第7話

 武器の一振りで大地を駆けるドラゴンをぶった斬るのは憧れる。

 魔法の一撃で天空を征するドラゴンをぶっ飛ばすのも魅力的だ。

 製造した兵器で天地を統べるドラゴンをぶっ殺すのだって捨て難い。

 

 こんなの選べる訳が無いんだ、最初から。

 どのバージョンも、どのシチュエーションも、殺ってみたいのが現代っ子だろう。

 

 「ドラゴン、不憫っ……。異世界人、ヤバッ……!」

 

 そもそも、どれか一つを選んでしまえば、何故他のチートを選ばなかったのかと後悔する時が絶対に来る。

 それこそ、他のチートじゃないと解決できないような惨事に見舞われて最愛の人を失うなんて鬱展開、滅茶苦茶あり得そうなじゃないか。


 だったら、チートは全部貰っちゃおう!

 

 破壊神にすら覗けなかった心の奥底で悩みに悩み抜いた結果、俺の欲望は極限まで単純化されたのだ。

 

 「何と浅ましい……」

 

 ごもっともなご指摘。耳に痛いが心には響かない! 長さが全然足りないぞ!

 

 「ぬぅ、破壊神たる妾を前にして、よくもまあこれ程までの浅ましさを曝け出せたものよ」

 

 いやいや、それほどでも。

 

 「褒めとらんわ!」

 

 フュー、破壊神様ったらノリが良いっすねえ! ステキ! 抱いて!

 

 「そなた、また吹っ切れおったな……」

 

 まぁ、我ながらヤバい事言ってんなぁって自覚はある。

 森の泉にわざと斧を落として、金も銀も新品の木の斧も全部寄越せ、落とした斧も返しやがれって言ってる様なモノだからな。

 ドン引きの欲深さだろ。厚かましいったらないもん。端的に言って天罰案件でしょ。子供の道徳教育に丁度良いざまぁエピ筆頭でしょうよ。

 

 でもさあ、んな事ぁ分かってんだよ。

 それでも俺は要求するって決めたんだよ。

 言わずに後悔するぐらいなら、結果がどうあれ欲するままに言ってやろうって。

 

 これが俺の偽らざる本音なんだ。

 

 神界に迷い込んで神様にチートを強請るなんて珍事に発展しなかったら、きっと死ぬまで向き合う事の無かった欲深い本性。


 だけど、ある意味良い機会だったと思う。


 今まで、未来だけを見据えて我慢ばかりを強いて生きてきた。

 その結果が良ければ救いもあったけど、現実は余りにも残酷だった。


 成果もでなけりゃ余命すら幾ばくもないのだから。

 

 だったら、こんなヘンテコな状況の時くらい、恥知らずでも、厚かましくても、傲慢でも、罰あたりでも、欲望を最優先にしたって良いじゃないか。

 

 何を選択したところで、結局そのツケを払うのは自分自身なんだから。

 

 だから俺の答えは揺るがない。神罰を受ける覚悟だってとっくに決まってる。

 元々残り少ない命なんだ。チートへの掛け金としては安過ぎるぐらいだ。

 

 本音は全て語り尽くした。後はただ、破壊神の返答を待つばかり。

 恐れは無い。例えどんな解答が、どんな結末が降りかかろうとも、後悔だけはしないと確信している。

 

 俺はただ、真っ直ぐと破壊神を見つめた。


「………………」

 

 俺を見定める破壊神の視線は、今や思い悩む様に閉ざされ、眉間には深い皺が刻み込まれていた。


 自問自答でも繰り返しているのか、唇がほんの僅かにむにむにと動いては、キリッと止まったりを繰り返している。

 

 俺は待つ。心臓が破裂しそうなくらいバクバクと激しく波打つ音をBGMに。

 俺は待つ。言葉を尽くして欲望を飾り立て同情を誘い説得に乗り出したい気持ちを押さえ付けながら。

 俺は待つ。チートを貰えないなら異世界行きなんて罰ゲーム絶対に断って地球に帰って穏やかに死のうと心に固く誓いながら。

 

 極度の緊張が時間感覚を狂わせるのは、神界で破壊神を前にしても通じる理だったみたいだ。


 実際にどれだけの時間が経過したのかは定かではないが、冷や汗でずぶ濡れとなった体が冷え込み始めた頃、遂に破壊神の唇がゆっくりと開かれ、俺への沙汰が下された。

 

 「………………まぁ、善かろう」

 

 「マジで!?」

 

 「うむ。思い返せば、妾も一つだけとは言っておらなんだからのぅ」

 

 おっしゃあ! 天罰覚悟のクソ野郎ムーブが功を奏したぜ! って、しまった! もっと恭しい態度で感謝を示すべきだったか!?

