言葉を絞り出すように悔恨を口にする。

 

 「だからごめん! お前の使い道、特に無いんだ……っ!」

 

 俺の懺悔が、俺の中だけでドラマチックにこだまする。

 

 そして、尻尾の皮がなめし液の底へと辿り着いた。

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