第19話
昨夜のお一人様限定肉祭りは大好評の内に幕を閉じた。
久方振りの満腹感に酔いしれた俺は、自室へ戻る気力も失い自らの神界で眠りについたのだった。
マジでこの屋敷どうすんだ。
目覚まし時計に起こされるでもなく、自然と日の出とともに目覚めた俺が最初に思ったのがそれだった。
「……まっ、どうにでもなるか」
しかし、特にこれといった名案など浮かぶ筈もなく、結局は問題を先送りするしか選択肢はないのだが。
俺は昨夜の宴の後片付けをすべく、残骸共に風を纏わせ屋敷の裏手に足を向けた。
朝日に照らされ始めた大地から立ち上る澄み渡った空気の匂いと、肌に張り付くような少しばかりひんやりとした気温が、寝起きの俺の意識を覚醒させる。
「表も裏も景色は変わらねえなぁ」
朝焼けに染まる屋敷のどこから周囲を見渡しても、視界に映るのは草一つ生えていない不毛な大地と、遠くに林立する巨大な終焉木の群れだけだ。
「この屋敷も滅茶苦茶デカい筈なんだけど、マジで縮尺バグるな……」
高さが十五メートルを優に越える屋敷も、周辺に三十メートル級の巨木が林立していたら随分とこじんまりとして見える。
俺は、そんな事を考えながら調理器具や食器を宙に並べると、水魔法の【洗浄】を使って汚れを落としていく。
一晩放置した油汚れを洗剤も使わず難なく洗い流すあたり、魔法の理不尽さというか便利っぷりというものが如実に現れていた。
当然、俺の魔法操作の腕前あっての事ではあるが。
そうしてピカピカになった洗い物たちを宙に浮かせたまま、俺は別々の属性魔法を同時に使用し乾燥させていく。
余分な水分を失っていく様子に、じっくりと眼を凝らしながら。
「……やっぱりそうか……」
一通りの乾燥を終え新品同様に生まれ変わった道具一式の仕上がりに、俺は一つの確信を得た。
「今の段階でなら属性反発も偏重も、そこまで気にする必要は無いかな」
昨晩の宴の時に得た実感と、今目の前で行った洗い物の手応えに、俺はそう結論付けた。
もし俺が無力な、又は初心者魔法使い程度の力量だったなら、風属性に偏る食器や調理器具を使って料理をするのは至難の技であっただろう。
魔法を使うなら風を含む調理器具からの反発に、水を入れるのも火にかけるのも、無属性のそれに加えるよりも余程多くの魔力を消費し、且つ高い技量を以って為さなければ、徒に道具の寿命を縮める結果となり、それこそ使い捨てのような有り様となっていただろうから。
更に無力な一般人だった場合、水を入れるだけならともかく火にかけようとするのなら、大量の燃料を消費し続け長い時間を浪費しなければ、沸騰させる事すら叶わなかっただろう。
それ程までに、属性反発や偏重による影響は強く大きいのだが。
「また破壊神に感謝する理由が増えちまったな」
破壊神に鍛えられ、少なくともフレアドレイクを瞬殺できる程度の力量を備えた俺ならば、その高い魔力と技量によって、現状の属性反発や偏重程度の影響など有って無いようなものとして扱えるのだ。
それは昨晩、風属性に偏る食器に、水魔法の【水生成】を使用した時も、火魔法の【種火】で沸騰させた時も、刻んだ魔方陣を発動させた時も、【不燃】と【加速】を付与した時も、俺の想定を大きく外れる様な事態は起こらず、何の問題もなく予定通りに料理が完成した事からも推察できる。
そして止めとばかりについ今しがた、使い終えた道具一式を水魔法の【洗浄】で洗い流し、火魔法の【蒸発】水魔法の【脱水】風魔法の【乾燥】土魔法の【吸水】光魔法の【揮発】闇魔法の【吸引】を用いて乾燥させながら、属性ごとの反発や効果の違いを検証した結果、実用上の影響はほぼほぼ無いとの確信を得たのだ。
つまり昨晩チート知識が示した懸念は原理原則に基づいたものであり、俺というチートの存在を加味した上での話ではないという事だと思う。
それでももし作品の品質を極上、ゲーム的な評価で全てをSランクとしたいのならば、やはり属性反発にも属性の偏重にも気をつけるべきではあるのだろうが。
今の俺の製作方法だと、最高でもAランク評価が限界のような気がするから。
そんな分析を脳内で転がしながらも、俺の中にあった魔法を多用したクラフトに対する忌避感は影も形も無くなっていった。
実用上の問題が現状に置いて殆ど無いのであれば、作成に掛かる手間や時間を短縮できる魔法に頼るのは当然の帰結であると思うから。
そんな決意も新たにしつつ炊事場に戻ると、新品同様となった土台の上に道具一式を重ねて置いた。
「食器棚とかも作らないとな」
そう思いつつも一つの懸念を解消した俺は、もう一つの懸念に対する回答を得ようと、その呟きとは別の行動を取り始める。
俺は屋敷の隅々にまで風を送り込むと、全ての窓を開け放ち換気してから、手荷物を一つ携えて屋敷を飛び出した。
「クソデカハウスだけど、魔法があれば維持するのは簡単そうだな」
何て言いながら俺が向かうのは、終焉木との境界線上に設置した空の桶の所だ。
俺は拠点を建築するにあたって、終焉木が持つ周囲の栄養と魔力を奪い取るという性質に対する懸念が払拭出来ずにいた。
しかしだからと言って、異世界の夜を桶の中で連泊するなどとても耐えられず、結果建築を強硬する事となったのだが。
一応の対抗策として、拠点予定地の周囲にある終焉木は根こそぎ排除しておいたのだ。建材も欲しかったし、そのついでに。
