第10話

 そうして何兆回、何千億回繰り返しただろうか。

 

 「……ほう、どうやら魔力を自らのモノとしたようじゃな?」

 

 「………………」

 

 心底愉快そうな破壊神の言葉に、しかし俺は言葉を返さず、唇の端を片方のみ吊り上げた後、人差し指の先に明かりを灯す事で返事とした。

 

 キマッたな……。

 艱難辛苦が俺をワンランク上の漢へと押し上げてくれた気がする。

 指先に灯る柔らかな光が俺の未来の明るさを明示している気さえした。

 

 魔力器官を後付けするために流し込まれた破壊神の魔力は濃密かつ絶大で、受け入れた俺への被害は甚大であったが、同時に極限まで緻密でもあった為、体内を巡る魔力の動きや魔力器官の存在を正確に認識できる様になった。

 

 それは魔力を操る際に精緻なイメージとなり、魔力器官の早期取得と操作技能の向上へと繋がって、遂には自前の魔力を得るに至ったのだ。

 

 しかも、破壊神から送り込まれた魔力を取り込んだお陰で、俺の魔力量はチート知識に照らし合わせても尚、他に類を見ない程の膨大な量となるオマケ付き。

 

 となれば後はこっちのもの。

 チート知識通りに魔力を扱い魔法を発動させる。ただそれだけの事。瞬き一つする間もなく指先に灯りを点してみせたのだ。

 

 正直俺は今、全能感に酔いしれている。

 辞書から不可能の文字が消え去った気がするし、顔もイケメンになった気がする。

 足も長くなった気がするし、身長も高くなった気が――――。

 

 「きもっ。が、まあ見逃そう。極めて不快じゃが……」

 

 何で見逃すって言った後に極めて不快とか付け足すの!? それ全然見逃してねぇだろ! 追い討ち上等じゃねぇか!

 何だよ! 散々嬲り殺しにされて、漸く手に入れた力なんだぞ! ちょっとくらい酔っ払ったって許されるだろ! ブッ殺すぞ!

  

 「ふむ、妾をぶっ殺すと申すか。その意気や善し! ならばそなたの熱意が冷めやらぬ内に、チート取得に向けた最終ステージを始めるのじゃ!」

 

 「っ!? お、おぉ、やってやんよ……!」

 

 いきなりだな!?

 でもまあ、チート知識と魔力を得た今の俺は無敵も同然。ならばその最終ステージとやらも、何が待ち受けているのか知らんが軽くクリアして吠え面かかしてやるぜ!

 

 何て俺の威勢に応えるように、破壊神は何度も頷きながら声を張り上げた。

 

 「最後にそなたに与えるのは、妾との実戦じゃ!」

 

 「破壊神との実、戦……?」

 

 「うむ。妾はまず、そなたに知識を与えチートに対する理解を促した。次いで魔力を与え実感を伴わせた。ならば最後は、妾との実戦を与え経験を積ませてやるのじゃ!」

 

 「な、成る程……?」

 

 そう言われると確かに理に適っている気はするけれど……。

 でも、人生初の実戦経験が破壊神相手とかどうなん? 俺、まともなケンカの経験すら無いんだけど。

 強いて言うなら小学生の頃、同級生と胸ぐらの掴み合いになったのにどちらも手が出せなくて、見ていた同級生達から相撲扱いされて『ノコッタノコッタ』って囃し立てられて引き分けたのが唯一の戦績なんだけど。

 情け無さすぎて放課後二人して泣いたんだけど。でも別にその後も仲良くなったりはしなかったんだけど。

 

 「ふっ、怖じ気づいたかのぅ?」

 

 などと過去の武勇伝を回想していた俺の弱気を察したのか、破壊神は小馬鹿にする様な声色で煽ってきた。


 チートを手に入れても煽り耐性までは獲得出来なかった俺は、煽り厨のクソガキをワカラセるべく、殊更に胸を張り大上段から見下ろしながら言葉を発した。


 「は? 全然余裕なんですけど?」

 

 「そうかの? その割には随分と思い悩んでおるようじゃったが?」

 

 「は? いや、ってか逆にそっちこそ大丈夫なんですかね? 俺、多分手加減とかできないっすけど?」

 

 「ふっはっはっは! その意気や善し! 互いに死闘を愉しもうではないか!」

 

 えっ、死闘? 愉しむ?

