第16話

 「グッモーニン異世界! くたばれファーック!!!!」

 

 開口一番呪詛を吐き出した俺は、野晒しの桶の中から這いずるように外に出た。

 何で野晒しの桶の中から出てきたかって?

 

 入らなかったからだよ!

 

 昨夜魔力の殆ど全てを注ぎ込んで創った神界もどきだが、中身の入った桶を全部詰め込んだ段階で、おめぇの席ねぇから状態になりやがった。

 

 幾ら俺の魔力量がチートとはいえ、流石に神界を完全再現するには不足も過ぎるみたいだ。

 

 最悪桶の上に寝転ぶという選択もあるにはあったが、流石に魔物の死骸の上でいびきをかける程人間性を捧げてはいない。

 結果、魔力を殆ど失った状態の俺は、外に放置せざるを得なかった空の桶の中を寝床とするしかなかったのだ。

 

 滅茶苦茶怖かったんだからね!

 魔力のほぼ全てを失った状態で、こんな訳の分からん土地で野宿とか!

 もしまたフレアドレイクみたいな化け物が現れたらと思ったらもう!

 

 「まぁ、何だかんだグッスリ眠れたんだけどね。……でも何かダルいな」

 

 日が落ちて直ぐに眠り、日の出と共に目覚めたせいか、魔力体力気力ともに全回復したものの、形容しがたい倦怠感が纏わりついている。

 

 「熱、は無いな。特に体調を崩してる訳でも――って、あれ? そう言えば俺の癌、無くなってる……?」

 

 今の今まで忘れていた、自らに絶望を与えた病魔の消失に、現金にも俺の目蓋から熱い雫が流れ落ちる。

 

 「何だよ。破壊神のやつ治してくれていたのかよ。言えよだったら……っ」

 

 即座に事の次第に思い至る。

 というより、こんな事が出来るのはチートを得た今の自分を除くと、他には破壊神ぐらいしか居ないだろう。創造神に関してはよく分からんし。

 

 俺は一頻り感謝の涙を流した。

 最悪極まる朝の目覚めだった筈が、零れ落ちる雫に輝きを宿す朝日の柔らかな温もりが、新たな人生の門出を祝福してくれているかのようであり、今日こそが異世界生活の幕開けに相応しい最高の日和であるとさえ思えるようになった。

 まるで翼が生えた赤ちゃんの姿をした小さな天使達が、ラッパを吹きながら空へと舞い上がっていくかのようだ。

 

 軽くなった心持ちに導かれるまま、俺は今日やるべき事に取り掛かる。

 

 「まずは拠点作りだな」

 

 そう呟いた俺の視線は、周囲に転がる代わり映えのしない桶ではなく、燦々と降り注ぐ目映いまでの日光すら容易く飲み込み、局所的な夜にも似た瘴気を周囲に撒き散らしながら鎮座している、巨大な迷宮の入り口へと向かっていた。

 

 別に交換条件って訳じゃ無い。

 だが、経緯は兎も角として、チート与えてくれた上に末期癌という絶望すら取り除いてくれた事に対する見返りくらいは、こちらも用意すべきだと思っただけだ。

 

 迷宮攻略。

 

 有無も言わさず強制的に送り込まれただけの、何の愛着もない巨木ばかりの世界だが、俺はこの世界で自分が為すべき使命を定めた。

 導かれた訳でも与えられた訳でもなく、ましてや強制された訳でもない。


 どこまでも自らの意志のみで以って。

 

 『望むまま好きに生きよ』

 

 そんな俺を掣肘するかのように、破壊神の言葉が脳裏を過る。

 

 「はっ、精々好き勝手させて貰うさ。アンタに貰ったチートをフル活用してな! そのついでに迷宮も攻略してやるよ!」

 

 青く晴れ渡る異世界の大空に、俺の決意が軽やかにこだました。

 

 とは言えだ。

 何の準備もせず、チートを振りかざして迷宮に突撃しようものなら、昨日のフレアドレイク戦後のようなグダグダっぷりを晒す事になるのは必定。

 

 だからこそ話は戻るが、まずは拠点作りなのだ。


 「後は何処に作るかだが……まあ、決まってるわな」

 

 別にホームシックって訳じゃないが、拠点作りの場所に目星はつけている。

 が、わざわざをそれを口にするのはむず痒いからしない。

 