そうして建築から半日、終焉木から距離を置いた屋敷と、敢えて終焉木の側に放置した空の桶の状態に違いがあるのか、俺は自分なりの予測を立てながら確認へと向かっているのだ。
朝焼けが柔らかな陽光へとその姿を変え始め、燦々と拠点全体を照らす様を背景に、俺はそんな日差しを拒む薄暗い場所を目指す。
と言っても、空を飛ぶ俺にとっては目と鼻の先。直ぐ様目的地の一つに辿り着くと、ポツンと佇む桶に眼を凝らして観察する。
「……成る程予想通りだな。それでは此処でこいつを一つまみ……」
そう言って俺が取り出したのは、フレアドレイクの尻尾肉から削ぎ落とした脂の欠片だ。
その一欠片を桶の横に直置きし、もう一欠片を桶の中に入れて蓋をした。
後はただ待つだけだ。
と言っても時間はそれ程掛からない。
「変化し始めたな。こっちはどうだ?」
僅か一分程度で地面に直置きした脂の欠片は、内在する魔力と栄養を抜き取られるように萎み始めた。
しかしそれは予想通りであった為、俺は本命とも言える桶の中に入れた脂の欠片を確認すべく蓋に手を掛けた。
「――――っ、ははっ、やっぱりな」
俺の眼に飛び込んできたのは、地面に置いた脂の欠片と同じく萎み始めた、訳じゃなく、入れた直後と変わり無い姿を保った脂の欠片である。
「こっちも予想通りだ。やっぱりあの時の感覚は間違いじゃなかったのか……」
そうして思い出されるのは、桶の中で一夜を過ごした翌朝の事だ。
あの日、野宿の憂き目にあった俺と桶たちは、終焉木の性質を考えるなら一晩中魔力と栄養を吸い取られ続けた筈だ。
しかしチートの権化たる俺の回復力は例外としても、六つの桶の中で一つ足りとて品質が劣化していないというのは異常というより他あるまい。
ただ一つ疑念を加えるとするならば、あの日俺が野宿した場所はダンジョンの近くであり、そこから漏れ出す瘴気を嫌ってか周囲の終焉木とは距離があった。
故に俺は仮説を立てた。
終焉木の魔力と栄養を収奪する性質には限界距離があるのではないか。
もしくは、終焉木を素材にした物質は影響を受けないのではないか、と。
そして今、それに対する回答の一つが目の前に示されていた。
「念のためもう少し見てみるか」
そう言って再び蓋をした俺は、また暫く脂の欠片とにらめっこするのであった。自由研究みたいで懐かしいな。
そうして時間を掛けつつ六ヶ所全ての桶で検証を繰り返した結果、予想通り終焉木の性質には限界距離が確認できた。
その距離は、終焉木の全長の大凡十分の一程度である。
周辺に林立する終焉木は、ほぼ全てが三十メートルを越えているので、余裕をもって見積もっても、終焉木の周囲四メートル程は影響範囲内と考えて良いだろう。
そしてもう一つの予想。
終焉木を素材にした物質は影響を受けない。
これも事実であると確認出来た。
六ヶ所全ての桶の中で、脂の欠片は魔力にも栄養にも一切の変化を見せなかったのだ。
直ぐ横の地面に置かれた脂の欠片が、地面を通して、そればかりか終焉木が呼吸でもするかのように空気を伝って、その内在魔力と栄養の悉くを奪い去られて萎んでいったというのに。
これは推測だが、おそらくこの性質は終焉木同士が互いの魔力や栄養を奪い合わない為の安全装置のようなものではないかと思う。
実際、林立する終焉木同士の距離は二メートルも離れていれば良い方で、その多くは一メートル程度の距離しか離れていないのだ。
これを本来の終焉木の性質に当て嵌めるならば、四メートル以内の終焉木同士は互いに魔力と栄養を奪い合って共倒れるか、四メートル以上の距離感を保って繁栄するかのどちらかしか無い筈なのだから。
しかし現実は、ひしめき合うかのように鬱陶しいくらい乱立している。
となると、互いの安全を確保する何らかの力が働いていると考えるのが妥当だろう。
そして検証の結果は、その予想を肯定する現象を何度も再現して見せたのだ。
チマチマと桶と脂の欠片を移動させながら時間を掛けて検証するのは中々に骨の折れる苦行ではあったが、そこから得られた情報の価値を思えば、見返りとしては充分すぎる成果と言えた。
こうして俺は、本当の意味での安全な拠点を手に入れる事が出来たのだ。
そして、今の環境が終焉木の影響を受けないのであれば、また何かあっても取り除く手段が確立されたのなら、とれる行動の自由度は大幅に広がる。
それに、今回手にした情報は次なる疑惑へと俺の思考を導いた。
その検証結果次第では、終焉木に支配されたこの世界で、魔力の喪失に怯える事なく暮らせるようになるかもしれない程の疑惑へと。
俺は念の為に空の桶を屋敷に一番近い終焉木のギリギリ影響範囲内に再設置すると、高揚感に胸を弾ませながら頭の中で予定を組み立てつつ、幾つかの終焉木素材に風を纏わせ回収し屋敷に戻った。
人っ子一人、それこそ羽虫の一匹すらも存在しないこの地で、不用心にも全ての窓や扉が開け放たれた巨大な屋敷が、成果を手に凱旋を果たす俺を歓迎するかのように迎え入れてくれた。
屋敷の正面に諸々を積み重ね一旦放置した俺は、日差しが中天付近から降り注いでいるのを確認し、次なる行動を定めた。
「昼飯にすっか」
朝御飯、食べてなかったもんね。
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