初めての異世界生活はチュートリアルDAYS!?

第13話

 『望むまま好きに生きよ妾の愛し子よ』

 

 聞き慣れた声の聞き慣れない言葉に、俺は深い微睡みから徐々にその意識を覚醒させていく。

 

 「う゛うぅん……」

 

 ゆっくりと瞼を開きながら、差し込む光の先に、また破壊神のムカつくドヤ顔が映り込むのだろうと辟易とした気持ちを抱く。

 

 のだが。

 

 「――っ! うわっ、何だこれ!?」

 

 背中に感じる刺激を伴ったザラついた違和感と、鼻腔を刺激する濃密な青臭さに、俺の意識は瞬時に覚醒すると、即座に臨戦態勢となり周囲に視線を巡らせた。

 

 「は? 何だよ、これ……」

 

 そうして俺の目に飛び込んできたのは、聳え立つ巨大な木群と、それに遮られるように僅かな光が漏れるだけの薄暗い景色であった。

 

 俺は無意識に自らの頬を強く抓る。

 

 「あ、痛いわ……」

 

 何て馬鹿げた事をしながらも、俺は現状を正確に把握すべく魔法を発動した。

 

 【風域探査】

 

 そう名付けた魔法には、俺が生み出した風が通った場所の情報を正確に把握できるという効果がある。


 これは破壊神との何万回目かの実戦の折、気配を完全に絶った状態で嬲るように狙撃してきた破壊神の居場所を突き止める為に編み出した魔法だ。

 

 「――っ!?」

 

 そうして大凡半径一キロの情報を手にした俺は、再び自らの頬を強く抓った。返ってきたのは勿論鋭い痛みのみ。

 

 「これは一体どういう……」

 

 風の知らせ通りなら、ここは巨木が連なる森林、もしくは樹海のど真ん中だという。

 当然神界特有の郷愁も薄ければ、破壊神の嗜虐に満ちた気配も一切感じられなかった。

 

 俺は混乱の只中にありながらも直前までの記憶を洗い直すが、この状況に至った原因に思い当たる節はなかった。

 

 ただ、言い様のない喪失感だけが胸に去来する。

 

 俺は近くの巨木に背を預けて空を見上げた。

 そうしなければ、瞼から弱音が雫となって溢れ落ちてしまいそうだったから。

 

 『望むまま好きに生きよ妾の愛し子よ』

 

 そんな時、またしても聞き慣れた声の聞き慣れない言葉が聞こえた。否、自らの内側に響き渡った。

 

 「望むまま好きに生きよ、か……。ってか誰が破壊神の愛し子だよ……」

 

 その言葉を強く意識した時、気恥ずかしさを覚えると共に、何となくだがこの状況に対する答えが分かった気がした。

 

 「魔法が使えたって事は、ここは日本、というか地球ですらない訳か」

 

 確か破壊神は、地球に戻ればチートは使えなくなると忠告していた。ならば【風域探査】が発動したここは地球ではなく、あの神々が管理するどこかの世界。俺にとっての異世界という訳だ。

 

 つまり俺は、死んでる間に有無も言わさず異世界転移させられたって事だ。

 

 「フザケッ――――いや、らしいと言えばらしいのか……」

 

 何となくだが、あの美しくも小憎たらしい破壊神と、感動的な別れというシチュエーションはどうにもそぐわない気がしてならない。創造神のことはよく分からんけど。

 

 「それでも、俺としては別れの一つでも言いたかったんだけどな」

 

 勿論、チートを授けてくれた事への感謝の気持ちも……。

 

 何て、柄にもなくセンチメンタルに浸ろうと、破壊神と過ごした神界での日々の記憶を思い返そうとしたら、あの地獄の毎日がフラッシュバックして何か全部吹き飛んだわ!

 

 幾ら俺が強欲に強請ったからって、あそこまで酷い目に合わせなくても良くない!?

 殺すにしたって甚振る必要はなかっただろ! 即死でワカラセるだけで充分だっつの!


 それなのにそれなのにそれなのに!