 俺は無言のまま風を纏うと、目的地に向かって空の桶を引き連れ飛び出した。

 昨日の予期せぬ邂逅を念頭に、終焉木の天辺よりも低い高度を意識しながら。

 

 そうして暫くの間、木々をすり抜け飛翔していると。

 

 「……ここだ間違いない」

 

 何の変哲もない。周囲の景色と何一つ変わらない光景に、俺はしかし確信をもって呟く。

 

 「まだ微かに残ってる……」

 

 そう。この場にだけ。俺が横たわっていたこの場所にだけ。

 極々僅かにだが間違えようもない、忘れようもない、彼の地を満たしていた郷愁が確かに存在していた。

 

 俺は万感の思いを込めて宣言する。

 

 「ここをっ、キャンプ地とする!」

 

 ………………。

 

 まぁ誰からも反応なんて返ってこないわな。人っ子一人居ないんだし。木は喋らないし。ここ異世界だし。

 

 ともあれ、言うべき時に言うべきセリフを口にすれば、嫌でもテンションが上がるのは自明の理。


 俺は沸き立つ心のままに開拓に取り掛かる。

 

 「何はなくともまずは木をぶっこ抜かないとな」

 

 只でさえ鬱陶しい位に林立している終焉木は、それだけで無駄に場所を占拠しているうえに、周囲の魔力を掠め取る意地汚さまで持ち合わせているのだ。

 

 こんなもん、俺でなくとも乱伐するわ。

 

 俺はキャンプ地と定めた場所を中心に、目につく木々を片っ端から【風刃】で切り飛ばしては積み重ね、その根っこの悉くを土魔法の【隆起】で引っこ抜いては焼き尽くして灰にした。

 

 そうして広大なスペースを確保すると、終焉木との境界線上に空の桶を配置してから、山のように積み上がった木々の加工に移る。

 

 手早く枝を切り払い皮を剥ぎ取ると、次々と乾燥させていく。

 昨日の桶作りの経験から、やはり木の乾燥には水魔法の【脱水】が一番適しているようだった。次いで闇魔法の【吸引】。続いて土魔法の【吸水】といったところだろうか。

 ただし土魔法の【吸水】は、丸太を土が包み込む関係で、毎度土を払い落とす工程が必要となる為、無駄に一手間増えてしまうのが欠点だった。

 闇魔法の【吸引】に関しては、効果だけを見るのなら【脱水】と同等だが、日中だと消費魔力が若干上がるという欠点があった。

 そして火、風、光の三種に関しては先の三種と比較すると、僅かにだが木への負担が大きくなっていた。

 

 そんなおさらいを脳内で弄びつつ、俺は正確に丸太の山を乾燥させていく。

 どの丸太も直径が五メートルを越えている為、それらが積み重なっている光景はいっそ荘厳ですらあった。

 

 腰を反らして見上げる程に積み重なった丸太の全てを乾燥し終えた俺は、次いで地面の開拓に取り掛かる。

 

 土魔法の【整地】を用いて指定した範囲の土地を平らに均し、【土質変換】を用いて強固な基礎を形成する。

 ついでに【地中探査】を用いて周囲の様子を窺うも、遠くに終焉木の根っこを感知するばかりで、地上と同じく生物を発見する事は叶わなかった。

 

 「まあ、予想通りっちゃ予想通りだけどな。それじゃあ気を取り直して昨日のリベンジを始めっか」

 

 そう言って気合いを入れ直した俺は、山と積み上がった丸太の一本に風を纏わせ引き寄せると、チート知識が示すままに加工を始める。

 

  まずは基礎の上に敷く土台を作っていく。

 そのままでは余りに太すぎる丸太に、【風刃】を纏わせた手で、指で、爪で、時に撫でるように、更に突き込むように、終いに引っ掻くようにして、一本一本を丁寧に建材へと加工していく。

 丸太から飛び立つように風に混ざりだした木屑が、僅かに視界を歪めながら自然の香りを拡散させていく。


 昨日の桶作りの成果か、基礎と何度も照らし合わせる事なく一発で形を整える事に成功した。

 

 そうして土台が出来上がれば次は外壁だ。

 

 物理的な設計図を用意している訳じゃないから、チート知識が示す全体像を確りと脳裏に焼き付けながら慎重に組み上げていく。

 

