第12話

 ――――side破壊神――――

 

 「まさか、ここまでの覚悟を宿しておったとは……」

 

 界人の亡骸を前に腰を下ろした破壊神は、どこか呆然としながら呟きを漏らす。

 

 「だとしても高々人間風情に、それも魔力と無縁ですらあった異世界人如きに、よもや妾が一本取られてしまうとはのぅ……」

 

 荒れ狂う暴風に宿った高濃度の硫酸雨を難なく退けた破壊神ではあったが、 舞い踊るその御髪の毛先までは守りきれなかったようで、ほんの僅かに焦がしてしまっていたのだ。

 

 「ふふふっ、強欲なだけで甘えたのヘタレ男とばかり思っておったが、中々の益荒男振りではないか」

 

 破壊神は、縮れてしまった毛先を弄ぶように指で掬いながら感慨深げにそう口にすると、どこか愛おしげに頭部だけとなった界人の頭を撫でた。

 本当なら頭部すら溶かされていた所を、何の気まぐれか破壊神が守ったのだ。

 

 暫しの間、穏やかな時間だけが流れていく。

 絶世の美少女とボロボロの青年の頭部という猟奇的な絵面にさえ目を瞑れば。

 

 破壊神は一頻り敗北感を噛み締めながら界人の亡骸との声なき対話を楽しむと、ようやっとその命を復活させようと重い腰を上げた。

 

 次の瞬間。

 

 「ん? この気配は……」

 

 破壊神の、より正確にはその手の中にある界人の頭の近くの空間に裂け目が生じたのだ。

 

 「全く何処まで行ったのかと思えば、我が神界を随分と満喫しておるようじゃの――おや、セッちゃん?」

 

 まるでエレベーターから降りてきたかのような気軽さで姿を現したのは、界人を一人放置して姿を眩ませていた創造神ゼクラスであった。

 

 「おぉ、やはりゼー君であったか。ここに来たという事は、調べは充分についたのかのう?」

 

 「む、まぁそうじゃな。それよりも何故セッちゃんがここに?」

 

 「うむ。話せば長くなるのじゃが」

 

 そう言った二柱は、界人の惨状をそのままに情報共有を行った。


 そんな両者の関係は、傍目に見れば穏やかな祖父と、それに懐くイカレた孫娘のように映った事だろう。

 

 「成る程のう。破壊神たるセッちゃん直々の手解きを受けるとは、カイトも神界生活を存分に堪能したとみえる」

 

 今や頭部だけとなった血みどろの界人の姿を見て、創造神の口から出た言葉がこれである。

 

 「ふっはっはっは、妾が直接相手をしてやったのじゃ。退屈と無縁になるのは必然じゃ」


「「はっはっはっはっは!」」

 

 一頻り笑い合う二柱の神々は、共にイカレた感性を持っていたようだ。

 

 しかしそんな和気藹々とした空気を一変させたのは、やはり破壊神である。

 

 「それよりもゼー君。今この場に現れたという事はカイトの処遇が決まったとみて善いのじゃな」

 

 その問いに、界人の生殺与奪が含まれている事は暗黙の了解であった。

 

 「うむ。結論から言うとじゃな――」

 

 「待て待て。話すならば先にカイトを起こしてやらねばならぬじゃろうて」

 

 そう言った破壊神は、これまで通り魔力とは別種の力をその手に宿すと、余す事なく界人へと注ぎ込んでいく。

 

 それを見ていた創造神は僅かに目を見開いた。

 

 「セ、セッちゃん、よもやこれまでもそうやってカイトを蘇生させておったのではあるまいな」

 

 「む、何じゃ藪から棒に。ゼー君も知っての通り妾の本領は破壊じゃからな。対極に位置する蘇生を操るなら魔力よりも神力の方が都合が良いのじゃ」

 

 そんな会話を繰り広げている間にも、界人の身体どころか服装までもが完璧に修復されていき、最早傍目には只々眠っているようにしか見えない状態となっていた。

 

 「外装の修復はこれで善いな。では最後に保全しておいた魂を――」

 

 「セッちゃんちょっと待ってくれぬか」

 

 が、最後の最後で待ったを掛けたのは創造神である。

 

 「ん? どうしたんじゃゼー君?」

 

 「う、うむ。少々想定外の事態が目の前で起きたのでな。予定を少し変更させて貰おうかと思うてな」

 

