第3話
今、創造神って言った? シンカイって深海じゃなくて神界? 神様の世界って書く神界?
って事は、目の前の白いジジ……純白の翁が創造神? 神様ってこと? 神様って、神話で結構滅茶苦茶やってるあの神様でいいの? ……ちょっ、ちょっと待って。理解が追い付かない。
それに異世界のチキュー? から俺が迷い込んだって? そんでもって俺が異世界人のカイト・ニホン・イセ?
「って、誰がカイト・ニホン・イセじゃ!」
「む? どうかしたのかの?」
「い、いえ、あの、俺の名前は
「む? そうなのか? しかしお主の魂には……」
「あ、あっ、あっ! じゃあカイト・ニホン・イセで良いです!」
魂とか禁止カードでしょ。こっちには確認する術も無いってのに、ガチ神様にそんなん持ち出されたら認めるしかねぇよなぁ! 反論するのも恐ろしいわ。否定なんて以ての外!
「ふむ、それではカイトよ。お主の記憶を確認した結果、判明した事だけを端的に説明しようかと思うのじゃが」
「あ、はい。お願いします」
「うむ。まずお主は異世界チキューより我が神界へと突如として出現した、世界を飛び越えた迷子という事じゃ」
「は、はぁ……」
だせぇ、という感想しか湧かないな。迷子て。二十歳越えて迷子て。旅先でスマホ落としちゃったのかな?
「そして、お主がどの様な経緯で界渡りを成し得たのかは不明じゃ」
「は、はぁ……」
「それも、我が管理する数多の世界の内側ではなく、我が住まう唯一の神界に直接侵入するなど、人の身ではどう足掻いても不可能な所業つきでの」
「は、はぁ……。えっ、でも……」
「うむ。実際にお主は今、我の目の前に存在しておる。故に、我はお主の界渡りに何処かの神格による介入があったのではと思い、お主の記憶からその思惑や手掛かりを得ようと試みたのじゃが、尻尾どころか影も形も掴む事はできなんだわ」
「は、はえー。……えっと、じゃあ俺が此処に居るのって」
「今のところ、偶然というより他にないの」
「へぇぇ……」
で? と言うのが俺の本音だ。正直経緯なんてどうでも良い。重要なのは今後の身の振り方だから。帰れんの俺? ってか今の俺ってどういう状態? 生きてんの? 死んでんの? 異世界のとはいえ神様が目の前に居るって事は死んだ説が濃厚? だとしたら死因は? 余命はまだまだ先でしたけど? まさか手違いでぶっ殺されたパターンですか?
「しかしそれは有り得ぬ」
そんな疑問を口にする前に、ジジイ改め、俺から見た異世界の創造神とやらは、強い確信を込めてそう断言した。
「只の偶然で異世界から我が神界へ足を踏み入れる事など出来よう筈がない! 仮に! 仮に魂だけならば、千不可思議歩譲って有り得ない事も無いとは言い切れないと考えられなくもないかも知れぬと思わなくもないと認めてやらぬでもない気がしなくもない、が! お主は肉体を有したまま我が神界へと界渡りしておる。これはもう偶然では片付けられぬ。何者かの手引き無くしては成し得ぬ神業なのだ!」
「と、申されましても……」
知らんがな、と口にしなかった自分を誉めてあげたい。
早口で草、と口にしなかった自分も誉めてあげたい。
「という訳で、じゃ。我は此度のお主の界渡りについて、より深く調査せねば為らぬが故に、一先ず失礼させてもらうとする」
「はぁ……えっ!? ちょ、ちょっと待って! それじゃあ俺はどうなるんですか!? 家に帰れるんですか!?」
「うむ。その辺の事も調べねば断言出来ぬ故、調査が終わるまで今暫く待つがよい」
「ま、待つって、此処でですか?」
「うむ。お主が誰のどの様な思惑のもと、この地を訪れるに至ったのかが不明の間は、無闇に身柄を移動させる訳にもいかぬ。故に暫くの間、お主が我が神界に滞在する事を許そう。我の調査が終わるまで好きに過ごすと良いぞ。ではの!」
「あっ、ちょっとまっ、消えた……嘘だろ……」
お得意の早口でそう言いきるなり、創造神は文字通り俺の目の前から何の予兆もなく一瞬で消え去ってしまった。
思わずジジイが居た場所に手を伸ばしてみるも、指先は虚しく空を切るばかりで、何かの痕跡一つ掴み取る事は出来なかった。
「好きに過ごせって、こんな何も無い所でどうやって……」
周囲に視線を巡らせながら、溜め息混じりの不満が漏れる。
今更神界の景色に異常な程の郷愁を掻き立てられたりはしないが、人工物らしきものが一つもない光景は、殊更殺風景な印象のみを増幅させるばかりであった。
それはまるで、一人取り残された事による心細さを煽っているかのような光景ともいえた。
「と、取り敢えずあれだな! 異世界の神界? に来たってんなら、やらなきゃならないイベントがあるよな!」
空元気でも元気は元気。
俺はだだっ広い空間に一人ぼっちなんて寂シチュを紛らわす為にも、大袈裟に片手を前に突き出して異世界転移ド定番ムーブを決める。
「ステータスオープン!」
しかし何も起こらなかった。
「……あ、あぁ、ステータスが無いパターンね。なるほどなるほど。それじゃあ気を取り直して。ファイヤーボール!」
しかし何も以下略。
「ま、まぁ、一発で成功するなんて、流石にそこまで甘くはないよな。チートを貰った訳でもないし。……よし、やるぞ!」
