第15話
「ぬぉぉおお! 何か納得いかねえ!」
既に十数個の木桶を作り終えながらも、俺の心は満足とは程遠い感覚に陥っていた。
水魔法の【脱水】によって即座に乾燥した木材を、風魔法の【風刃】によって角材にしたところまではよかった。
しかし、そこから桶を形成すべく側板を微調整する段階になって、何とも言い難いモヤモヤを抱える羽目になったのだ。
別に失敗した訳ではない。ただ手応えがないのだ。
細かい調整を施す為に手に【風刃】を纏わせて側板を削っていくのだが、削りすぎた訳でもなければ削りが足りない訳でもない。各パーツを合わせて仕上げていけば問題なく桶は完成し、その機能も十全に発揮した。
ただ、どうしようもなく物足りない出来なのだ。
ゲーム的な評価を下すなら、極上の木桶(Dランク)といったところだろうか。
木桶の中では間違いなく最上級の出来映え。
しかし、その最上級の中にあっては明確に劣る。
それが、俺が作った木桶に対する自分なりの評価であった。
しかしチートを内包する俺には分かってしまう。
決してこれが限界ではないと。
素材のせいにするなど言語道断であると。
適した道具が無いからと言い訳するなど以ての外だと。
俺はもっと出来る子だと!
そう思えばこそ、俺は木桶を作る手を止められなかった。
不出来の原因を乾燥の仕方にあると思えば【脱水】以外の魔法を用いて木材を乾燥させ、木の皮で作ったタガの強度が足りないと思えば付与魔法の【強化】を施し、削りの精度が粗いと思えば【風刃】を爪の先に纏わせて引っ掻くように微調整を繰り返す。
そこまで拘っても尚、仕上がった桶の出来映えに満足する事が出来ないのだ。
これは完全にチート知識が悪さをしていると思う。
俺がただの日本人なら、身の丈を軽く越える程に大きな桶の自作に成功すれば、まず間違いなく感動に打ち震え自らの技術に誇りを持つ事だろう。
しかしチート知識を持つが故に、文字通りチート級の出来映えが基準となってしまい、作成に成功した事実よりも、その出来のアラにばかり目がいくようになってしまっているのだ。
「匠の真髄、か……」
確か破壊神は、俺がチートの実例を語った際そんな風に称していた。
まさに言い得て妙だ。
そうして思い返してみると、俺はこれまで破壊神との実戦でしか魔法も身体技能も使ってこなかった。その結果、威力に偏った出力しかしてこなかったのだ。
だからこそ、今みたいに繊細さや精密さが要求される場面だと、圧倒的に経験も技術力も不足してしまうのだろう。
まあ、命と尊厳を守る為だったから威力に偏重するのも仕方なかったんだけどね。結局一度も守れなかったけどさ! (泣き)
なんてトラウマはどうでもいい! 疾く忘れさせて!
ただ今回、俺はバ火力だけでは到達できない領域があるって事を思い知らされた。
今一度、自らのチートと向き合う時がきたという事か……。
「……え、やべっ、もうこんな時間かよ!?」
チート基準で不出来の烙印を押された桶を目の前に、新たなステージの幕開けを肌で感じていた俺の視界が、黄昏の到来を示すように赤焼けに染まる。
「ヤバいヤバイッ! 夜を越す準備なんてしてねえぞ!?」
桶作りに夢中になっていた俺は、それ以外の事など眼中になかった。そんな計画性の無さのツケを払わされようというのか。
異世界転移初日に厳しすぎない!?
「兎に角、暗くなる前にフレアドレイクの素材を回収しないと!」
チートがあっても行き当たりばったりだとこんな有り様となるのか。
俺はバタバタと右往左往しながら、やるべき事の優先順位をつけていく。
「今から細かい解体は……」
出来ない事もない。
が、それをすると時間的に間違いなく夜の帳が下りきってしまう。
寝床の確保もまだの状況で異世界の夜を迎えるのは、例えチートがあっても避けるのが賢明だろう。
「いや待てよ。日が沈んでも火魔法か光魔法で照らせばいいんじゃ……」
と思いはしたが、目の前に横たわるフレアドレイクの亡骸が、俺に不吉な予感を抱かせる。
思い返せば俺が【風域探査】を使った際、フレアドレイクの存在なんて影も形もなかった。
にも関わらず、こいつは間違いなく俺を目当てに現れた。
とするならば、俺が感知した半径十キロよりも先から、こいつは俺を捕捉していたという事になる。
思い当たる節はある。
多分、終焉木の上空からこの世界を見渡した時だろう。あの時俺はかなり動揺していたから、周囲への警戒がおざなりになっていた。
そんな状態の時、偶然こいつの視界にだけ俺が映ったのだとしら、現状も納得せざるを得ないだろう。
何故なら、もし偶然以外の要素で俺を捕捉したというのなら、攻めてきたのがこいつだけというのは腑に落ちない。
「まさかこの世界の生き残りが俺とこいつだけなんて事ないよな……」
だとしたら悲しい結末すぎる。
唯一の生き残り同士が初日に出会い、殺し合い、結局一人ぼっちになるなんて鬱展開を拗らせすぎ。その歪んだ心を正してハッピーエンドを描けや!