 「ふむ、当然その変更とやらも聞かせてくれるのじゃろう」

 

 「勿論じゃ。セッちゃんに隠し立てするような事は何一つ有りはしないからのう。但し、今暫くカイトを目覚めさせるのは待ってくれ」

 

 「む? まぁ後は魂を戻すだけじゃから構わぬが……」

 

 そう言った破壊神は、まるで宝物を扱うかのように界人の魂を両手で包み込むと、いつでも蘇生できるようにとゆっくりと魂にも神力を注ぎ始めた。

 

 「うむ。では始めに調査の結果なんじゃが、結論から言うとカイトの記憶にあった世界を此方側から観測する事はできなんだ。そればかりか、他の神格による介入の痕跡も同様にの」

 

 忸怩たる思いも露に、創造神は吐き捨てるように口にした。

 

 「故に、少なくとも現段階においてカイトを元いた世界へ送り返す事は不可能じゃ」


 界人が目覚めていたらどんな反応を示しただろうか。

 

 「ふむ、観測すら困難な場所なのであれば仕方なかろう。ではカイトの身柄はどう扱うのじゃ?」

 

 「うむ。それに関しては魂ごと跡形もなく消滅させる事も考えていたのじゃが」

 

 そんな不穏な言葉に、破壊神は無意識の内に手の中にある界人の魂を強く握り締めた。

 

 「しかし、それも些か危ういかと思うてな」

 

 「……ほう、と言うのは?」

 

 「嫌な予感がする、と言えばそれまでなんじゃが。もしカイトをこの地へ送り込んだ存在が我らに対して悪意を持っていた場合、この地でカイトを害する事が何らかの災厄を引き寄せるトリガーとなるのではないか、とな」

 

 「な、成る程のぅ。し、しかしそれは杞憂ではないかの」

 

 そう言った破壊神は、どこかばつが悪そうにしながら手の中のカイトの魂を創造神に見せ付けた。


 それは言外に、数え切れない程害しちゃいましたが何か? という開き直りも多分に含まれていた。

 

 「ホッホッホ。なに、癒す事が前提の破壊など害するの内には入らぬよ」

 

 だが創造神は飄々としたまま、独特の価値観を披露するに留まった。

 

 「そ、そうか。ならば良いのじゃが……。しかしそれならば結局どうするのじゃ?」

 

 創造神の言葉に安堵した破壊神は、界人の魂を胸に抱くように持ち直す。

 

 「うむ。結局のところ問題の本質は、カイトの身柄が神界に存在するという一点のみじゃ。はっきりと言ってしまえば、カイトが災厄を引き寄せるトリガーだったとしても、神界にさえその影響を及ぼさぬのであれば別にどうでも良いからのう」

 

 「確かにのぅ。となると……」

 

 「うむ。カイトの身柄を元いた世界へ送り返せぬ以上、どこか適当な世界へ送り込みその地で生を終えて貰うのが良かろうて」

 

 その結果として、その世界に災厄が訪れようとも構わない。


 創造神は、それを言外に滲ませていた。


 数多ある世界の一つと、自身と伴侶が暮らす唯一無二の神界とでは、その価値の軽重など天秤に掛けるまでもないのだろう。

 

 「ならば、早速カイトを起こして説明してやらねばな!」

 

 結論を聞いた破壊神は、ほんの僅かに寂寥を覚えるも、それに気付かぬ振りをしながら殊更に明るく振る舞った。

 

 が、そんな破壊神に待ったがかけられる。

 

 「セッちゃん、カイトを起こすのは世界に送り込んだ後にするのじゃ」

 

 「……何故じゃ?」

 

 「我も当初は事の経緯を全てカイトに伝えてから送ろうと思っておったのじゃが、今のカイトの様子を見るに、やはり直接会わぬ方がよいと思うての」

 

 「……?」

 

 「正直に言うとな、我は今のカイトが少し恐ろしい」

 

 「は?」

 

 創造神の告白に、しかし訝しげな表情を隠そうともしない破壊神は、発言の意図の説明を求めた。

 

 「セッちゃんに自覚は無さそうじゃが、今のカイトは破壊を司る神に導かれて膨大な力を身に付けたばかりか、その神力まで注ぎ込まれて魂に宿すに至っておる。はっきり言って、今のカイトは独力で我らを害しうる存在にまで成り上がっておるのじゃ」

