第14話

 人生の終幕を告げるかのように、灼熱の緞帳が舞い降りる。

 

 それが、いつの間にか地面に降り立ったドラゴンから吐き出された爆炎であったと気付いた時には、俺の全身は炎に巻かれていた。

 

 「ギュゥゥアアアア!!!!」

 

 勝利の凱歌でも挙げているつもりだろうか。ドラゴンはその大きな頭を空に向けて大いに咆哮を放つ。

 

 重く大きな頭部を支える長い首が無防備に晒されているにも関わらず。

 

 【風刃】

 

 そう名付けた魔法は、込める魔力の量によって、その威力を蚊の一刺しから神の鉄槌まで自在に変化させる事ができる。

 

 当然、俺が放ったのは神の鉄槌にも迫る威力の【風刃】だ。


 俺の体を覆い隠していた爆炎が渦を巻くように空へと昇る中、一陣の風が微かな翠を纏った刃となってドラゴンに襲い掛かる。

 

 「――――ギュラッ!?」

 

 その結末は呆気なく、俺の【風刃】はドラゴンの首を容易く断ち切り、空の彼方へと雲を切り裂きながら尚も上昇して消え去った。


 噴水の如く噴き出す血の雨が、どこか見慣れた光景を想起させる。

 

 俺は鮮血が降り注ぎ紅く染まる景色の中を悠然と歩きながら、地に落ちたドラゴンの頭に語りかけた。

 

 「ここが神界でお前が破壊神なら、血を噴き出すのも、倒れ伏すのも、惨めにくたばるのも、全部俺の方だったんだけどな」

 

 別段煽ったつもりはない。

 ただ、お馴染みの光景の中にあって、勝者と敗者の立ち位置だけが変わっている事に、何だかむず痒さを覚えて吐き出してしまっただけの事。

 

 ただそれは、事情を知らねば察することなど出来よう筈もない、至極個人的な感傷でしかない。

 

 故に、言葉を言葉のまま受け取った側は、覚えた感情そのままに行動を起こす。

 

 「ギュゥゥアアアア!!!!」

 

 俺の頭よりも大きな赤い瞳に憤怒を滾らせて、ドラゴンは巨大なアギトに聳える確殺の牙を見せ付けながら、俺を噛み殺さんと迫り来る。

 

 「そら頭だけでも動くよな。ドラゴンなら」

 

 勿論俺は見抜いていた。

 というより、ドラゴンに宿る魔力の動きを観測していれば、生死を見間違う筈もない。


 生きている限り、魔力もまた体内で動き続けているのだから。

 

 俺を軽く一飲みしてしまえる程に大きなドラゴンのアギトが視界を埋め尽くす。

 俺は限界近くまで身体強化を施すと、目前に迫るドラゴンの牙に手を突き出した。

 

 瞬間、ドンッという爆発音にも似た音が衝撃波と共に響き渡り、周囲に放たれた風圧が木々を僅かに揺らし、葉擦れの音が空気に溶けていく。

 

 「ギュゥゥアアアア……!」

 

 お前がくたばるまで付き合ってやるよ!

 

 怨敵を噛み殺さんと閉じようとするドラゴンの牙を素手で受け止めた俺は、その言葉通り死力を尽くした力比べに興じようと思っていたのだが。

 

 「――――なっ! お前ッ!?」

 

 ドラゴンに直接触れた事がトリガーとなったのか、もしくは俺自身が無意識に触れた対象の情報を欲したのか、突然チート知識が驚愕に値する様々な情報を開示したのだ。


 その最たる例が。

 

 「おまっ、ドラゴンじゃねえのかよっ!」

 

 まさかのモンスター違い。

 その見た目から典型的なドラゴンだと思ったら、それよりは格下に位置するというドレイク。それも火属性に特化したフレアドレイクだったらしい。

 あ、だから矢鱈とキレ散らかしていたんだね! ゴメン!

 

 「ギュゥゥアアアア!!!!」

 

 俺の驚愕に呼応するように、ドラゴン改めフレアドレイクは喉が引き千切れんばかりに絶叫した。

 

 が、次いで俺の放った一言が、フレアドレイクに残酷なまでの現実を直視させる。

 

 「でもって貴重素材の宝庫じゃねえか!」

 

 「ギュアッ!?」

 

 フレアドレイクの怒りに満ちた圧力が怯むように弱まった気がした。

 が、今の俺にはそんな些事に意識を向ける余裕などない。

 

 こんな事やってる場合じゃねえ! 鮮度が落ちる!