「そもそもダンジョンがある以上、その可能性は有り得ない、のか……」
チート知識が示すダンジョン特有の現象を知り、俺の想像は杞憂と知る。
とするならば、やはり俺の感知範囲外にはまだ見ぬ生物がいるという事だ。
そんな環境で、夜に火を炊き光を放ったらどうなるか。
「誘蛾灯かな……?」
まず間違いなく、善からぬ連中が攻め寄せて来るだろう。終焉木の性質から察するに、この世界で生き残れる連中に真っ当な生物などいやしないのだから。
ならば現状においては、夜は夜らしく過ごすのが穏当といえる。
「ならやっぱり細かい解体は後回しだな」
そうと決まれば行動は早い。
俺はフレアドレイクの亡骸に近づくと、桶に収まるサイズにぶつ切りにしていく。
桶作りでワカラセられた影響か、俺は【風刃】を飛ばして解体するのではなく、わざわざ手に【風刃】を纏わせて手ずから慎重に解体を進めていった。
が、それが功を奏したのか、直接手に触れたフレアドレイクの亡骸から、様々な素材の状況を把握する事ができた。
「くっそ。やっぱ血液はだいぶ流れちゃってんな」
何も考えずに首チョンパしたせいで、貴重素材の一つである血液はかなり目減りしているようだ。
「その代わり、肉の品質はいい感じなんだな……」
図らずも血抜きが上手くいったという事だろうか。
しかしこうして大雑把にとはいえ、手ずから解体をしてみると見えてくるものが沢山あるものだ。
「今後は倒し方にも気を遣うべきか……」
ただ殺すだけ。蹂躙するだけでは決して知る事が出来ない世界が手の中にあった。
そこから垣間見える世界の奥深さに、俺の体は無意識に武者震いをおこす。
そうした新たな気付きを更に求めてか、俺は黙々と解体を繰り返しては、手製の桶の中にそれを仕舞っていった。
「余ったな……」
そうして一通り解体し終えた俺の目の前に、しっかりと封をされた桶が十個。蓋が開いた空の桶が六個並んでいた。
「これ、どこに置こう……」
我ながら頭の悪すぎる疑問に途方に暮れてしまう。
全長が十五メートル程のフレアドレイクの亡骸を全て収めて尚余りある桶の存在に、俺は普通の寝床の確保を諦めざるを得なかった。
「これ、家を作る前に倉庫を作らないとだな……」
ただ流石にもうその時間は残されていない。
既に赤焼けは西の彼方に姿を隠し、夜の帳が我が物顔で居座り始めている。
俺は闇魔法の【暗視】を使い光源に頼らない視界を確保した。
そして念の為に【風域探査】を発動させて、時の移ろいと共に森の様子に変化がないか探る。
しかも今回はフレアドレイクとの邂逅を念頭に、探索範囲を更に広げ半径二十キロまで風を送り込む。
「…………変化は無しか」
が、やはり風が伝えてくるのは羽虫の一匹も見当たらない死に絶えた土地の現実であった。
俺はその結果に物悲しさを感じると共に、確かな安堵感も覚えていた。
「いっそこのまま桶に囲まれて眠るのもありかな」
半分本気でそう思いながら地面に寝転がった俺は、何気なく手に触れた土に意識を向けると。
「――っ! この土、魔力を吸い取ってやがる!?」
極々少量、それこそ今の俺なら生涯吸われ続けても何の問題もない程度の微量ではあったが、確実に土を通して俺の魔力が流出していた。
思わずチート知識に助けを求めると、予想外の答えが記してあった。
「なっ、これ土が原因じゃなくて終焉木の影響なのか!」
どうやら大地に深く根付く終焉木の根っこが、周囲の魔力を無差別に吸収しているようだ。
それを意識して目を凝らしてみると、確かに微量の魔力、それも空気中に混じるそれすらも終焉木に向かって吸収されているようであった。
魔力の総量がチート知識に照らしても規格外な俺からすれば身体に何の影響も起こらないが、ただこの場に居るだけで魔力を奪われ続けるという事実は、薄気味悪い事この上ない。
