第9話

 「さて、次にそなたに与えるのは魔力じゃ」

 

 問答無用とばかりに力ずくで座禅を組まされた俺は、又しても頭頂部を破壊神に掴まれながら説明を受ける次第となっていた。

 

 「何故なら、ゼー君と妾の理が支配する全ての世界において、その根幹を成しておるのが魔力だからじゃ。しかし、そなたには魔力が宿っておらぬ。それどころか、そもそも魔力を生み出す器官も蓄える器官も備わっておらぬのじゃ。これではどれ程の知識を得ようとも、無用の長物以外には成り得ぬ。故に、今回はそなたの肉体に魔力を生み出す器官と蓄える器官を後付けしつつ、それと同時に、呼吸をする様に体の隅々にまで魔力を循環させる技術をも習得してもらう。何故なら、魔力とは生み出すだけでも蓄えるだけでも宝の持ち腐れにしかならぬからじゃ。自らの意思で十全に操ってこそ、魔力はその真価を発揮するものじゃからな」

 

 メッチャ早口で喋るなこの破壊神。

 話す気はあっても伝える気は無い典型的なオタクムーブやんけ。

 さてはお主、魔力オタクでござるなぁ?

 

 「では早速始めるぞ」

 

 「ちょっ、ちょっと待った!」

 

 「この期に及んで何なんじゃそなたは」

 

 「そんなあからさまに鬱陶しそうな顔をしなくても……。って、結局今から何が始まるというんです!?」

 

 「あ? つい今し方説明したじゃろうが」

 

 「いやいやいやぁ! 具体的に俺がどんな酷い目に遇わされるのかについて全く言及してないでしょうが! 限界オタクムーブで煙に巻こうとしても誤魔化されませんよ!」

 

 「げ、限界オタ、ってなんじゃそれは? というか酷い目もなにも、そなたが得た知識を十全に扱える様になる為に、魔力に関する器官と技術を与える方法として、そなたの体に魔力が馴染むまでの間、妾が直々に魔力を流し込んでやるというだけの話なんじゃが、何が理解できんのじゃ」

 

 端的に説明できるんじゃねぇか!

 

 「それは理解したけど、その、魔力を流し込まれた俺は、一体どんな状態になるんだよ」

 

 それが一番重要な所でしょうが! またぞろ下半身をミンチにされちゃあ困るんですよ!

 

 「分からぬ」

 

 ワカラヌ!?

 

 「いや、本当に分からんのじゃ。何せ、妾の魔力を人間に流すなど初めての事じゃし、何より魔力の無い人間などそなたが初めてじゃから……」

 

 は? んな初めて尽くしの実験の被験者にしようとしてたのかこの破壊神は!

 

 「いやぁ……」

 

 何をモジモジしとんねんこのクソガキ。それ全然可愛くねぇからな! トイレ我慢してるマッドサイエンティストにしか見えねぇから! 殺意しか湧かねぇわ! 無様に漏らせやファック!

 

 「じゃが安心せい! 死ぬ事だけは……いや、例え死んでも蘇る事だけは確約しようではないか!」

 

 出来れば死なない方向で何とかして欲しいんですけど!?

 

 「じゃからそれは分からぬと言っておろうが。大体そなたは何を根拠に酷い目に遭うと思っておるのじゃ。案ずるより産むが易しとはそなたの世界の言葉だろうに」

 

 根拠も糞も数えるのも馬鹿らしいぐらい、下半身をミンチにされて死にまくっただろうが!

 今は体に傷一つ残って無いけど、心と記憶には深々と刻み込まれてんだよ! ってか忘れさせてよ!

 

 「ではどうするのじゃ? 魔力を扱えねばそなたが望んだチートなど泡沫の夢じゃぞ」

 

 そ、それは……。

 

 「今更諦めきれるのかのぅ。計らずも幾京もの死を乗り越えて、漸く掴み取った知識の価値を無に帰してまで」

 

 ………………。

 

 「まっ、仮にそなたが諦めると言っても、そなたにチートを与えるといった言を妾は翻すつもりは欠片も無いからの。無理矢理にでもチートは得てもらうでな」

 

 「ファッ!?」

 

 「それじゃあ時間も充分取ってやったし、心の準備はできておるな?」

 

 「いや、ちょっ……」

 

 「それではチート取得に向けた第二ステージの始まりじゃ!」

 

 俺の言葉を遮った上での軽快な言葉と共に、頭頂部に乗せられた破壊神の手の平から正体不明の、っていうか魔力なんだろうけど、が流れ込んできた。

 

