第18話
「テケテッケッテケテ! テケテッケッテケテ! テケテッケテケテケテケ……」
あ、別に狂ってませんよ。怒り狂ってはいますがね。ファーッ。
そんな猛り狂う心のままに絶叫しても誰にも迷惑をかけません。そう。この屋敷ならね!
「何て下らない事考えてる暇はねえ! とっとと作ってさっさと食べてぐっすり寝てやるわ!」
そう宣言した通り、俺は炊事場予定の部屋に移動すると、簡易のキッチン、いや見栄を張るのはやめよう。丁度良い高さの土台の上に置いた、まな板面したただの木の板に、ぶつ切りにしたファイアドレイクの尻尾の一部を載せた。
どうやってぶつ切りにしたかって?
【風刃】だよ!
属性反発? 付与効果の激減? 品質の低下?
そんな事言ったってしょうがないじゃないか! 腹減ってんだよこっちは!
後、もう本当にどうしようもねえんだよ!
属性に依らない道具なんて持ってねえんだもん!
だったらもう出来る事からやるっきゃねえだろ!
人生は配られたカードで勝負するしか無いんだから!
その論理でいけば、俺の手札の枚数はとんでもない事になっているんだから、嘆いている暇も権利もないんだわ!
そんな自棄っぱち感を醸し出しつつも、俺はフレアドレイクの素材の中から、最も利用価値が低い素材を選んでいた。
と言っても、尻尾の肉も、皮も、鱗も、骨も貴重素材である事には変わらないから、一つ足りとて無駄にするつもりは無いのだが。
何てイキリつつ炊事場に移動した俺は、まな板一つ存在しないがらんどうの室内を目に急いで外に飛び出すと、余っていた木材を加工して簡易の調理器具をでっち上げたのだった。
と言っても、それ程多く作った訳じゃない。
今回の調理には実験の要素も多分に含まれているからだ。
俺は迷わず【風刃】を手に纏わせると、時魔法の【停止】を解除した尻尾の断面から鱗を取り皮を剥がしていく。それと同時に水魔法の【脱水】を用いて各部位に残っている血液を集めて魔方陣を刻んだ木製のボウルに流し込む。
そして即座に皮と鱗に【停止】をかけ直すと新調した小型の桶の中に入れた。
次いで肉の解体に取り掛かる。尻尾の骨も使い道がある為、そのまま調理する訳にはいかないのだ。
手に纏わせた【風刃】を骨の寸前まで差し込み慎重に開いていく。そうして大まかな肉を剥がし終えると、骨に残った細かい肉片や脂を、指先に纏わせた【風刃】を用いて骨を傷つけないよう慎重に削ぎ落としていく。
「……ふぅ。こんなもんか」
木材を加工する時とは違って、骨は勿論削りかすたる肉片や脂にも価値がある為、これまで以上に精緻な動きが必要となり、一行程を経る毎に思わず溜め息が漏れてしまう。
こんなの屋敷を建てた後にやりたい作業では絶対にない!