現実主義の俺は努力を厭わない。内なるパトスやコスモに片っ端から語りかけながら思い付く限りの技名を叫ぶ。
喉が枯れ冷や汗が溢れ視界がチカチカと明滅し黒歴史ノートの厚さが増しても尚、俺の情熱は迸る事を止めはしなかった。
止めてくれたらどれ程楽だったかと思わないでもないが。
「ファイナルエンドラストォ!」
しかし以下略。
「なんでやねん!」
でももう限界だ。主に心が限界だ。羞恥心が俺を殺そうとしている。目の前に崖があったら迷わず飛び込んでしまいそうだ。
「何でなんにも出ないんだよ……」
純粋無垢な子供でもドン引きして通報する程度の時間は経過した筈だ。灰色のスエットが汗で黒く染まっている事からも、それは推し測れるというものだ。靴下なんて絞れるぐらいビッチャビチャやぞ。
それなのに、火の玉どころか火花の一つも出やしない。冷や汗以外は出やしない。
「これもう独学じゃ無理なパターンだろ……」
そう結論付けるより他にない。もう一度最初からなんて考えたくないし、思い出したくもない。無かった事に出来るなら今すぐそうしたい。
「でもそうなると、ジジイを待つ間の時間を持て余すな」
そもそも、俺はいつまで待ってりゃいいのよ。
思い返せば、ジジイは待てとは言ったが、いつまでと期限を区切ってはいなかった。
でも、無期限の待てとか忠犬でも牙を剥くレベルの悪行だけど、まさか、ね……。
「いやいやいや。つっても長くて一日二日程度でしょ。こんな何も無い所じゃ飯を食うのも寝るのも一苦労……」
不安を紛らわせる為の独り言が、俺に重大な閃きを齎した。
一瞬で渇く口内と引き攣る喉元に滴り落ちる冷や汗と、怒涛の如く不調の兆しをみせ始める体調に、嫌な予感は加速していく。
が、俺は現実を直視する為にも現状の問題点を敢えて声に出して確認する。
「……飯や風呂ってどうすればいいんだ? それにベッドも、トイレだって……」
神界で天啓を得るとかファンタジー! 何て言ってる場合じゃねぇ!
「どどどどうすんのよこれ!? 」
ジジイの調査とやらが即日解決してくれれば何の問題もないけど、長引くようなら最悪飢え死ぬんじゃねえの俺!?
「ヤバイヤバイ。確か人って水が無いと数日で死ぬんだよな」
しかも、もう既に喉がカラッカラなんだけど。
無意味な特訓のせいで喉も心もカラッカラなんだけど。
ここから更に数日も持つのか甚だ疑問なんだけど。
何なら直ぐにでも卒倒できそうなコンディションなんだけど!
とは言っても、果たしてこの場を離れるべきなのかも判断がつかない。無駄に動いてこれ以上体力を消耗するのは下策だし。
でも、もしかしたら視界の先には水と食料がたんまりと有るのかも知れないし。
神話とか詳しくないけど、絵画なんかだと神様と湖とか、滝とか噴水とか、水場はわりとセットなイメージがあるし。いや知らんけど。
それに神界だっていうのなら、アダムとイヴが食べたっていう果物なんかが有ってもおかしくは無いだろう。やっぱ知らんけど。
でもこの場を離れたら、調査を終えたジジイとすれ違いになる可能性だって充分にあり得る。
ジジイが心底困り果てるのは別に構わないが、俺がこれ以上不遇な目にあうのは絶対に避けたい。
神界に迷い込んだ挙げ句、神界でも迷子になるかも知れないのか……。
「……う、動こう」
それなりの熟考の末、俺は一つの決断を下す。
少なくとも、現状において何も存在しない事が確定しているこの場に留まるより、何かしらが存在するかも知れない新天地を目指す方が、まだ生存確率が高まるだろうと期待したのだ。
それにジジイは、待っている間は好きに過ごせと言っていた。それは、仮に俺がこの場を離れても、問題なく合流できる手段を持っているからだと推察できる。
そうでなくば、この場で待っていろと言った筈だ。そうだよなジジイ! 信じてっぞ!
だから俺は動く。
果報を寝て待つよりも、三歩進んで二歩下がる事になったとしても、自ら幸せを掴み取りに行く方が自分らしいと思ったから。
そんな強固な決意を新たに、俺はあてどなくとも真っ直ぐと歩みを進めた。
見つめる先が、希望の光で照らされる事を願いながら。
行き着く先が、望む全てに満ちている事を祈りながら。
俺は一人、黙々と歩く。代わり映えのしない景色をお伴に。
俺は一人、ひたすらに歩く。距離感を失い大凡の現在地を見失っても尚。
俺は一人、我武者羅に歩く。既に失って久しい時間感覚に惑わされながら。
俺は一人、泣きながら歩く。肉体よりも先に精神が耐えられなくなってきた。
もう誰か俺を止めてください!
そんな俺の切実な懇願が届いたのか、美しいだけでその実、只の地獄と大差ない状況に、突如として変化が舞い降りてきてくれた。
「ん? 見知らぬ気配。そなたは一体何者じゃ?」
背後から掛けられたジジイとは違う少女の様な声音に、俺の心は即座に歓喜に満たされる。
が、しかし、大地を力強く踏み締めて歩く己の両足を止める事までは叶わず、声の主との距離は開いていくばかりであった。
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