 

 「善い善い。そなたの本性はよう知っておる。今更小賢しい点数稼ぎなど弄するでないわ」

 

 ふぅ、有りのままの自分をさらけ出した事が功を奏したか。

 正直者がバカを見るなんて、地球限定のローカルルールだったようだな。


 「但し! 一つそなたに伝えねばならぬ」

 

 「な、何ですか……?」

 

 「うむ。そなたの望んだ通り、チートは全て与えよう」

 

 「あ、有り難う御座います!」

 

 「じゃが! そなたが望んだチートはどれも強大かつ強力じゃ。故に、そなたの平凡極まる器に注ぎ込むには、相応の苦労がのし掛かるじゃろう」

 

 「相応の、苦労……」

 

 抽象的過ぎん?

 まあ、色々無茶な願いを聞き入れて貰った訳だし、多少の苦労が付随するのは仕方ない。

 つっても、俺も日本では相当な苦労の末に大学進学まで果たした訳だし、正直逆境には慣れてる方だと自負している。

 忍耐強さとかストレス耐性とかなら、日本全体でも上位に食い込める自信がある。

 煽り耐性にはちょっと自信無いけど……。

 

 ただ、平凡極まる器とかいう失礼かつ不穏なディスが、妙に心をささくれ立たせる。

 

 その言葉を耳にした瞬間から、嫌な予感がするって程明確ではないが、虫の知らせ的な、もしくは第六感的な胸騒ぎを感じるのだ。

 

 「うむ。故に再度問おう。そなたは自らが望んだチートの全てを受け入れる覚悟は有るか?」

 

 だけど、ここまでお膳立てしてもらっておいて今更イモを引くなんて有り得ない。


 返答なんて決まりきっている!

 

 「宜しい。ならば特訓じゃ!!」

 

 あっ、俺まだ声に出してないのに。

 

 「まずは、知識の定着からじゃ!」

 

 あっ、このまま進むんですね、成る程。

 

 「そなたが望んだチートを扱うには相応の知識が必要となるのじゃから、まず真っ先に与えてやるのじゃ! 分かったら妾の前に楽な姿勢で座るがよい!」

 

 急にエンジン全開やなこの破壊神。

 なんて心の中(駄々漏れ)だけで独りごちながら、俺は取り敢えず座禅を組むように腰を下ろした。

 

 「うむ。姿勢すらも平凡じゃが、まあ善い! 今から必要となる知識を片っ端から詰め込む故、そなたは頭を空っぽにしながら受け入れ続けるのじゃ!」

 

 え、何その説明? 具体性の欠片も無いんだけど?

 っていうか何で一々ディスってくんの!? 楽な姿勢なんて皆大体こんなもんでしょ!

 何にでもケチを付けてくる所、ホント破壊神の悪い癖!

 

 何て言ってる間に、破壊神は俺の頭に手を乗せてきた。

 異世界の神様って人様の頭に手を乗せるのがホントに好きねぇ。国によっては侮辱にあたるんだからね! 俺が日本人で良かったね!