 

 「うぉおおおクソッタレ拷問女がぁぁああ!! でももう! 俺は自由ダァぁああああ!!!! ヒィィヤアアアア!!!!」

 

 頭の片隅で躁鬱かな? と思いはしたが、地獄から解き放たれた解放感に迸る高揚を、敢えて押し留める気にはならなかった。

 

 「自由! 自由っ! 自由ッ! 自由だあーっ!!! フゥーッ!!!!」

 

 俺は、自分でも信じられない位に内側から沸き上がる熱いパトスに、滾るコスモに導かれるまま暫くの間一人発狂し続けた。


 これが森林浴の効果か……。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 そうして一頻りキチゲを解放し終えた俺は、木の幹に凭れながらスエットの袖で汗を拭いつつ、久々に爽やかな良い汗を掻いたなと思う。今ならスポーツマンの気持ちが良く分かるってものだ。

 

 ともあれ、一度心身ともに落ち着くと自らの置かれた現状にも目が向くというもの。

 破壊神の言葉通り好きに生きるにしろ、まずは事態を正確に把握しない事には何も始まらない。

 

 俺は再度魔法を発動させると、先程よりも広域に風を送り込む。距離にして大凡半径十キロ程度といったところか。

 

 しかし風が知らせてくれるのは、何処まで行っても巨木の存在ばかり。野生の動物どころか羽虫の一匹すら見当たらない。

 

 「ってか、雑草すら生えてなくね……?」

 

 三十メートル級の巨木が所狭しと乱立しているにも関わらず、地面にはそれ以外に存在するものはなく、草花は勿論の事雑草の一本すらも見当たらないのだ。

 それに加えて、虫一匹の気配すら感じ取れないというのは、幾らこの地が異世界とはいえ異常事態ではないのか。

 

 「……流石におかしくないか、これ……」

 

 俺は、妙な胸騒ぎに突き動かされるように風を身に纏うと、巨木を見下ろせる高さまで一気に舞い上がる。

 

 「――――っ!?」

 

 そうして高所から周囲を見渡した俺の視界に飛び込んできたのは、地平線の先まで続く巨木に埋め尽くされた世界の姿だった。

 

 「マジか……」

 

 非現実的過ぎる光景に俺の語彙は死んだ。

 

 ふらふらと揺蕩いながらもゆっくりと地面に降り立った俺は、未だ冷めやらない衝撃に尻餅をつきそうになり、慌てて近くの巨木に身を寄せた。

 

 脳裏を過るのは今後の身の振り方である。

 

 そもそも人間が生きていける場所なのかここは。かといって何処へ向かおうと言うのかね。

 

 それに、この世界の管理者たる神々が、わざわざこの場所を選んで転移させた以上、何らかの意味があると考えるのが普通だろう。

 

 そうして答えの出ない自問自答を繰り返していると、風の知覚範囲内に違和感を覚える場所を察知した。

 

 「これは、直接見に行くしかねえよな……」

 

 万全を期すのなら、幾度も風を送り込んで出来得る限りの情報を集め終えてから動くべきなのだろう。だが、最早俺はこの場でじっとしていられそうにない。

 

 逸る焦燥感に掻き立てられるように、俺は再度風を身に纏うと、巨木をすり抜けながら違和感の中心へと向かう。

 

 「ん、何だこれは? あぁそうかこれが……」

 

 風が示す現場に近づくにつれ空気に混じるようになった異物の正体に、俺のチート知識は一つの解答を導き出した。

 

 俺は破壊神と相対する時のように、警戒心を最大限引き上げる。

 

 「ここが発生源か……」

 

 見渡す限りの巨木に支配されたこの世界にあって、不自然にもその場所にだけぽっかりと広々とした空間が広がっていた。

 そして、巨木に遮られて満足に日差しが届かなかった俺の転移場所とは違い、この場には燦々と日光が降り注いでいる。

 

 いっそ神秘的な程に煌々と照らされたその場所には、しかしそんな神々しいまでの風景の一部を無理矢理引き千切ったかのような、禍々しい瘴気を纏った巨大な洞穴が鎮座していたのだ。