 えっ、実戦って事だけど、あくまでも訓練なんだよね? チートを得たばかりの俺に、戦闘を通じてチートを使いこなす経験を積ませる的な……。

 

 何て疑問を思い浮かべている間にも、破壊神はキャッチボールをするのに丁度良さそうな距離を取っていた。

 

 「この辺りで善いか……。では最終ステージを始めるぞ!」

 

 「えっ、お、おう……」

 

 わざわざ距離を取ったって事は、魔法で的当てみたいな感じか?

 ま、まぁテンプレだよな的当て。異世界で実力を計る方法といえば、古今東西的当てだって相場は決まってるもんな! 成る程なっ!

 

 「一応言うておくが、一切の手加減は不要じゃからな!」

 

 「お、おう……!」

 

 マジか。チート知識には核兵器の威力を軽く凌駕するような魔法とかもあるんだけど、それも撃てって事かよ……。

   

 「全身全霊を以て妾を迎え撃つのじゃ!」

 

 「お、おう! ……って、迎え撃つ?」

 

 え、妾を? って事は破壊神を? ま、的当ては……?

 

 「よーい、ドーンなのじゃッ!!!!」

 

 「は?」

 

 何て間の抜けた声を漏らした俺に向かって、破壊神は一直線に距離を詰めてくる。

 それも時間にして、瞬き一つにも満たない刹那の速度。

 そして次の瞬間には、羽虫を甚振る猫のように瞳をギラつかせた破壊神の顔が視界一杯に広がった。

 

 「動かぬのか?」

 

 「…………っ!」

 

 目と鼻の先に迫った破壊神の言葉に、俺は反射的に距離を取ろうとするも、視界の端に破壊神の手刀を見咎めた瞬間、膨大な戦闘パターンが脳裏を駆け巡った。

 

 「さあ、まずはこの一閃、どう捌いてみせるかのうッ!」

 

 そんな蛮声と共に、破壊神による神速の手刀が抜き放たれた。剣閃さながらの閃きを纏った曲線が俺とすれ違う様に交錯する。

 

 「――っ! なん、じゃと……?」

 

 破壊神の驚愕に満ちた声が背後から聞こえた。

 

 「………………」

 

 が、俺はそれに何かを答える事もなく、静かに地面に倒れ伏した。

 

 体が上下に別たれてしまったからだ。

 

 「な、なぜ避けなかったのじゃ」

 

 再度、破壊神から驚愕を含んだ問いが投げ掛けられた。

 

 俺は薄れ行く意識の中、最早言葉を吐き出すことも儘ならない為、思考のみを単刀直入に伝える事にした。

 

 (取れる選択肢が多すぎて混乱しちゃった。テヘッ)

 

 「……は?」

 

 俺の死に際に放った一言は、破壊神の怒りを駆り立てた。


 倒れ伏す俺の側に足を進めた破壊神は、下半身を失い地面と熱いベーゼを交わす俺の髪を右手で掴み上げると、自身の目線の高さまで軽々と持ち上げて見せた。

 

 「おい愚か者。そなた今なんと申したか」

 

 イダイイダイイダイ! 腹の底から大量の血液と臓物が零れ落ちていく。死にかけにこの仕打ちは心が無さすぎる! でも抗議するだけの余力もない!

 

 「この大馬鹿者が! この程度の傷、今のそなたなら容易く癒せるだろうに!」

 

 そう言われるがままにチート知識を探れば、確かにこの状況からでも入れる保険、じゃなくて、治せる魔法が幾つも思い浮かんだ。

 

 が、余りの激痛と喪失感に上手く魔力を操れない。まるで指先で湯気を摘まもうとしているかのような不毛さに、思考は更に空回りしてしまう。

 

 「なんと無様な。呆れて物も言えぬわ……」

 

 いや、言ってるーっ! さっきからボロクソに言ってるーっ! ってか、自力はもう無理そうなので治して頂けませんかねぇ!?

