第21話

 ゆうべはおたのしみでしたね。

 

 …………はぁいっ!

 

 いやぁ楽しかったな! 滅茶苦茶楽しかったよ! もう忘れらんないね! 一生ものの思い出だわ! 二度とあんな経験したくな……出来ないんだろうなぁ! あーあ残念! マジで残念だわ頭の出来が! ファーッ!!!!

 

 目覚めて一発目がこれって誰が信じてくれる? いや別に信じて欲しい訳じゃないけど。知らないままでいて欲しいくらいだけども。

 

 世界に一人っきりだと黒歴史も作りやすくて気楽だねって言われたら、相手が子供でも助走をつけて殴り掛かるかもしれんし。

 

 いや、やっぱ殴らないから出て来てくれても良いんだよ?

 

 「あぁ駄目だ。何か上手く言葉に出来ないけど、この感じはきっと駄目だ……」

 

 昨日からやたらと孤独を意識してしまっている。

 

 どれだけ悩んだところでどうしようもない事だと分かっているのに、否、分かっているからこそ、思考の合間を突くように、疲労の隙間を抉るように、自傷行為にも似た想像を繰り返してしまっている。

 

 「動こう。兎に角動いてさえいれば気も紛れる」

 

 家具一つ無い自室で、空気をベッド代わりに宙に寝そべりながらそう呟いた俺は、体を起こしつつ頭を左右に振って強引に気持ちを切り替えると、屋敷の換気を済ませてから昨日作った作業用プールまで一っ飛びした。

 

 朝食を食べる気分にはならなかった。

 

 「枝の方は……うん、結構良い感じだな」

 

 昨日の作業を経て空になった左側のプールとは違い、終焉木の枝と皮の表皮を投入した右側のプールは、付与した魔法の後押しも受け、その成分をしっかりとプール全体に行き渡らせていた。

 

 「これなら今日中には使えるようになるか。それじゃあ、これが仕上がるまでにコイツも形にしないとな」

 

 そう言いながら手にしたのは二種類の糸。

 

 一方は、燦々と降り注ぐ日光の恩恵を一身に受けて瑞々しいまでに艶めく木々の皮のような色合いをしており、もう一方は木の根っこまで優しく照らす木漏れ日にも似た美しい色合いとなっていた。

 

 端的に言うなら灰色と白色だ。

 

 でもあれだけ苦労して手にした糸を評するのに、灰色と白色になったねー。二色も出来て良かったねー。何て口が裂けても言いたくない。

 

 俺は寝起きの頭をフル回転させて、何とかそれっぽい雰囲気を醸し出そうと言葉を絞り出したのだった。

 

 「糸が手に入ったならまずやるべき事は一つっきゃ無いよな」

 

 そう言って徐に作り始めたのは、俺の首から下を精巧に模したマネキンだ。

 

 「ホントは一から編んでもいいんだが、というか性能的にはそっちの方が良いんだけど。まあ今日は他にもやりたい事があるし、そっちの方が重要だからな」

 

 何て誰に対する言い訳か。

 恐らくは、何故ベストを尽くさないのかという当たり前に対する後ろめたさが発したソレを口にしながら、俺は十体を越えるマネキンを作り出すと、同数の風を用いてその全てに糸を巻き付けていく。

 それもただ漫然と巻き付けるのではなく、二種類の糸が交ざらないように気を付けながら、何かのデザインを模したのが見て取れる風貌へと仕上げていった。

 

 その結果、マネキンの半数には灰を混ぜて作った灰色の糸のみをゆったりと巻き付け、残りの半数には灰を混ぜていない白色の糸のみをしっかりと巻き付けた。

 

 「取り敢えずこんなもんでいいか。後は出来映え次第だな」

 

 そう言いながら、がら空きとなった左のプールに降り立つと、昨日と同様に床に魔方陣を刻み込む。

 そして糸まみれのマネキンの内、白い糸を纏ったマネキンのみを魔方陣の上に固めてぶち込んだ。

 

 「お、おう、何とも言い難い光景だな」

 

 広々とした空間にあって、寄り添うように背中合わせに密集した、糸を纏う首なしのマネキン達の図。

 これを見たのが夜だったなら、間違いなく絶叫していたな。

 

 でも今は朝だから! プールの隅々まで丸見えだから! 想像の余地なんて微塵もないから! アンタらいい身体してんねぇ! フュー!