慎重に作業を進め何とか目的を果たすと、細かい肉片や脂、白く煌めく尻尾の骨にも【停止】をかけ直して別々の桶の中に放り込んでいく。
これで下準備は終わり、漸く調理に取り掛かれるのだ。
大まかに切り分けたブロック肉の片方に更に【風刃】を差し込むと、手頃な大きさに切り分けながら筋や繊維を切っていく。
そうして尻尾の肉は、一口より少し大きめの食べ頃サイズへと姿を変えた。
「よし、ここからが本番だぞ」
そう気合いを新たにした俺は、木製のフライパンに【不燃】の魔法を付与すると、切り分けた余分な脂身を塗りたくってテカテカさせてから火にかけた。
火元は当然俺の魔法だ。
最初は終焉木の木屑を利用して火種を起こそうかと考えていたのだが、調理器具の製作がてらに軽く試してみたところ、予想外に耐燃性が強く、燃え上がらせるには相当な火力が必要だと知った。
それでも強引に燃やすこと自体は可能だったが、無属性の木屑を燃料に燃え滾る炎を火元にした場合、風属性に偏重したフライパンにかけた【不燃】の魔法では、その火力を受け止めきれずに燃え移る可能性が極僅かだがあったのだ。
ここに来て、属性偏重が齎すデメリットを体感する事になってしまったという訳だ。
そんな事情もあり、自然の火力ではなく魔法の火力に頼る事に決めた。
魔法が生み出す炎ならば、俺の意思で火力を自由に調節できる利点もあったから。
そんなこんなで俺は、フライパンに掛けた付与魔法の調子にも気を配りつつ、火力を細かく調整しながら肉を投入した。
「うっは、旨そうな匂い」
途端に煙と共に上質な肉の焼ける濃厚な香りが鼻腔に飛び込んでくる。
それだけで口の中には唾液が滝のように溢れだし、二度三度と続けて唾を飲み込まなければ涎を垂らしてしまいそうになった。
無意識に箸先を舐めようとして何度思い留まった事か。
「た、たまんねぇ……」
一枚一枚引っくり返す度に、油が弾ける音をBGMに何度でも煙と共に揺蕩う芳しいまでの肉の香り。
生物としての本能に訴えかけるような激烈な匂いに、俺の視線は肉から片時も離れる事はない。
そうして永久にも思えた焼きの時間は終わり、その身を赤から褐色へと変えた肉の山が、輝く舞台を木の大皿へと移した。
幾らチートの権化とはいえ、流石に初めて食べる異世界の魔物肉にはしっかりと火を通さざるを得ない。最適な好みの焼き加減については追々だな。
べ、別にチキった訳じゃないんだからね!
「い、いただきます!」
火を入れたことでその身を縮めながらも旨味を凝縮させた肉の晴れ姿に、最早一秒も待てぬとばかりに口いっぱいに頬張る。
「うっ、うっまぁーい! でも素材の味!」
筋や繊維に刃を入れた事で肉は容易に歯を通し、開かれた隙間から溢れるように肉汁が飛び出し喉を潤してくれる。
その味わいに導かれるように、何度も何度も噛み締めれば、肉汁の奥から肉本来の濃厚な旨味が沸き上がり、脂の焦げ目の香ばしさとも混じり合って、一口で何通りもの味わいを楽しませてくれた。
とは言え、あくまでもそれは素材のみの味わいであり、そのポテンシャルの全てを発揮した訳ではないという事は、現代人の味覚を持つ全ての人間になら分かる筈だ。
こいつはまだまだ旨くなる。
日本にいた時は、コンビニの廃棄弁当を主食にして何の苦も感じない程度には、食事になんて毛ほどの興味もなかったが、こうして一から作った料理の美味しさを知ってしまえば、沼にハマるという表現に理解も示せるというものだ。
「っと、そうだ、忘れてた!」
そうして美食家ぶりながら肉を味わう事残り半分。そこまで食べて漸く人心地ついた事で、放置していた物の存在を思い出す。
「これで塩を作るんだった」
そう言いながら手に取ったのは、尻尾から取り出した血液が入ったボウルだ。
このボウルの全体に彫られた魔方陣の効果は、錬金術の基本にして極意ともいえる【錬成】【変換】【分離】の三種の内の一つ【分離】だ。
つまりこのボウルは、極々用途の限られた簡易的な錬金釜という訳だ。
俺はそんな錬金釜もとい血に満ちたボウルを火にかけると、魔方陣に魔力を通しながら中の血液をかき混ぜていく。
グルグルと渦巻く赤き血潮が、魔力を込められ効果を発揮し始めた魔方陣に導かれるように光を纏っていく。
そして一際強い輝きを放った後、ボウルを満たしていた血液はその姿を消し、ただ赤みがかった小さな粒の小山が残されるのみとなった。
俺は指先に掬い取った赤い粒を迷わず舐める。
「うん、塩だな」
それだけ。
だって塩の善し悪しが分かる程繊細な味覚なんて持ってねえから!
こちとらコンビニ弁当に魂まで染め上げられとるんじゃ!
肉ならともかく、塩の違いなんて誤差だろ誤差!
何が岩塩じゃ! 情報ばっかり食いやがって! 砂でも舐めてろバーカ!
