第17話

 「いや、暗っ!?」

 

 新築のお屋敷に足を踏み入れた俺の第一声がこれだ。

 

 早朝から始めた拠点作りだが、魔法を駆使して諸々でっち上げたとはいえ、当初の想定以上に巨大な屋敷を建築した為、流石にそれなりの時間が経過していた。

 

 既に日暮れを向かえて久しく、夜を寝て過ごすのであれば、今から新たに何かを始めるのは遅きに失しているだろう。

 

 故に俺は本日の作業はこれまでとし、後は眠気に誘われるまでダラダラしようと思っていたのだが。

 

 「ここまで暗くなるのか。やっぱりガラス窓……いや、もう日が落ちてるんだから照明器具の設置が先かなぁ【暗視】」

 

 真夜中かな? と言いたくなる程の暗がりに、俺は本来室内で使う筈の無い魔法を発動させた。

 

 そうして見えてきたのは、家具の無い殺風景な内装だ。エントランスと言えば聞こえは良いだろうが、大黒柱を除けば二階に繋がる大きな両階段ぐらいしか今は見るべきところも無い。

 一応一階の正面玄関側は広々としたスペースを確保しつつ、その両側には食堂や会議室などを模した大部屋を多数用意しているのだが、やはり家具の一つも無い現状では、巨大な四角い箱といった印象しか受けなかった。

 

 いっそ甲冑でも作って並べれば多少は絵になるだろうか。

 

 何て考えも過りはするが、その実俺は充分満足していた。

 見る人が見ればハリボテやんけ! と叫びそうな実態だが、未だ異世界生活二日目だ。雨風を凌いで余りある環境を手に入れただけでも上出来だろう。


 というか、この規模の屋敷を一人で使いこなす自信が全くない。

 

 移動しながらそんな物思いに耽っていた俺は、一階のど真ん中にして、この屋敷の中心部に陣取った自らの私室へと入る。

 

 「はぁー生き返るわぁ……」

 

 板張りの床にそのまま寝転がって手足を限界まで伸ばしながら、俺は全身を弛緩させていく。

 椅子の一つも無いただ四角いだけで、風通しも日当たりも絶無な一室だが、ここにしか存在しないものが確かにあるのだ。

 

 それ故に、この部屋がこの世界で最も心安らげる場所なのである。

 

 「破壊神は今頃何やってんだろうなぁ……」

 

 室内を満たす彼の地の気配に触発されてか、そんな疑問が脳裏を過る。


 果たしてあの暴虐の女神は、異世界で悪戦苦闘する俺の様子にどんな想いを抱いたのか。

 

 フレアドレイクを瞬殺した事を喜んでくれただろうか。

 その後のドタバタ素材回収劇には呆れただろうか。

 今日一日で建てたこの家の大きさに驚愕しただろうか。

 

 俺の成長を褒めてくれるだろうか。

 

 返事などある筈もない問いを心の中だけで反芻しながら、俺は微睡むように意識を手放そうと目蓋を閉じて――。

 

 ――ぐぅううーっ!

 

 そうはさせじとばかりに、突然地響きのような爆音が鳴り響く。

 

 俺は一瞬で意識を覚醒させると、素早く立ち上がり絶叫した。

 

 「はらへったーッ!!」

 

 ぐぅうるるるるるーっ!


 それに対抗するかのように、腹の虫も一際大きく泣き叫んだ。

 

 「そう言えば俺、全然メシ食ってなかったような……」

 

 全く以って今更な話だが、俺は人間の三大欲求の一つを完全に忘却していたらしい。

 

 思い返せば、神界で過ごした正確な日数こそ不明だが、死んでは蘇りを繰り返すばかりで食事を取った記憶が全くない。どころか、空腹を感じた記憶すらも。

 

 「っていうか、そんな暇も無かったわ!」

 

 躁鬱かな? と心の中のリトルカイトが首を傾げたが、そんな事はどうでもいい。

 

