第6話

 「やれるッ!」

 

 「マジですか!?」

 

 神界に俺と破壊神の叫びが木霊する。

 満額解答かよオイ! たまんねぇな!

 

 しかし、興奮に鼻を膨らませ顔を真っ赤に上気させる俺に、破壊神は冷や水を浴びせ掛ける問いを投げ掛けてきた。

 

 「じゃがその前に、そなたの言うチートとはどういったモノなのじゃ?」

 

 「そこからかよ! そんな認識で何でやれるとか言ったんだよ! それ絶対後から、その願いは叶えられぬとか言う前フリじゃん! 何だよもう期待させやがって! 俺を弄ぶのもいい加減にしろよ!」

 

 魂からの叫びだぞ! 傾聴しろよ全無知全無能がよ!


 もうやだぁ。ここまできて梯子外されるとかマジで心壊れるわ。


 さっすが破壊神様だね! キライ!

 

 「待て待て早まるでないわ。と言うか、そなたの情緒はどうなっとるんじゃ。初対面にはピーキー過ぎるぞ」

 

 両手を俺の方へ突き出しながらおろおろする破壊神の情けない姿に溜飲が下がる。


 俺は、これ見よがしにため息を一つ吐いてから、無学な異世界の破壊神様に異世界転プレクチャーを行った。

 

 「武器を握れば山を砕き、魔法を放てば海を割る、か。成る程のぅ……」

 

 「勿論戦闘能力だけじゃなくて、魔法で空を自由に飛行したり、魔法であらゆる怪我や病気を癒したり、魔法で亜空間に色んなモノを詰め込んで運んだり、魔法で行きたい場所に一瞬で移動したり!」

 

 「魔法、万能過ぎるのぅ……」

 

 魔法なんだから万能だし、万能じゃなきゃ魔法じゃないでしょ。

 

 え、でも何でわざわざ言及したんだろ?

 もしかして制限付きのパターン? ……まさか魔法の無い世界とか!? それとも人間には使えないクソ仕様――っ! そ、そう言えば、さっき死ぬほど練習したのに全然使えなかったのは伏線!?

 

 「だっ、だったらそれ以外にも、錬金術で何でも創ったり、鍛治で何でも造ったり、農業で何でも作ったり、料理で何でも――――」

 

 「何でもつくってばかりじゃのぅ……」

 

 それが良いんでしょうが!

 チートを貰って異世界に行っといて作れない物が存在するなんて詐欺だろ。卑怯だろ。悪趣味過ぎるだろ! 叙述トリックかよ!

 

 「それは違うじゃろ。というかそなた、異世界に行ってって、故郷に帰るつもりは無いのかのぅ」

 

 「う゛っ、それは……」

 

 正直、そこまで深く考えてはいなかった。

 帰れるなら帰りたい、とは思う。大学デビューこそ大失敗に終わったが、それでも俺なりに努力を積み重ねてきたという自負がある。犠牲を払い続けてきたんだという嘆きも。

 だったらその結果を社会で花開かせたいという気持ちは人一倍強い、と思う。

 俺を笑い者にした挙げ句、平気で排除した連中を見返したいという願望も同様に。

 しかし同時に、俺に残された時間が少なすぎるのも事実だ。

 あと数年、どころか一年間すらまともに過ごせるのかも分からないのが現実だから。

 

 だからこそ、何もかも新しい環境でやり直したいという気持ちもある。

 自分の出生や性格、積み上がってしまった悪評やレッテル、最後までまともに得られなかった人間関係や、気付かぬ内にボロボロになってしまった身体など、まともな先行きなどない将来の事を思えば尚の事。

 これまでの人生の積み重ねの一切が無意味で無価値となる世界で、一からやり直したいと涙で枕を濡らした夜は数え切れない程にある。

 

 考えれば考える程、俺は破壊神の問いに明快に返答する事が出来なくなった。

 

 とはいえ、チートを得る機会があるのなら、それはそれで是が非でも得たいし、絶対に逃す訳にはいかない。しがみついてでも、泥を啜ってでも手に入れたいという底無しの欲望があるのもまた事実。

 

 「成る程のぅ。まぁ、そなたの進退についてはゼー君の調査次第でもあるから、今すぐ焦って何かを決めた所で余り意味が無いとも言えるが……」

 

 「じゃあなんで聞いたの!?」

 

 「覚悟を問う為じゃ」

 