 「ちょまっ、話を聞いて――――」

 

 最初に感じたのは、春の日溜まりに似た柔らかな温もりだった。

 そしてそれが、じんわりと頭の天辺から体の隅々にまで染み渡っていくまでは俺も正気を保てていたと思う。

 

 だけど。

 

 「って、ィギギギギギーッ!!!」

 

 それがうねる様に体内を循環し始めた途端、まるで血管の中を鋼鉄の毛虫が所狭しと這いずり回っているかの様な激痛に襲われたのだ。

 

 「こら、無意味に叫んでおる余裕があるのなら、少しは魔力に干渉せぬか」

 

 何て破壊神は他人事の様に言うけれど、そんな助言が今の俺に届く筈もなく。

 

 「ギィィィイイイ! ィィイイイイ!!」

 

 俺はただ、痛みに耐える為に反射的に食いしばった歯の奥から、引き絞る様な絶叫を上げる事しか出来なかった。

 

 そして俺が自らの意思を持って何かを行えたのは、これが最後だった。

 

 体を循環する魔力の動きに呼応するかの様に、俺の手足は自分の意思とは無関係に暴走し始めたのだ。

 例えるならそれは、陸に釣り上げられたタコの有り様だろうか。

 俺の手足は、自由と海水を求めるタコの足のように、力任せかつ無軌道に振り回され、一切の加減なく地面に叩き付けられたのだ。

 

 「イギギィィ! イギギィィッ!」

 

 斯くして、手足の皮膚は裂け肉は潰れ骨は折れ関節は砕け散っていった。

 そうして無理矢理可動域を広げた手足は、無軌道な動きをより加速していく事となる。

 手足の指は度重なる打擲によって形を無くしていき、噴き出す血肉によって変形し癒着していく。

 五本に枝分かれしていた指先は最早歪な一本の指先となり、黒と紫が混じり合ったかの様な不気味な色合いから、絵に書いた様な触手へと変貌していった。

 

 そうなっても尚、破壊神から魔力が注ぎ込まれている限り手足の動きは止まらない。止められない。

 

 そのうえ四本の触手が自傷を繰り返す度に、食いしばった歯に掛かる圧力は増していき、遂には弾け飛ぶまでに至るのだった。

 

 しかしそれでも激痛が止む事は無い。

 

 であれば必然、歯が有ろうが無かろうが無意識に食いしばってしまう現象に変わりはなく、歯茎に残る鋭利な歯の残骸などを考慮する余裕もないままに、限界を越えた全力で以て幾度も歯は食いしばられるのであった。

 

 「ィギギギギギーッ!!!」

 

 力任せに振り下ろされた歯の残骸は、深々と歯茎に食い込んでいく。そして頭が僅かに動く度に、容赦なく其れを抉り取っては更なる深みに沈んでいった。

 強固に引き結ばれた口元からは、破裂した水道管の如き血飛沫が噴出するが、それでも力が弱まる様子はなかった。

 

 どこまでも際限無く加わる力は、顎の骨を潰し頬骨を砕いても止まる事はなく、遂には顔全体に広がっていき、鼻を圧し折り眼球を破裂させ鼓膜を引き裂いても尚、欠片も弱まりはしなかった。

 

 既に俺の顔面は崩壊し原型を留めなくなっていたが、それでもまだ死ぬ事は出来ずにいた。

 

 そうして頭と手足が死に向かう中、遂には胴体にも異変が起き始める。

 痛みに対する防衛本能が暴走してしまったのか、尋常じゃない強張り方をし始めたのだ。

 

 筋肉が容易く断裂する程に加えられた力は、手始めとばかりに背骨を圧し折り肋骨を砕き胸骨を粉砕すると、その残骸を体内へと押し込んでいく。

 そしてそれと同時に次々と内臓も破裂していき、その役目に終止符を打っていった。

 

 俺が死んだのは心臓が破裂したからなのか、頭蓋骨が潰され脳ミソがグチャったからなのか、はたまた単純にショック死だったのかは定かではない。

 が、そのいずれにしろ、それを気遣ってくれるモノなどこの場には存在しないのだ。

 

 「……うむ? 漸く静かになったと思ったら死んでおったのか。手足が動き回っておるから紛らわしいのぅ。じゃが、知識の定着を乗り越えたお陰か、心身ともに多少は頑丈になっておるようじゃな。これなら前回よりは早く済むかも知れぬのぅ。ソレ『なーおった!』」

 