 

 自分でやっておきながら、余りに不気味な光景を幻視してしまった為、何とか空元気で相殺した俺は、物悲しげに見えなくもないマネキン達から視線を切ると、床に刻んだ魔方陣にのみ意識を向けて魔力を注ぎ込む。

 

 【錬成】

 

 魔方陣は与えられた魔力を動力に光り輝くと、即座にその効果を発揮した。

 

 「おぉ、やっぱ早いな……」

 

 そんな率直な感想を呟いた俺の目の前には、糸に巻き付かれたマネキン達、ではなく、完成された衣服をその身に着飾り、どこか自信満々に胸を張ってるように見えなくもないスタイリッシュな姿があった。

 

 俺はマネキン達に風を纏わせ地上に並べると、その一体一体が纏う衣服の出来に目を光らせる。

 

 「……気持ち悪いほど同じだな。流石は錬金術といったところか」

 

 そう評したのは衣服のデザインに関する事だけではなく、品質に対する評価だ。

 

 ゲーム的な評価を下すなら、今目の前にある衣服の全てが、ほんの僅かの狂いもなくBランクで統一されているのだ。

 

 一口にBランクといっても、Aランクに近いBランクもあれば、Cランクに近いBランクもある。それどころか、そのどちらにも寄らないBランクど真ん中だって。

 

 何処までも厳密に評価するのであれば、同ランク内であっても、その階層には無限とも思える差異が存在している筈なのだ。

 

 だからもし、俺が目の前の衣服を手作業で編んでいたのなら、同じBランク評価であったとしても、失敗作だと落ち込むものもあれば、会心の出来だと喜ぶものもあっただろう。

 

 しかし、錬金術を駆使して生み出された衣服にはそれが存在しない。

 

 完成品の中にファンブルが起きない代わりにクリティカルも生まれない。その安定性こそが錬金術の利点であり、欠点でもあるのだろう。

 

 「つっても、今回は必要最小限の素材で【錬成】しただけだからなぁ。染料に拘ったり複数の属性糸を用意して組み合わせたり色々とやれる事は……って、そんな素材持ってないから物量でゴリ押ししたんだった……」

 

 詰まる所そういう事だ。

 

 複数の素材を掛け合わせていいとこ取り出来るのが錬金術の醍醐味なのに、今の俺はそれを最大限に活かせる環境にない。

 

 「やっぱり早く準備を整えて向かうべきだな……」

 

 錬金術による服作りを通して現状を再認識した俺は、逸る心を抑えつつ先の予定に対する意気込みを強めた。

 

 そうして一通りの考察を終えて覚悟を新たにした俺は、漸く目の前のマネキンから服を剥ぎ取ると、誰もいないと分かっているのに一旦周囲を見回してから着替え始める。

 

 「おぉ、良いじゃん良いじゃん! めっちゃ良いじゃん!」

 

 そうして新たに身に着けたのは、白で統一された長袖で丸首の肌着と短パン型の下着に五本指ハイソックスといった、外では決して見掛けてはならない格好であった。

 

 「マジかよコレ。日本のやつと遜色無い、どころか余裕で優ってるだろ!」

 

 肌にピッタリと張り付きながらも、柔らかく滑らかな肌触りが不快感とは無縁の着心地を実現し、僅かな動きに対してもしっかりと追従する事で肌に対する無用な刺激を最小限に抑えている。

 しかも使用した糸の特性として伸縮性と弾力性を両立しつつ、更には吸水性にも優れている為、動き回る際も汗をかいた場合も、その着心地に些かの陰りも見せない万全の仕上がりとなっていた。

 

 「これでB評価かよ……。これはこいつらにも期待出来るな」

 

 お巡りさんの足腰を鍛えたいのかな? と笑顔でピキピキされそうな格好のまま、俺は灰色の糸を纏ったマネキンに視線を向けると、期待感を胸に再度魔方陣の上に設置した。

 