 

 「そなたこの状況で妾に助けを求めるか……。はぁ、どうやら妾は少しばかり甘やかしすぎたようじゃな」

 

 えっ、どこが? 息をするように惨殺しておいて甘やかしすぎたとは一体……?

 

 「そなたの記憶を見たぞ。まさか妾の手刀に対する対応手段の多さに思考停止してしまい、何の行動も取れなくなったとはな。流石の妾といえどもそこまでの間抜けっぷりは想定外じゃったわ」

 

 ぐぅっ……だ、だって、回避一つとっても体術や身体能力だけを活かしたものから、各属性魔法を利用したものまで、軽く百を越える選択肢が一気に思い浮かんだんだもん! そんな中から急に最適解なんて選べないよ!

 

 「大馬鹿者! そなたは最適解どころか何一つ選べず棒立ちを決め込んだだけじゃろうが!」

 

 だ、だって……。

 

 「だってもへったくれも無いわ! 全く情けない! 何のための知識じゃ! 何のための魔力じゃ!」

 

 う、うぅ……サーセン……。

 

 「全く、ドラゴンを屠るだの妾をぶっ殺すだのと息巻いておった者と同一人物とは思えんな」

 

 うぅ、それは……若気の至りと申しますか若さゆえの過ちと申しますか……。

 

 「はぁ、もう良い。どうやらそなたは力を求める割に荒事への耐性は極端に低いとみえる」

 

 ぐっ、それはまぁ、現代っ子ですから……。

 

 「ならば此度の妾との実戦で、その辺りの隔たりを完璧に取り払ってみせよ!」

 

 は、はい! 頑張ります!

 

 「うむ! その意気やヨシ!」

 

 えっと、機嫌は直りましたか、ね? じゃ、じゃあ、そろそろ体を治して貰っても宜しいでしょうか……? マジでもう、いい加減限界ががが……。


 「ん? 治したくば自らの力で治すが善いぞ。妾は今から敗者に相応しい末路を与えねばならぬ故、手が放せぬのでな」

 

 そう言った破壊神は、徐に左手を俺の肩に乗せると、背筋が凍りつくほどに冷たい声色で囁いた。

 

 「よく覚えておくのじゃ。敗者の末路とはどの時代、どの場所、どの種族、どの立場、どの年齢においても苦痛に塗れた悲惨な結末へと繋がっておるという事を」

  

 「ひっ、ひぇっ……!」

 

 薄れ行く意識の中であっても、破壊神から発せられた不穏な言葉は、俺の口から上擦った情けない悲鳴を引き出すには充分すぎた。

 

 命乞いをしなければ! と頭の片隅で本能が慌てふためくが、時既に遅し。

 

 破壊神は、俺の頭と肩に置いた手に力を込めると、まるで薄衣を引き裂くかのように外側へと力を加え始めた。

 

 「あ、がっ、ががががががぎぎぎぎィィイイイ!!!!」

 

 ブチブチブチッという音ともに、万力も斯くやといった破壊神の膂力は、容易く俺の首を引き千切ると、大量の鮮血で世界を真っ赤に染め上げた。

 

 ――――――っ!!!!

 

 声にならない絶叫が脳内に響き渡る。

 

 霞んだ俺の視界に、紅に染まった自らの首なし上半身と、うつ伏せに倒れた下半身が映る。

 最早痛みすらなく、只々途方もない絶望感のみを道連れに、俺の意識は闇の奥底へと沈んでいった。

 

 「ふん、そなたには死に安らぐ暇など一瞬足りとてありはしないのじゃ! 『ソレ、なーおった!』」

 

 が、即座に光の袂へと引摺り揚げられて、強欲の対価を支払う事になるのだった。

 

 「さあ! 第二ラウンドの開幕じゃ!」

 

 ゆ、赦してぇ……。

 

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