 

 「ま、まぁ妾の唯一の愛弟子じゃからのぅ。ふっふっふ」

 

 「いや笑い事ではないんじゃが……。まあそういう訳でな、事の次第を打ち明けた際、カイトがどの様な行動を取るか分からぬ以上、我はカイトと直接やり取りするのは避けたいのじゃよ」

 

 「うぅむ、ゼー君はそう言うが、カイトの力量はまだまだ我らには遠く及ばぬぞ。今も軽く捻ってやったばかりじゃしな」

 

 創造神の慎重、というよりは臆病とさえ謗ってしまえるような言い分に、破壊神は界人の魂をペチペチしながらはっきりと杞憂だと伝えた。

 

 「それは破壊神たるセッちゃんだからこそ言える言葉じゃよ。我はセッちゃん程に直接戦闘に長けておる訳では無いからのう。不覚を取る可能性が髪の毛先程でも有るのなら、可能な限り避けるのが賢明というものじゃ」

 

 「それはまあそうじゃが……」

 

 が、創造神の態度は頑なとさえ言えた。それもわざわざ破壊神の不覚を揶揄してまで。

 

 これはもう説得は不可能だと破壊神は理解した。同時に、界人に直接別れの言葉を伝えられないのだとも。

 

 「ではゼー君よ。一体カイトをどの様な世界に送り込むのじゃ?」

 

 破壊神は、手の中の魂を名残惜しげに撫でながら、未練を断ち切るように問い掛けた。

 

 「うむ、それなんじゃが、一方的に送り込む形になってしまうのでな。可能な限りカイトが望むような世界に送ってやりたいのじゃが、カイトの希望についてセッちゃんと擦り合わせを行いたくての」

 

 「ふむ。それも道理じゃの」

 

 「まず我が受けた印象としては、カイトは余り人付き合いが得意ではないといったところかのう」

 

 「確かに。苦い経験ばかりといった感じの物言いであったのぅ」

 

 そうして始まったのは、神々による界人のプロファイリングである。

 二柱は、各々が界人の記憶や言動から受けた印象を語らいながら、可能な限り界人の望みが叶うような世界を見繕い始める。

 

 「では人付き合いは最低限で良いとして、この血湧き肉躍るような刺激に満ちたというのは、些か我が受けた印象とは異なるのじゃが」

 

 創造神の記憶にある界人は、どちらかと言えば争い事を望まない、ともすれば臆病といっても過言ではない性質であった筈なのだが。

 

 「うむ。ゼー君が接した時とは違い、今やカイトも立派な益荒男となったからのぅ。血が滾るような戦闘と無縁の退屈な生活など望む筈がないのじゃ」

 

 「成る程のう。セッちゃんと過ごした日々による変化であったか。やはり事前にすり合わせを行って正解だったの。我だけでは、人工は少なくとも穏やかな気性の美しい容姿の持ち主ばかりが住まう安全な土地ぐらいしか想像できなかったじゃろう。流石はセッちゃんじゃ」

 

 「うむうむ、今のカイトの事なら妾は何でもお見通しなのじゃ」

 

 そうして界人を送る世界選びは、概ね破壊神の要望通りに進んでいく。

 自信満々に界人の代弁を行う破壊神の様子に、創造神も疑いを挟む余地など見いだせなかったのだ。

 

 「うむ。この条件ならばこの地が適しているのではないか?」

 

 「ほう! 確かにのう! まるでカイトに与える為だけに存在しておるかのようではないか!」

 

 そして遂に、界人を送るに相応しい世界が見つかったようだ。

 

 「では早速カイトをこの大地に転送するが、セッちゃんや、最後に何か言葉を掛けてやらんでも良いのか?」

 

 「………………」

 

 そう問われた破壊神は、界人の魂を抱きながら一言だけ強く刻み付けた。

 

 『望むまま好きに生きよ妾の愛し子よ』

 

 それを最後に破壊神はもう一言も発する事はなく、界人の魂を肉体へと戻した。

 そしてそれを見届けた創造神は、界人が目覚める前にその身体を選ばれし大地へと送り込んだ。

 

 こうして界人の存在は神界から完全に消失し、神々との繋がりさえも希薄な、遥か遠い世界に向けて旅立ったのである。

 

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