 「――――っ!」

 

 破壊神の纏う空気が一瞬で静謐なものへと変化した。


 俺の真意を、覚悟を見定めるべく射抜く様に向けられた視線にも、ほんの僅かな好奇心すら見受けられず、ただ無機質な銀色の光が煌めくばかりだ。


 俺は、感情の一片も感じさせないその瞳から、交渉の余地といった対話の可能性を一欠片も見い出せず、突然の変貌にただ慄く事しか出来ないでいた。

 

 「そなたの話を聞いてチートの概念は理解した。その上で今一度答えよう。与えられる、と」

 

 「っ!!」

 

 「しかし、一つ懸念がある」

 

 「っ!?」

 

 「そなたの話したチート。武の深奥、魔道の深淵、匠の真髄。確かに妾ならどれでも好きに与える事は出来る。そなたが妾に話した異世界の知識、未知の情報の対価とするならば釣り合いも充分にとれるであろう。が、問題はその後じゃ」

 

 「?」

 

 「妾が与えられるチートは、あくまでも妾とゼー君が管理する世界でのみ有効な力なのじゃ。しかし、そなたはゼー君の調査結果によっては、如何なる理由があっても、元いた世界に帰らねばならなくなるじゃろう」

 

 「!」

 

 「つまり、場合によっては特別な力を持っていながら、それを一切発揮する事が出来ない人生を歩む事になる、可能性があるという訳じゃ」

 

 「………………」

 

 「何かにつけて『チートさえ使えれば』と歯噛みしながら生きていく事になるのじゃ。それは、初めから持たざる人生を歩むよりも余程苦しかろう。いっその事、チートを得た記憶など消し去りたいと願う程に」

 

 「………………」

 

 「故にそなたの覚悟を問おう! 元いた世界で、本来ならば必要の無かった艱難辛苦を背負わねばならぬとなって尚、そなたはチートを欲するか?」

 

 「………………」

 

 僅かの嘘も見逃さないとばかりに、大きく見開かれた破壊神の視線が突き刺さる。

 彼女の纏う超然とした雰囲気と、俺の覚悟を見定めるべく放たれた声の重さに、返事は決まっているのに、俯き言葉を返せないでいた。

 

 だから俺は、取り敢えず心の中だけで考えを纏める。

 

 欲するわ! って言っていいのかな。

 

 だって、デメリット無くない?

 チートを受け入れた瞬間、問答無用で日本に帰れなくなるとかなら即答は出来ないけど、帰っても使えなくなるってだけなら今と何も変わらないんだし、取り敢えず貰っとくでしょ。

 

 確かに破壊神の言う通り、持っているチートを使えない、制限された人生は歯痒いだろうと想像できる。

 

 しかし同時に破壊神は勘違いしている。

 

 俺が望むチートなんて日本では、否、地球規模で考えても確実に持て余す。

 ってか、仮にチートを使えたとしても、俺は間違いなく隠す。

 

 だって、利権とかヤバいじゃん。

 

 既に地球規模で雁字搦めの中、突然現れた何の後ろ楯もないチートを持ってるだけの一般人なんて、良くて使い勝手のいいパシリ。悪くて抹殺対象か実験動物くらいにしかならないだろう。

 

 世界征服でもしない限り、地球でチートフル活用の人生なんてそもそも歩めないのだ。 

 

 だから日本へ帰るなら、俺はそこそこ稼げて安定した職業を目指すつもりだ。

 例え余命が少なくとも、国家公務員になれれば、俺を迫害した連中をある程度見返すことも可能だろうし。世知辛い世の中だからね!

 

 だからこの問い掛け自体、現代事情をよく知らない破壊神の杞憂でしかないし、俺の答えも変わらない。


 変わらないんだけど、わざわざ凄い神秘的な雰囲気を纏った破壊神に、即答で正論破かますのは流石に良心が咎めるというか、気不味いというか、逆ギレされそうで怖いというか……。


 チラッ。

 

 「…………プルプル……っ」

 

 やっぱりプルプルしてらっしゃる。真っ赤に染まり遊ばされていらっしゃる。


 俺の心ダダ漏れなんだもんなぁ。一言一句聞いてたよなぁ。

 でも、このまま放置するのは心証悪いよなぁ。臍を曲げられて『やっぱチートなし!』になったら俺だけが困るし、一応茶番でもお茶を濁してみるか。

 