 重要なのは、神界においては人間の三大欲求すら感じなくなる可能性があるということだ。

 

 「試してみるっきゃねえな【異界召喚】」

 

 俺は昨晩【異界創造】を用いて創った神界もどきの入り口を目の前に召喚すると、期待に胸を膨らませながら足を踏み入れ――――。

 

 「いや、桶邪魔!」

 

 ようとして、バカでかい桶に頭をぶつけた。

 

 そういえば、コイツらのせいで昨日は野宿する羽目になったんだった。神界ミッチミチやんけ。

 

 「はぁー、萎えるわぁ。 ……けど仕方ない。運ぶか……」

 

 正直何もかも見なかった事にして不貞寝したい気分が上々なのだが、鳴り止まぬ腹の虫を無視し続けるのも、せっかく創った神界もどきを素材で埋めたままなのも、それはそれで気が滅入る。

 

 面倒臭いが、この屋敷にもその役割の一つを果たさせるとしよう。

 

 そう決めた俺は、自室より更に奥の扉をいくつか開けて進んでいくと、屋敷の最奥に繋がる扉を開いた。

 そこには相も変わらず殺風景な空間が広がっているのだが、広めに区切られた各部屋の役割としては、一つは炊事場であり、一つは素材の解体場であり、一つは加工部屋でありといった具合に、全部屋を作業部屋として確保しているのだ。

 

 当然、鍛冶部屋もあれば錬金部屋もあるが、今はまだ炉もなければ錬金釜もない。ハリボテやんけ!

  

 「一旦、この部屋でいいか」

 

 とは言え、まだ厳密な間取りは決めていないから、取り敢えず自室から一番近い作業部屋を素材の保管場所とした。

 それでもし不都合があれば、自室以外の部屋割りはいつでも変更できる。

 その辺の身軽さこそ、一人暮らしの最大の利点なのだから、利用しない手はない。

 

 そうして再び神界もどきを召喚すると、桶に風を纏わせて一気に運び出す。

 

 「部屋の隅に……いや面倒臭いし今はこれでヨシ! そんじゃあお邪魔しますか!」

 

 そう言って桶を乱雑に並べた俺は、【暗視】を解除して再び自らが創造した神界に足を踏み入れた。

 

 「あぁ……やっぱ良く出来てる。もどきなんかじゃねえよなぁ……」

 

 散々自分で言っておいてなんだが、なまじっか本物の残滓に直前まで触れていたせいか、贔屓目を抜きにしても、この神界は本物と瓜二つ、否、本物そのものだと断言できる。

 

 その狭さにだけ目を瞑れば、俺は神ならざる人の身にして本物の神界の創造に成功していたのだ。


 「ははっ、まるでゲームだな」

 

 とはいえ、一見どこまでも続いているようでいて、その実透明な壁にでも阻まれるように行く手を遮られる。

 広さにして大凡二十畳を少し越えた範囲が、俺の神界の全てだった。

 

 「はぁー生き返るわぁ……って、これじゃあ自室を作った意味が……」

 

 広さ以外が完全再現された神界の居心地のよさに、無意識の内に寝転がって全身を弛緩させていた俺は、本末が派手に転倒する様を幻視した。

 

 「……いやいや倉庫! 倉庫として使えるから! 収納スペース尋常じゃないから! 全然無駄じゃないから! 徒労とか思ってねえから!」

 

 誰に対してか、俺の口から湯水の如く言い訳が流れ出る。

 一日作業を無駄骨と切り捨てられる程には、心までチート仕様に染まっている訳では無いようだ。

 

 「めっ、メシだメシ! 俺はメシを作るぞぉーっ!」

 

 正直神界に入った瞬間から空腹を感じなくなっていたのだが、腹が減っていたという記憶が鮮明に焼き付いているせいか、口寂しいような感覚を強く覚えてしまっている。

 