 

 「では始めるのじゃ。気を確かに持つのじゃぞ」

 

 「は? 気を確かにって――――っ!?」

 

 破壊神の言葉に疑問を返しきる前に、問答無用とばかりに俺の脳内に膨大な知識が流れ込んできた。

 

 「あっ、がっ、なっ」

 

 「こら、無駄に思考するでないわ。ただ受け入れ続ければ善いだけなのじゃ」

 

 「だっ、こっ、むっ」

 

 「だから足掻くでないわ。無駄に時間が掛かるではないか」

 

 そんな呆れた様子を隠そうともしない破壊神の言い草も、次々と流れ込んでくる異世界の知識に翻弄され、意味を理解する前に記憶の彼方へどんどん押し流されていく。

 

 最早、俺の耳にはどんな言葉も届かなくなっていた。

 

 「あがががががががが――――」

 

 代わりに、俺の口からは悲鳴になり損なった呻き声が止め処なく溢れ出す。

 

 無遠慮に注ぎ込まれる膨大な知識が脳ミソのキャパを軽々と上回ったせいか、まるで頭の中をミキサーでシェイクされているかの様な激痛が体内を駆け巡る。


 全身は激しく小刻みに痙攣し、瞼は高速で開閉を繰り返し、眼球はピンボールのようにグルグルと回転し始めた。


 既に平衡感覚は失われ、座っている事さえ儘ならないのだが、頭頂部を握るように添えられた破壊神の手によって、体勢だけは無理矢理維持され続けていた。


 しかし半開きとなった口から悲鳴が途切れる事はなく、遂には喉を痛めたのか口の端からは鮮血が流れ落ち始めた。

 

 そしてそれを皮切りに、俺のおかれた状況は悪化の一途を辿る事となる。

 

 激しさを増す全身の痙攣は、履いていたスエットばかりか下着すらも摩擦で容易く擦りきり、遂には臀部の皮膚までも削り始めたのだ。

 

 「ぐぎぃぃぃいい!!!」

 

 新たな激痛の到来に、最早座禅の維持など叶う筈もなく、しかしながら頭を押さえる破壊神の手は小揺るぎもしないため、俺は生存本能に突き動かされる様になんとか長座のような姿勢を取ると、足裏に力を入れて腰を浮かし難を逃れようと試みたのだが……。

 

 「ぐぅぅぅうう!!!」

 

 今度は足裏が削れてしまい、更なる激痛に苛まれる事となってしまう。

 そしてそうなると、両足の踏ん張りなど効く筈もなく、浮かしていた腰は重力に従って落ちていく。

 俺は只、迫り来る痛みから逃れたいが為に、反射的に両手を下に突き出し踏ん張ろうと試みた。

 

 「ぎぃゃぁあああっ!!!」

 

 すると、先程の二の舞とばかりに両手のひらは秒で削られてしまい、激痛の発生源を増やしただけに終わる。

 

 そこからはもう、只の地獄でしかなかった。 

 

 尋常ならざる痙攣は治まる気配を見せず、皮膚を擦りきった摩擦は各部の肉を次々と子削ぎとり、遂には骨にまで到達した。

 が、そこで止まってくれる筈もなく、露出した各部の骨さえも容易く削り続けていく。

 

 俺の下半身は瞬く間に削り取られて跡形もなく消え去り、辺り一面に撒き散らされた肉片だけが、その存在の痕跡として残るばかりとなった。

 

 筆舌に尽くしがたい激痛に滂沱の涙を流しながら、俺は一刻も早い終焉を望んだ。

 

 そして俺の心身は限界を迎える。

 

 「がぁぁあああっ――――ぁっ……」

 

 激しく明滅を繰り返していた視界が一瞬で闇に閉ざされたかと思いきや、全身を蹂躙していた痛みが消え去り、底知れない静寂だけが訪れたのだ。


 されどそこに孤独感はなく、ただ、果てのない旅路の終着点を垣間見たかの様な底無しの解放感と、強い安堵だけを最期に与えてくれたのだった。

 

 安らかな眠りに誘われるように、俺の意識は深淵の奥底へと沈んでいった。

 

 ――――side破壊神――――

 

 「ふむ、漸く静かになりおったか――って、こやつ死んでおるではないか! 何と軟弱な。下半身を失った程度でこれとは嘆かわしい。全く、この調子では全ての知識が定着するまでに一体どれ程の時間が掛かるのやら。浅ましく欲深いうえに虚弱とは、ほんに手が掛かる異世界人じゃな。……まぁ、チートの全てを与えるといった妾に二言は無いからのう。どれだけ時間が掛かろうとも、どれ程惨たらしい目に遭おうとも、必ずそなたに与えてやるからの。じゃからホレ、さっさと続きを始めるぞ! ソレ『なーおった!』」

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