 

 俺はそんな本音を口にする間も惜しむと、フレアドレイクの開け放たれた口腔内から脳に向かって【風刃】を放ち、早々に止めを刺した。

 

 「グオォォ……」

 

 そんな断末魔を最後に、フレアドレイクは僅かな砂塵を巻き上げながら呆気なく地面に倒れ伏した。

 

 そして二度と起き上がる事はなかった。

 

 「――っ、なん、だ!?」

 

 そうしてフレアドレイクの死が確定した瞬間、突然俺の体内に膨大なエネルギーが駆け巡り、まるで蛹から蝶へと羽化したかのような解放感と万能感に満たされる。

 

 俺は直感的にこの現象に当たりをつけた。

 

 「レベルアップ、したのか……」

 

 んなゲームじゃあるまいし、何て冷めた考えも僅かに過るが、実際に自分の能力が一瞬で何倍にも膨れ上がっている以上、それが例え幼稚極まる推察であったとしても、認めて受け入れるのが肝要だろう。

 

 が、今はそんな命のバトンの行き先に思いを馳せる暇なんて、一瞬たりとてありはしない。

 

 チート知識によると、眼前にあるフレアドレイクの頭部だけでも宝の山らしい。

 命を刈り取る形をした立派な牙は勿論の事、宝石のように煌めく瞳も、纏う鱗も、頭蓋骨も、流れる血液も、肉片でさえ。

 その全てが、鍛冶に、錬金に、料理にと、大車輪の活躍をする事請け合いの貴重品だったのだ。

 

 それなのに。

 

 「や、やべえ、素材を回収したいのに入れ物が何もない!?」

 

 異世界の癖に何でドロップ自動回収システムじゃないんだよ!

 せめて死んだら光に包まれて素材に早変わりシステムぐらいは導入しておいてくれよ!

 レベルアップがありなら他も何でもありでいいじゃない!


 しかし、そんな願いが神界カスタマーセンターに届く筈もなく、刻一刻と、特に血液などはガンガン流出してしまっている。

 

 「と、兎に角入れ物っ、入れ物を作らないと――――いやその前に!」

 

 【停止】

 

 目の前で宝の山がゴミクズに変わる様を幻視した俺は、一先ずその亡骸に時魔法の【停止】をかけて応急措置とした。

 

 「チッ、相変わらず燃費悪すぎだろ」

 

 そんな悪態を吐きながら視線をフレアドレイクの亡骸に向けると、頭部も胴体部も見事にその刻を止めており、流出していた血液も今や一滴足りとも零れ落ちる気配は皆無であった。

 

 時魔法は、時間の停止を筆頭に便利かつ強力な効果を持った魔法が多数存在する属性なのだが、その分消費する魔力の量も桁違いに多く、また対象の力量によっても消費量が変わる為、使いどころが難しい魔法なのだ。

 

 一度破壊神相手に使った時なんか、魔力を根こそぎ持ってかれた上に発動さえしなかったからな。

 

 当然、破壊神のクソアマには大笑いされた挙げ句、きっちりと拷問されましたとさ。おしまい(泣き)


 何て回想は糞の役にも立たないから捨て置いて、俺はこの場で唯一利用できそうな素材に駆け寄る。

 

 それ即ち、無駄に生え散らかしている巨木の群れだ。

 

 「こうなると分かっていたら真っ先に作っておいたのに……」

 

 そう愚痴を溢しながらも巨木の一本に狙いを定めて【風刃】を放ち一気に両断した。

 そして、ズズズッと音を立てて倒れ始めた巨木が、隣接する他の木々にぶつからないように、風を纏わせて開けた場所まで移動させる。

 

 「こいつ終焉木って言うのか。縁起悪いな……」

 

 そう呟きながら、俺はついでにチート知識の発動条件を確認した。

 