 故に、屋敷の存在意義に対する疑問を払拭する為にも、俺は真っ暗闇の中、料理をしようと決意した。

 

 そうと決まればここに居座っていても仕方がない。

 若干後ろ髪を引かれつつも、別にいつでも来れるんだからね! と自分に言い聞かせて後顧の憂いを断つ。

 

 「チッ、暗っら! 【照明】」

 

 黄金色に満たされた神界からの落差が酷い。目が開いてるのか閉じてるのかすら分からん。

 これでも一応我が家なんですよ! 何て思いはするが口にはすまい。暗いことに変わりはないから。

 

 俺は作業に適さない環境を整える為、【暗視】ではなく光魔法の【照明】を使い部屋の隅々まで明るく照らす。

 

 「そんじゃあ真夜中のクッキング……いや、時間はそんなに深くないのか」

 

 もの作るってレベルじゃねーぞ! と言いたくなるような尋常ならざる部屋の暗さに錯覚を覚えるが、日付が変わるまでにはまだまだ程遠い。

 

 「何だかんだ夕飯に丁度良い時間になりそうだな」

 

 気を取り直すように前向きなツイートをした俺は、本日のメニュー、というか選択肢が一つしかないフレアドレイクの素材へと目を向けた。

 

 「えっと確かこの桶は頭で、こっちが胴体で……」

 

 目印の一つも付けずに適当に放置したせいで、内容物の確認に少しばかり手間取る。

 しかし、改めて素材と向き合った事で新たに分かった事もあったから結果オーライってやつだ。

 

 「ヤバいな、有用な素材が多すぎて触るに触れない……」

 

 当初の予定では、屋敷を造った時のように【風刃】でスパスパ解体していく積もりだったのだが、どうやら元から火の属性に偏重しているフレアドレイクの素材を、風属性の【風刃】で解体するのは、属性反発という現象を引き起こしてしまい素材の劣化を強めてしまうようなのだ。

 

 実際、夜の帳に急かされるように【風刃】を纏わせた手を振り回して、大まかに切り分けた素材の品質は最上級とは言い難かった。

 

 ゲーム的な評価を下すなら、フレアドレイクの素材(Bランク)といったところだろうか。

 

 「なら火で焼き切るか……」

 

 と思いはしたが、そんな俺を掣肘するように別の知識が顔を覗かせる。

 

 曰く、フレアドレイクと同属性の火を用いて解体した場合、素材の劣化は最小限に抑えられるが、解体後の素材が火属性に偏り過ぎてしまう為、後で別の属性を付与する事が困難になってしまうか、付与出来たとしてもその効果が大幅に減少してしまうらしい。

 

 故に、素材の解体にはどの属性にも依らない道具を用いるのが必須である、んだとよ。

 

 「ぐぬぬぬ……」

 

 八方塞がりとはこの事か。

 最早現時点での解体を諦めるか、素材の劣化なんて知らねえよ! と開き直るかのどちらかしか選択肢は無いようだが。

 

 「……いや待てよ。って事は、この桶の仕上がりにモヤついた原因って……」

 

 その閃きに従うように桶に視線を巡らせると。

 

 「――っ! やっぱりだ。全部風属性に偏ってる……!」

 

 【風刃】で丹念に仕上げた全ての桶は、その属性を無から風に大きく偏らせていた。

 その結果、他の属性を受け入れる素養が大きく削がれてしまった為、魔法的な拡張性の厳しさや乏しさから、その品質評価を大きく落としてしまっていたのだ。

 

 「となると、この屋敷も……」

 

 恐る恐る、ソロリソロリと視線を巡らせれば、はいっ、風です! と言わんばかりに元気いっぱいな部屋の壁が、大いに風属性を含んで聳え立っていた。

 

 「どぼじでごうなるんだよぉーっ!」

 

 やっぱ不貞寝しとけばよかったですわ! カァーッ、ペッ!

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