塩に関するトラウマでもあったかな? そう自問自答する程度には、異常なヘイトが顔を覗かせた。
「って、んなこたぁどうだって良いんだよ! 肉にかけるんだろ肉に!」
そう言いながら目分量で塩を摘まむと、未だチリチリと熱を蓄えている様子の焼き肉に、パラパラと振り掛けて即座にその一枚を口に含んだ。
「うまぁ……うまぁ……」
俺の語彙は死んだ。
香ばしい肉の、ともすればそれ一辺倒となり得る強烈な旨味に塩のしょっぱさが混ざり合う事で、互いが互いの長所を引き立て合い、味覚を飽きさせない一品へと仕上がっていた。
更には溢れ出す肉汁と混ざると、それだけでコクのあるスープのような味わいとなり、濃厚な脂と混じり合えば、舌の上で蕩けるように形を崩し、ねっとりとした甘味を含んだ濃密な味を堪能させてくれた。
言葉を吐き出す事こそ不粋。
そんな面倒臭いを拘りを掲げてしまいそうになる程に、俺は一心不乱に残りの焼き肉を頬張った。
「はぁーっ、美味かったぁ。これで白飯があったら最高だったのにな!」
極上の焼き肉をペロリと平らげた俺は、言っちゃいけない事を口にした。
「まあ無い物ねだりしたって仕方ないし、お次のメニューに取り掛かりますかね」
が、即座に正気に戻った。
白米を恋しく思う気持ちは変わらずあれど、やはり焼き肉の圧倒的な美味さによる満足度の高さと、次のメニューへの高い期待感が、米への執着心を減少させてくれたのだ。
とは言え一度口にしてしまった以上、頭の片隅には強く残り続けてしまうのだが。
俺はそんな煩悩を振り払うように、残りのブロック肉へと視線を向けた。
喋ると墓穴を掘りそう気がしたから、無言のまま調理に取り掛かる。
先ずはブロック肉を拳大にぶつ切りにして余分な脂を削ぎ落とすと、底が深めの木鍋に【不燃】を付与してから投入していく。
次いで水魔法で鍋いっぱいに水を注ぎ込み、別の付与魔法を込めながら弱火にかけた。
すると水の表面は直ぐ様濁り始め、僅かに灰汁を浮かび上がらせる。
重ね掛けした付与魔法が効果を発揮したのだ。
【不燃】についで付与した魔方の効果は、時属性の【加速】だ。
これは付与した対象の時間を文字通り加速させる効果があり、今回のケースで言うと煮込み時間の大幅な短縮を目的に使用した。
そうして鍋がしっかりと煮込まれるまで、俺は付与魔法の調子を確かめつつチマチマと灰汁を掬っては屋敷の外に撒き散らした。勿論、魔法を使ってね。便利ぃ~。
「おっ、そろそろ良さそうだな」
灰汁抜きの面倒臭さに、いっそ鍋ごと棄てたろか! と思うこと幾星霜。
鍋の水面は綺麗な乳白色となり、灰汁もその霊圧を完全に消し去っていた。
俺は最後の仕上げに塩を投入し適度にかき混ぜると、深皿に肉とスープを盛り付けた。
肉の旨味を余すところなく含んだスープから立ち上る湯気の風味に、既に俺の味覚は激しく刺激されていた。
「実食ッ!」
満を持して、しかして時間にすると十分程度の煮込み時間を耐え抜いた俺は、先ずはスープから、何てスカした行動は取らず、メインディッシュの肉に齧り付いた。
「とっ、とろけるぅーっ」
ホロホロと口の中で崩れ落ちるように、煮込まれた肉はその形を崩していく。
しかし、噛み締めれば確かな食感とサッパリとしつつも濃密な肉の味わいを長く舌に残し伝えてくれる。
俺は無意識にスープに口をつけた。
「おぉ……」
最早言葉もなかった。
味付けはシンプルに塩のみであったにも関わらず、スープには複雑なまでの味わいが宿っていた。
それは舌に残る焼き肉の濃厚な後味や、じっくりと煮込まれた肉の凝縮された旨味を、暖かなスープで包み込み更に熟成させたかのような。
俺はもうこれ以上一言も喋る事なく、鍋が空になるまで箸を動かし続けるだけのマシーンとなるのだった。
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