「はぁ、これはもたもたしていられないな」
それに、俺は無事でも今尚地面に置かれている桶、そしてそこに納められた貴重素材の数々は、魔力を抜き取られる事でその品質を大きく落としてしまうかもしれない。
俺は手早く安全な寝床を確保すべく、脳裏に開かれた分厚い本のページを捲る。
「……これならいける、か」
【異界創造】
そう名付けた魔法は、空間魔法の中でも最上級に位置する高難度の魔法だ。
これは、破壊神との終わりの見えない戦闘に嫌気が差した俺が、逃亡する為に使った魔法だ。
勿論破壊神は軽々と俺が創った空間の入り口を破壊し引き裂くと、中でゴロゴロしようとしていた俺を引き摺り出して、言葉にするのも憚られるような折檻を加えてきたのだが……くすん。
しかし、少なくとも終焉木は勿論の事フレアドレイククラスですら、俺の創り出した空間に干渉する事は不可能だ。それどころか感知する事すら儘ならないだろう。
それでも俺は安全を第一に考えて、可能な限りの魔力を【異界創造】に注ぎ込む。
イメージするのは、安全で心休まる唯一無二の不可侵たる楽園。
そうして残存魔力の九割以上を消費して創り出した異界の入り口を目の前に発現させる。
まるで中空を引き裂くようにして現れたそれに、俺の失った筈の厨二心が刺激される。
その気恥ずかしさを伴ったトキメキを胸に、俺は自らが創り出した異界に足を踏み入れた。
「ふっ、ただいま。……なんてな」
そう言った俺の視界に映るのは、最早どれだけの時間を過ごしたのかさえ分からない、魂にまで刻み込まれた第二の、いや唯一の故郷。
黄金色に満たされた神界そのものだった。
――――side破壊神――――
神界の片隅で、二柱仲良く共同作業に従事していると、突然手を止めた破壊神が中空を見つめたままぼんやりとし始めた。
「うむ? 今何やら……」
「どうしたんじゃセッちゃん?」
当然即座にそれに気付いた創造神は問い掛ける。
「………………いや、気のせいじゃの。済まぬなゼー君手を止めてしまって」
しかしその返答に力はなく、破壊神は何度か首を左右に振ると、未練を断ち切るように呟くだけだった。
「それは構わぬのじゃが……。では、カイトの記憶にあった世界の捜索を続けるかの?」
しかし創造神は、そんな破壊神の様子に気が付きつつも、敢えて言及はしなかった。
「そうじゃなカイトの世界――――っ! それじゃ!」
「な、何じゃ!?」
そんな創造神の気遣いが功を奏したのか、破壊神の脳裏に確かな閃きが宿る。
「いやいや済まぬなゼー君よ。大した話でも無いんじゃが、カイトの奴、大病を患っておったから蘇生するついでに祓ってやったのじゃが、それを伝えるのを忘れておったと思うての。うっかりしとったわ」
「何じゃそんな事か。幾らセッちゃんが伝え忘れたとはいえ自らの身体の事じゃ。カイトも直ぐに気付いて今頃セッちゃんに感謝しとる事じゃろう」
「確かにその通りじゃな。それにしても何故今頃になって、急にそんな事を思い出したんじゃろうか……」
一応の解決を見た二柱は共同作業を再開した。界人の生まれ育った世界の捜索と、彼を送り込んだとされる神格の調査を。
偶然などという戯れ言を信じていない創造神は、界人を異世界に転移させた後も、変わらず調査を続けていたのだ。
界人と別れて黄昏るばかりの破壊神の気晴らしも兼ねて。
しかしそんな破壊神の頭の片隅には、どうにも言い様の無い違和感が残り続けるのであった。
もしこの時、破壊神が神界の隅々まで隈無く調査していたら、また違った未来が訪れていたのかも知れない。
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