 「………………あ、っ! ぐぅあッ! ……はぁ、はぁ」

 

 体の傷が癒され再び命が宿されようとも、一瞬前まで味わっていた地獄の責め苦の記憶が消え去る訳ではなく、正常化された心身に幻痛となって舞い戻る。

 が、やはりそれを気遣ってくれるモノは居ない。

 

 「息は整ったかの?」

 

 「あ、あぁ……」

 

 「では続けるぞ!」

 

 「ちょまっ、まっ――――ぁがぁああぎぃぃぃぃ!!」

 

 そして繰り返される無間地獄。

 この輪廻から抜け出す為には、魔力操作の技術を体得するしかない。

 

 死に物狂いという言葉を、これ程身近に感じた事があっただろうか。

 

 俺は、激痛で正気を失うまでの僅かな時間を使って必死に打開策を模索した。

 そしてそれは一瞬で見つかった。与えられた知識の中にあったのだ。

 リスポが片手に収まる回数で済んで助かった。

 

 が、それは絶望への序曲でしかなかったのだが。

 

 「お、おい、クソガキ」

 

 「あ? 誰がクソガキじゃ生殖細胞未満」

 

 あんまりな情報に動揺しまくりつつも何とか口を開く余裕を得た俺は、知識から得た絶望的な情報を破壊神へと突き付けた。

 

 「テメェ、何が魔力を操作しろだ! 魔力を動かすには魔力を生み出し蓄える器官を認識する必要があるらしいじゃねぇか!」

 

 「そうじゃが、それが?」

 

 「ざっけんな! そんならその器官がねぇ俺には現状どう足掻いても魔力操作なんて不可能じゃねぇか!」

 

 「うむ、その通りじゃが」

 

 「っ!?」

 

 開き直ってんじゃねぇぞクソガキが!

 ブチギレ過ぎて唇がアワアワするだけで咄嗟に言葉が出なかったわ! ダッサイな俺!

 

 「そなたは何か勘違いしておるようじゃが、妾は現時点で魔力を操作しろなどとは言っておらぬぞ」

 

 「なっ、う、嘘ついてんじゃ――――」

 

 「人間相手にわざわざ嘘など吐かぬわ。妾が申したのは魔力に干渉せよじゃ」

 

 「そ、それの何が違うって……」

 

 そう言い返しながらも、俺の頭の中では既に答えが見えていた。定着した知識のお陰だ。

 

 魔力を操作するという事は、自身の意のままに操るという事であり、最終的には呼吸と同様に無意識下でも行えるようになる為に鍛えるものだが、魔力に干渉するというのは、意識的にその存在を認識し感覚的に触れてみる事で、魔力に対する親和性を高めるといった、より初歩的なものなのだ。

 

 「理解したようじゃの。つまり現状そなたがすべきは、妾が流す魔力に干渉する事で心身を馴染ませていく事じゃ。親和性が高まれば妾が行っている魔力器官の後付けを後押しする結果にも繋がるしのぅ」

 

 そ、それってつまり、今回の特訓は二本立てになるって事?

 

 「その通りじゃ。魔力器官が出来上がるまでは魔力への干渉に努め、魔力器官が仕上がり次第、魔力操作の訓練に移る」

 

 そ、そんなっ、知識の定着一本立てですらあんなに苦しんだのに、二本立てなんて……。

 

 絶望のあまり目の前が暗転した俺は、膝に両手を着いて言葉もなく呆然と項垂れてしまった。

 が、そんな俺の頭を破壊神の手の平が優しく包み込んだ。

  

 「精々頑張る事じゃ。魔力が扱える様になりさえすれば、与えた知識の全てを活用できる様になる。それ即ち、そなたが望んだチートを手にする時が来た、という事なのではないかの?」

 

 言われてみれば確かに。

 俺は目先の苦痛にばかり目を奪われて、その先に待つ栄光から目を背けてしまっていた。

 まさか、クソガキの化身たる破壊神が気付かせてくれるなんて。

 

 「破壊神、さま……」

 

 俺は感涙に咽ぶ思いに表情を歪めつつも、何とか顔を上げて破壊神へと視線を向けた。

 

 破壊神は、聖母もかくやといった柔和な面差しで俺の視線を受け止めると、唇に緩やかな弧を描きながら言葉を放った。

 

 「じゃからとっとと特訓を続けましょうねーっ。ソレ魔力ドーン!」

 

 「なっ、てめっ……ぃぃぃいぎゃやあああ!!!」

 

 俺、チートを手にしたら真っ先にコイツ殺すわ。

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