 一つは自らの意志で知識を得るために参照しようとした時。これは神界で破壊神に思考せよと促された際に発動したパターンだ。

 そしてもう一つが、触れた対象に対して何だこれ? 程度の些細な疑問を抱いた時。これはドラゴンと思い込んでいたフレアドレイクに触れた時に起きたパターンだ。

 

 俺は今、巨木に触れながらこの木に対する漠然とした疑問を思い浮かべてみた。

 すると、知識の参照までは求めていないにも関わらず、俺の脳裏にこの木の詳細が勝手に浮かび上がってきたのだ。

 

 曰く、終焉木とはその土地の命を吸い取って枯らし尽くすという特徴を持った木のようだ。死に絶えた土地には必ずといっていい程、この木が生えているらしい。

 しかし、この木が生えているから土地が死ぬのか、土地が死んでいるからこの木が生えるのかは不明だそうだ。

 

 終焉木が土地を殺しているのか、死んだ土地に止めを指しているだけなのか。仮にそのどちらであっても、結局不吉な存在である事に変わりはない。

 

 「ってか、そんな木が地平線まで生えてるって事は、この世界ってもう滅んでるだろ」

 

 知りたくもなかった情報だが、気付いてしまった以上目を背け続けるのも億劫だ。

 敢えて声に出したのも、無駄な期待を抱かない為の自己防衛だった。

 

 「………………」

 

 俺はこれから、この一人ぼっちの世界で生きていくのか。そう思うと自然と目頭に熱が宿る。


 これが破壊神の悪意によって齎されたのならば、きっと俺は怒り狂って暴れまわっただろう。目に付くもの全てを破壊し尽くして、神々に反旗を翻しさえしただろう。


 しかしどう考えても、この現状は俺のイキリによって、そしてそれを真に受けた破壊神の善意によって齎されたのだと思われる。

 

 そうでもなければ、異世界に転移して一時間も経たない内にドラゴン、ではなかったけれど、フレアドレイクみたいなレアモンスターと戦う羽目になる筈がない。


 只でさえ、まともな生物一匹見当たらないのだから尚の事。

 

 俺は自業自得の重さに今更ながら震えつつも、終焉木を加工すべく知識を参照していく。現実逃避するにもある意味丁度良かったから。

 

 そうして黙々と木の加工に取り掛かる。

 

 とは言え、道具の類いは何一つ持ち合わせていない為、全ての工程は魔法ででっち上げるしかないのだが。

 

 俺は長すぎる倒木を【風刃】で大まかに分割すると、手早く【風刃】で枝を落とし、またまた【風刃】で木の皮を切り飛ばしていく。

 大活躍ですね【風刃】

 

 「――っ! 何だこの葉っぱ……」

 

 鬱蒼と生い茂っておきながら、その一枚一枚は枯れ葉さながらの見窄らしい見た目をした巨木の葉っぱが枝から落ちた瞬間、ボロボロと形を崩して消え去っていくのだ。

 

 どうやら終焉木の葉はそう言う性質らしく、特に使い道もないせいか、チート知識の中にも有益な情報は無かった。

 

 俺は、跡形もなく消え去った木の葉の儚い散り際に、不覚にも自らの未来を重ねてしまう。

 

 「――っ、馬鹿馬鹿しい! チートガン積みの俺がそんな目に遭う訳ねぇだろ! 見てろよクソッタレ!今から俺様の万能の片鱗を見せ付けてやるぜ!」

 

 躁鬱かな? と僅かに脳裏を過ったが、気を取り直すように努めて明るく元気に振る舞った。一人っきりで……。

 

 「枝も皮も切り飛ばしたし次は乾燥させるか!」

 

 そうは言い放ったものの、乾燥一つとっても属性違いの魔法が幾つも思い浮かぶ。

 

 それは火魔法の【蒸発】であったり、水魔法の【脱水】風魔法の【乾燥】土魔法の【吸水】光魔法の【揮発】闇魔法の【吸引】などなど。

 

 「チート知識的には【脱水】推しなのか」

 

 とは言え、そういった場合はチート知識に頼れば一定の指針が示されるから、それ程悩む事もない。

 

 「んじゃあさっさと始めますか!」

 

 どうやら神界ではついぞ使用する機会がなかった、非戦闘系魔法を使う時がきたようだ。

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