 凹凸に沿って木材を組み上げながら、木々の繋がりをより強固にする為、握り締めた拳をハンマー代わりに【強化】を付与した木釘を叩き込む。

 精緻に象られた木材は、僅かな隙間も許さず一本一本密接に積み重なっていく。

 

 乾燥した木々が打ち合う甲高くも乾いた音を青空に響かせながら、遂には俺の身の丈を越える高さにまで到達した。

 

 三十メートル級の終焉木を長さは殆どそのままに使用している為、重量はかなりのものなのだが、自身と木材に風を纏わせる事で身の丈を軽く越えても尚、空中で加工しながら順調に作業を続ける事ができた。

 

 そうして二階、三階、四階、五階、屋根裏と無心になって組み上げていく内に、最早魔法なしの個人では現代技術を以ってしても不可能なのではと思える程の外壁が聳え立つ。

 

 俺は額の汗を拭うと率直な気持ちを吐露した。

 

 「俺一人が使うにはデカ過ぎね?」

 

 そんな事は基礎を形成した時点で分かりそうなものだが、俺は移動の殆どを徒歩ではなく飛行で済ませていた為、無意識の内にサイズ感がバグっていたみたいだ。

 そのうえ、引っこ抜いた終焉木は出来る限り活用しなければという、現代人特有のもったいない精神までもが発揮された結果の賜物ともいえる。

 

 しかし、こうして地面に降り立ち改めて現実を直視すると、自分の家にも関わらずその巨大さに圧倒されてしまう。

 

 とは言え、今更コンパクトにリフォームするのも気が進まない為、結局当初の予定通りに建築していく。

 

 続いて屋根を取り付ける段となり、最早地面に降り立つ事もなく作業を続けていく事になる。

 自身と長大な建材を同時に何本も浮かしながら、加工と骨組みを順次行っていくのだ。

 

 「ははっ、やっぱり戦闘よりもこっちの方が神経を使うな」

 

 空に浮かぶ制作途中の屋根の骨組みをせっせと組み立てながら、俺はそんな感想を抱く。

 

 建材の加工は勿論の事、組み上げて形作るのも、それを固定するのも、宙に浮かし続けるのも。ただ敵を倒す為だけに魔法を放った時より、余程深く魔法と向き合えている気がするのだ。

 

 神経を尖らせミリ単位の調整を繰り返す。

 それは、フレアドレイクの首を一撃で切り飛ばすよりも、断然高度な技術が必要とされるのだろう。

 

 俺は今、着実に成長し続けている。

 

 破壊神との実戦の中では終ぞ得る事が出来なかったその実感が、命のやり取り以外から齎されるというのは、何だか皮肉な話だと思った。

 

 そんな事を考える余裕が生まれたのもまた、成長の証なんだろうけど。

 

 何て思考を弄んでいる間にも屋根の骨組みは問題なく出来上がり、屋根板を取り付けたところで漸く外観が整ったのである。

 

 残すところはドアや窓枠の作成と取り付けだ。

 

 今のところ一階以外を使う予定も無いのだが、空を飛べる関係上、各階の外側にも複数の玄関ドアを取り付けた。


 それだけで随分と奇妙な見た目になってしまったが。

 

 窓に関しては少し悩んだ。

 というのも、各種魔法を用いてガラスを制作する手もあったのだが、フレアドレイクのような存在の襲来を想定した場合、強度に少し不安を覚えたのだ。

 更に今の俺は暗闇を苦にしないし、光が必要なら魔法で幾らでも光源を用意できるから、必ずしも自然光を取り入れる必要性があるのかという疑問も。

 

 「まぁ、気に入らなければ後から付け直せばいっか」

  

 結局そう結論付けて、木の両開き窓を取り付ける事にした。

 

 そして最後の仕上げとばかりに、屋敷全体に【防水】【撥水】【断熱】【固定】の魔法を付与して強度を底上げしておく。

 

 そうして俺の眼前に極めて簡素な、ともすれば倉庫じみた、しかしながら奇妙な外観の巨大ログハウスが完成した。

 

 「まるでマンションだな……」

 

 外観の出来映えは兎も角、三十メートル四方の土台に五階建てが積み上がった結果、そうとしか言い様の無い代物となってしまった。

 ただし、終焉木を消費する事を第一とした為に正方形の屋敷となってしまい、中心部の風通しや日当たりが終焉を迎えた素人構造そのものであったが。


 それでも、目の前に聳え立つ自らの手造り新居に、心踊らずにはいられなかった。

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