 

 俺はその存在を知っていた。

 というより、チート知識が先にネタバレしてきたのだ。お節介な高性能AIかな。

 

 「迷宮ダンジョン……」

 

 そう。目の前に聳え立つ異様な威容を湛える洞穴こそ、世界の天敵たる迷宮なのである。

 

 「何が望むまま好きに生きよだよ。どう考えても、俺にこの迷宮を攻略させる為に送り込んだだろ」

 

 俺は事ここに至って、漸く自らに課された役割を理解した。

 

 思えば、何の目的もなく異世界人にチートなんて授ける訳がない。

 仮にチートをばら撒くにしたって、どう考えても何の愛着もない異世界人により、自分の世界の住人を優先するに決まっている。

 それなのに、何だかんだと言いつつ俺にチートを与えたのは、人っ子一人いない僻地の迷宮駆除を押し付ける為だったって寸法。


 そりゃあこんな木ばかりでまともな生物も見当たらないような場所に、手ずから育てた世界の住人を送り込むのは気が引けるよな。

 そんな時に、何の愛着もないぽっと出のイキリ異世界人が現れたら、そんなもん利用しない手はないよな。

 

 「はぁー……」

 

 当たり前と言えば当たり前の帰結に、しかしどうしようもなく脱力してしまう。

 どんなチートを手に入れようとも、所詮俺は利用される側の人間でしかないのだと、嫌な現実を突き付けられてしまったから。

 

 「あーあぁ……。チートを手にしたら夢のような毎日が訪れると思っていた――」

 

 のに、と言い掛けて、思わず俺は口を噤んだ。

 

 不自然に揺れ動く風の様子に、招かれざる客人の気配を感じ取ったからだ。

 

 「――ッ、 空かッ!」

 

 見上げた先に、光を遮りながら悠々と旋回する特徴的な影が現れた。

 

 巨大な翼を湛え細長い胴体を揺らし長い尻尾しならせる。大空を誰に憚る事なく自由気儘に飛び回る支配者然とした堂々たるその姿に、俺は思わずその存在の名を口にした。

 

 「ドラゴン……」

 

 それが開戦の合図となったのか。

 

 「ギュゥゥアアアア!!!!」

  

 強烈な咆哮を放ったドラゴンは旋回の勢いを圧し殺すように、地上に向かって羽ばたきながら降下してくる。

 

 「くっ……!」

 

 強靭な翼膜から生み出される暴風が俺の全身を強く打ち据えるように吹き抜けていく。砂埃が舞い踊り巨木の群れが大きくしなる。

 

 俺は、空気に混ざる砂粒に視界を潰されないように風を纏い、襲い来る風圧もろともに受け流す。


 そしてその視線は、こちらを睥睨するドラゴンに釘付けになったままだ。

 

 が、それは何もドラゴンの存在に気圧された訳でもなければ、恐怖に怯えて立ち竦んでいる訳でもない。

 

 俺はただ、ドラゴンを見た瞬間脳裏にフラッシュバックした破壊神との会話に、嫌な予感が滝のような冷や汗となって流れていくのを止められないでいただけなのだ。

 

 『武器の一振りで大地を駆けるドラゴンをぶった斬るのは憧れる。

 魔法の一撃で天空を征するドラゴンをぶっ飛ばすのも魅力的だ。

 製造した兵器で天地を統べるドラゴンをぶっ殺すのだって捨て難い。

 こんなの選べる訳が無いんだ、最初から。

 どのバージョンも、どのシチュエーションも、殺ってみたいのが現代っ子だろう』

 

 『ドラゴン、不憫っ……。異世界人、ヤバッ……!』

 

 何度もリフレインするように脳内に鳴り響く黒歴史に、俺はドラゴンの存在などお構い無しに声にならない絶叫を上げる。

 

 もしかしてだけどぉー! これってオイラの自業自得なんじゃないのーっ!?

 

 そういう事なの!?

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