 「その、破壊神様。先に一つお尋ねしたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

 「う、うむ。善きに計らうがよい!」

 

 乗ってくれるのか。

 やっぱ精一杯なんだなぁ。

 神秘、吹き飛んだなぁ。

 

 「有り難う御座います。それでは、破壊神様がお与え下さるというチートを受け入れた場合、元いた世界に帰れなくなる可能性はあるのでしょうか」

 

 「うむ。その可能性は無い。あくまでも使えなくなるだけじゃ」

 

 「成る程。では改めてお願い申し上げます。訳も分からず神界へ迷い込んでしまった哀れなこの私に、どうか、破壊神様のご加護を。チートをお与え下さいますよう、伏して御願い申し上げます」

 

 渾身の土下寝を初披露。

 地に額を押し付け五体投地を見せ付けながら、俺は破壊神に真摯に懇願した。

 

 「うむ、善かろう!」

 

 きたーっ!

 これで異世界行きならチート無双。地球帰りなら現状維持。どう転んでも状況が悪化する事は無くなったぜ。

 

 「ではカイト・ニホン・イセよ。そなたはどのチートを望む?」

 

 どの?

 

 「惚けるでないわ。武の深奥、魔の深淵、匠の真髄。そなたは三つの極致を妾に示したじゃろうが。それを異世界の知識の対価として与えてやろうと言うとるのじゃ。さっさと真に欲するチートを述べるが善い」

 

 「………………」

 

 「何を黙って……むっ、心が読めぬ、じゃと!?」

 

 「………………」

 

 「な、何じゃ、何故なにも言わぬのじゃっ!」

 

 「………………」

 

 「な、何で顔から表情が抜け落ちておるのじゃっ!?」

 

 「………………」

 

 「な、何で一向に心が読めぬのじゃーっ!?」

 

 破壊神の情けない絶叫が鼓膜を揺らす。

 お陰で俺も戻って来れた。

 たった一つの望みを携えて。

 

 「破壊神様!」

 

 誠意だ。ここからは誠意のみが武器となる。

 土下寝が標準体勢。泥まみれの靴の裏さえ舐め回す心意気。侮蔑も侮辱も受け流す精神。

 

 心頭滅却。心頭滅却の極意で以て望みを叶えてみせる!

 

 「な、何じゃゲロキモ人間! 戻ったのか!?」

 

 ス、スルーしろぉ……っ。耐えるんだ俺ぇ……っ! 一撃が重めぇ……。

 

 「……っ。たっ、単刀直入にお願い申し上げます!」

 

 「な、何じゃ!」

 

 叫ぶような返答。破壊神はまだ動揺しているらしい。隙だらけだぜ。

 だからこそ、我を押し通すなら今しかない。言うしかない!

 

 「破壊神様が挙げられた三つの極致、その全てを私に授けて下さい!」

 

 「は?」

 

 世界が止まる音がした。

 

 「今、何と?」

 

 次いで空気が軋む音がした。

 

 「済まぬ。聞き逃すとは思わなんだわ。許せ」

 

 「は、ははぁ」

 

 「それで? 今、何と申したのじゃ?」

 

 肌が粟立ち冷や汗が噴き出す。

 命を握られるとは、こういう感覚の事なのか。

 

 だけど俺は退かない!

 

 「では、改めてお願い申し上げます!」

 

 俺はそう叫ぶと同時に顔を上げ『今度は破壊神が無表情になっとるぅーっ!』という心の声を押し殺し、再度要求を述べる。

 

 「全てのチートを私に授けて下さい! お願いします!」

 

 子供か。

 心の何処かで誰かがそんな事を呟いた気がした。

 

 「全て。全てと申すか……」

 

 熟考に入る破壊神。勢いよく頭を下げ続ける俺。無言の空間が絶えず軋み続ける。

 しかし、そんな状況にあっても、俺は自らの選択に後悔など微塵も無かった。

 

 だって、選べなかったんだもん。

 

 「は?」

  

 再度、世界が止まる音がした。

 神の地雷を踏み抜いた結果か、俺の鼓膜が軋み上げる世界の絶叫を捉えた、気がした。

 

 ヒュー、破壊神様ってそんな低い声が出るんだねぇー。凄いねぇー。怖いねぇー。ごめんねぇーっ!

 

 もうこうなりゃ、ヤケ糞じゃーぃ!

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