Bパート
私は茂三の屋敷に戻った。念のため、この似顔絵の人物に心当たりがあるかどうかを尋ねようと思ったのだ。すでに屋敷での調べは終わり、そこには茂三しかいなかった。
「これを見てください。知っている方ですか?」
「う~ん。見たことはないなあ・・・」
茂三は似顔絵を見て首をひねっていた。強盗団の仕業なので茂三が顔を見知っているわけではないと思っていたが・・・。
「この似顔絵であちこち当たってみるつもりです」
私は茂三から似顔絵を返してもらってカバンに入れた。茂三がボソッと言った。
「あの子にはすまないことをした。怖がらせて・・・。年甲斐もなく・・・」
「大丈夫でしたよ。この似顔絵を作るのもかなりの時間、協力してくれましたし」
「そうか・・・。儂も本当ならあのくらいの孫がいてもおかしくないのだが・・・」
茂三はため息をついた。彼に一応、似顔絵を見せたことだし、私は近所に聞き込みに行こうと思った。
「それでは・・・」
そこで棚の上の写真立てにふと気付いた。笑っている若い女性が茂三ともに写っている。ここに来た時には見逃していた。その私の視線を感じて茂三が説明してくれた。
「ああ、あれは娘の加奈だ」
近所の人の話では7年前にこの屋敷を出て行ったらしい。けんかでもしたのかもしれないが・・・。茂三は娘のことを気にかけているようだ。
「娘は儂の宝だった・・・」
と話し始めた。私はそのまま出て行くこともできず、座って聞くことにした。
「年取ってからの初めての子での。でも妻が死んでしまって大変じゃった。でも何とか育て上げた。あとは婿でも取って楽しく暮らそうと思っておったんじゃ・・・」
茂三はその当時を思い出してしみじみと語っていた。
「だが娘が男を連れて来た。結婚したいと・・・。それが外国人の男での。娘を何とかという国に連れて行こうとしたんじゃ・・・」
茂三の深刻な話に私はどう言えばいいのかわからなかった。彼は話し続けた。
「儂は反対して・・・ついには親子の縁を切るって言ってしまったんじゃ。すると娘はそのまま屋敷を出て行った・・・」
茂三はため息をついた。
「でも娘が帰ってくるかもしれない。そうなったら存分に贅沢な生活ができるように金を金庫にたくさん貯めた。だが・・・」
そのお金は強盗団に奪われてしまった。私は聞いてみた。
「娘さんは今どこにいらっしゃるのですか?」
「何とかという国に行って・・・そこで去年、病気で死んだらしい。知り合いが教えてくれた」
「そうだったのですか・・・。辛いことを聞いてすみません」
私は茂三が気の毒になった。近所では業突く張りのじじいと言われているが、彼はそうして娘を待ち続けたのだ。だがその娘も亡くなり、せっかく貯めた金も奪われた。せめて強盗団を逮捕してお金だけでも戻してあげられたら・・・私はそう思った。
◇
第3班は私の作成した似顔絵を持って犯人を捜索することになった。もちろん私も街を歩き回って似顔絵の男を探した。だがいくら探しても、誰に聞いてもその男に行きつかない。
(やはり似顔絵に問題があるのか・・・)
そう思わざるを得なかった。
そんな時、街でカンちゃんに会った。もちろんフェリーさんも一緒だ。
「こんにちは! カンちゃん」
「あっ! お姉さん!」
カンちゃんはうれしそうにしてくれた。
「いいわね。ママとお買い物?」
私がカンちゃんにそう言うと、フェリーさんは笑って言った。
「ハハハ。ワタシハ ママジャナイヨ」
「えっ?」
「カンハ オニイサン ノ コドモ。オニイサン イマ トオクデ シゴト」
私は勘違いをしていた。てっきりフェリーさんがカンちゃんのママだと思っていた。
「そうだったのね。お姉さん、勘違いしていたわ」
その時、カンちゃんは目の前の店を指さした。そこは若者が多く集まる雑貨店だった。店内はかなり混雑していた。
「あそこにいた」
「誰がいたの?」
「大きな家から出てきた人」
私はそれを聞いてはっとした。強盗団の一人がその店に入って行ったのだ。重要参考人として連行できるかもしれない。だがどの男だろうか・・・。あの似顔絵のような男でないかもしれない。するとカンちゃんが大きなヒントをくれた。
「赤い服を着ていたよ」
赤い服を着た男なんかは数少なくて目立つはずだ。私はすぐに走り、その店に飛び込もうとした。すると入り口で緑のジャケットの男とぶつかった。
「気をつけろ!」
「すいません」
私は謝りながら店の中に入った。黒服の店長らしい男が「いらっしゃいませ」と頭を下げていた。私は会釈して奥へ進んだ。すると
「お姉さん。時間ある?」
と真っ青な鮮やかな色のシャツを着ている若者が声をかけてきた。それを無視して奥に入るとそこには多くの人がいた。彼女連れのモノトーンの服の男、けばけばしい柄の派手な服を着ている男など・・・・だが赤い服を着た男はいない。
(きっとこの店にいるはずだ!)
私はしばらく店の中を歩き回って探した。だがどうしても見つからない。焦った私は黄色の制服を着た店員に尋ねた。
「ここで赤い服を着た男を見ませんでしたか?」
「いえ、見ていませんが・・・」
他の人にも聞いてみたが、やはり見ていないということだった。目立った色だから必ず人目につくと思うのだが・・・。
(どうしてだろう・・・)
カンちゃんが嘘を言ったようにも思えない。赤い服の男はこの店の中で忽然と消えた。犯人を逮捕するという絶好の機会を私は逃してしまったのだ。
◇
何も見つけられないまま、数日が過ぎた。私はまた茂三の屋敷に行ってみた。もしかしたら犯人につながる何かを思い出しているかもしれないと・・・。
「こんにちは」
「ああ、刑事さんか。まあ、上がってくれ」
茂三は私を座敷に上げてくれた。先日、じっと彼の話を聞いていたので少し心を許したのかもしれない。
「犯人は見つかったかい?」
「それがまだ。金谷さんが犯人の特徴について何か思い出したことはないかと思って」
茂三は少し考えたが、やはり首を横に振った。
「いや、これというものはないな」
「そうですか・・・」
やはり手がかりはない。茂三は出しっぱなしだった赤いペンのキャップをはめようとして、うっかり緑の敷物の上に落とした。
「どこにいったかな?」
それを拾おうとしているが、探している手はそことは違う場所にあった。あんなに目立つ赤なのに・・・。
私はその赤いキャップを拾って茂三に渡した。
「ああ、ありがとう。儂は赤と緑が見にくくてな。生まれつきの色盲というやつでな」
茂三が言った。先天性赤緑色覚異常・・・緑と赤の区別がつかなくなる眼の異常であり、数パーセントの人がそうであるとも言われている。私はそれを聞いてはっとしてスマホを開いた。
「そうだったのか!」
私はそれでやっとわかった。
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