 【錬成】

 

 そうして再度魔力を注がれ光を放った魔方陣が生み出したのは、変質者をコスプレイヤーへと転職させるファンタジックな一式装備である。

 

 俺は素早くマネキンを回収し衣服を奪うと、心臓の鼓動が早まるのを感じながら身に着けていく。

 

 衣服の品質を見定める余裕すらなかった。

 

 「おぉ、スゲェ。マジか、これが俺の普段着になるのか……」

 

 そう言った俺が身に纏ったのは、灰色で統一されたチュニックとボトムスと分厚めの五本指靴下である。


 丸首の肌着が隠れるほどに高い首元と、袖口に向かうにつれ確りとした絞りが入った形が特徴的な灰色のチュニックは、膝丈まで裾を伸ばしながらも無闇に広がる様子は見せず、ゆったりとしつつも決して邪魔に感じない着心地を実現していた。

 そしてそれと同色のボトムスは、足首に向かうにつれて徐々に細身へと変化していき、下着は勿論の事、肌とも無用な干渉を起こさない絶妙な履き心地となっていた。

 最後に分厚めの靴下だが、これもその厚みに違うことの無い強度を誇っており、敢えて靴下のまま地面に足をつけてみても、確りとした生地が自然の刺激から肌を守りきってみせた。

 

 そして何より使用された灰色の糸だが、この糸は作製段階で終焉木の灰を混ぜ合わせた事で、下着と違い吸水性よりも撥水性に優れた強靭な糸となっており、更には汚れに対しても強い耐性を兼ね備えた優れものとなっていた。

 

 当然、それのみを用いて【錬成】された衣服にもその特性は引き継がれており、それどころか魔力を介して強く結び付いた事で、より強力にその効果を発揮していた。

 

 こうして異世界生活四日目にして、俺は衣食住の全てを手に入れたのである。

 

 そして今回、錬金術の力を最大限発揮するには充分な素材が足りていないと分かっていたのに、敢えて多くの素材と魔力を消費してまで強硬したのには当然理由がある。

 

 俺はそれを確認する為にも、脱いだ地球産のスエット上下とパンツと五本指ソックスに、水魔法の【洗浄】と風魔法の【乾燥】を掛けて洗濯すると、残りのマネキンからも服を回収し、その全てを自らの神界に収納した。

 

 そうして急いで支度を整えた俺は、一路終焉木に向かって飛翔する。

 

 「あぁ、やっぱ着なれたスエットとは違って、空を飛ぶと若干違和感があるな」

 

 風にはためく袖口や裾から感じる空気抵抗に、ただ着用するだけでは分からなかった違いを実感する。

 

 「まっ、慣れるしかないわな。今はこれ以上の服なんて手に入らないんだし」

 

 とは言え、それはこれから確認する事と比較すれば然したる問題でもない為、俺は僅かな不満を風にのせて千個に分裂させた。

 

 そして終焉木の影響範囲内ギリギリに置いた桶の一つまで辿り着き、その様子をつぶさに観察した結果、やはり品質に僅かも低下は見られず、終焉木の持つ特性は全て把握したと判断して良い頃合いかと思考する。

 

 「まあでも一応置いといたままでいいか」

 

 十日目に急に劣化する、みたいな可能性が無きにしも非ずなのが異世界クオリティだろう。

 今となっては幾らでも量産できる桶を炭鉱のカナリア代わりに出来るのなら、やらない手はない。

 

 結局俺は桶を回収せずにその場を去ると、目と鼻の先に聳え立つ終焉木の根本に腰掛けた。


 巨木の群れが放つ青臭さと、まともな日差しを受けられずに冷えたままの土から立ち上る僅かな泥臭さが鼻腔を擽る。


 終焉木の意地汚さを知らなければ、マイナスイオンに満ちた空間だと錯覚して深呼吸すらしていた事だろう。

 

 「さあ、期待に応えてくれよ」


 が、今の俺は敵地に潜入しているかのような心持ちのまま、挑むようにそう呟くと、服の中で魔力を放出したのだった。

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