Aパート
通報を受けたのは朝になってからだった。門や玄関が開けっ放しになっていたのを新聞配達員が不審に思って屋敷に入り、縛られて倒れている老人を発見したのだ。老人は頭から血を流していたが、数針縫うほどの傷で命には別条なかった。
私たちは現場を調べた。屋敷の縁側の戸がこじ開けられ、ここから侵入したようだ。その足跡から3人の男による犯行と断定した。彼らは寝ている老人を縛り上げ、金庫を開けたようだ。開けっ放しになった金庫からは現金約一億が消えていた。
その屋敷は古くからあり、金谷茂三氏がずっと一人で暮らしていた。妻とはかなり以前に死別し、娘は7年前に屋敷から出て行っていた。近所と人づきあいもなく、あいさつもろくにしないので評判が悪い。ただちょっとした資産家であり、屋敷に金をため込んでいるといううわさはあった。
「例の強盗団ですかね?」
「ああ、そうだ。間違いない」
「早く捕まえないと被害者が増える一方ですね」
「そうだな。近所の聞き込みを徹底的に行え。目撃者がいるかもしれん」
藤田刑事と倉田班長がそう話していた。ここ最近、この近辺で3人組の強盗団が出没していた。金のありそうな家に押し入り、住人を縛り上げて金目のものを盗んでいく。被害者の話では犯人はサングラスとマスクをしていて顔は見えなかったが若い男だったという。
そこに茂三が病院から帰ってきた。彼はいきなり倉田班長をつかまえて訴えた。
「刑事さん! 早くつかまえてください! 奴らは命より大事な儂の金を盗んでいきよった! お願いです!」
「落ち着いてください。捜査はしています。必ず犯人を捕まえますから」
倉田班長がなだめるように言った。私は茂三に尋ねた。
「ところで金谷さん。犯人について教えてください」
「3人組だった。サングラスとマスクをしていたが若い男じゃった」
「体格とか、特徴は何かありましたか?」
「う~ん。普通じゃったかな。特にこれということもなかった。黒いズボンに黒いジャンパーじゃったような気が・・・」
茂三は犯人の顔を見ていないようだ。服装もあいまい・・・暗かったのではっきり見えなかったのだろう。犯人につながる新しい手がかりはないようだ。
その時、倉田班長のスマホが鳴った。
「倉田だ。・・・・なに! 目撃者がいる? どこだ? 電話があった? 住所は・・・4丁目の青空荘102号室だな。わかった。すぐに向かう」
近くの警察署からの電話だった。事件を目撃した人が電話をかけてきたらしい。
「日比野。目撃者が出た。行くぞ!」
「はい」
倉田班長と私がそこに向かおうとすると、茂三が前に出てきた。
「目撃者が出たんだってな。青空荘ならすぐそこだ。儂も行く」
茂三は電話を聞いていたようだ。
「それはできません。あなたはここで待っていてください。いいですね!」
倉田班長は茂三に念を押すように言った。茂三は不服そうにしていた。
「じゃあ、行ってくる。後を頼む!」
倉田班長と私は近所にある青空荘へ向かった。
◇
青空荘は古ぼけたアパートだった。その102号室にはグエンという表札がつけられていた。外国人が住んでいるようだ。倉田班長がそのドアを軽くノックした。
「警察です。お話を伺いたくて来ました」
するとドアが開いた。中には東南アジア系の若い女性が出てきた。倉田班長が警察バッジを見せて彼女に言った。
「グエンさんですか?」
「ハイ。ワタシハ グエン・フェリー デス」
「私は捜査1課の倉田です。お電話で事件を目撃したと聞いてきましたが・・・」
「エエト・・・ケイサツ? ソレ ワタシジャナイ。カンヨ」
「カン?」
すると部屋から5歳くらいの男の子が出てきた。
「コレガ カン」
目撃者は子供だった。私は腰をかがめてその子に言った。
「カンちゃんっていうのね。お姉さんに教えてくれない? 昨日の夜、大きな家のそばを通ったの?」
「うん。3人出てきたんだ。一人だけ顔が見えたよ」
カンちゃんの日本語は流暢だった。
「へえ。どんな人かな。お姉さんに教えてくれるかな?」
「ええと・・・ねえ・・・」
さすがに子供では顔の様子を表現するのが難しいようだ。どうしようかと思っていると、後ろからそこに割り込んで来た者がいた。
「坊や! どんな奴だった? しっかり思い出すんだ! さあ!」
それは茂三だった。彼は後ろからついてきていたのだ。らちが明かないと思ったのか、小さな子供相手に勢い込んで尋ねていた。カンちゃんはその迫力に驚いて怖がっていた。
「やめてください!」
倉田班長が茂三の肩をつかまえて後ろに引っ張っていった。
「いいですか! あなたの行為は捜査妨害だ! 子供相手にそんな聞き方をしたらおびえてしまう」
茂三は叱られてしゅんとなり、そのまま屋敷に帰って行った。私は気を取り直してカンちゃんに言った。
「少し、お姉さんとお絵かきをしましょうか?」
「うん! 僕は絵が好きだよ!」
カンちゃんは笑顔になった。私はフェリーさんに許可を取って部屋に上がり込んだ。カンちゃんはちょうどお絵描きの途中だったようだ。画用紙に緑色のカエルを描いていた。
「上手ね。カエルなの?」
「うん。イチゴヤドクガエルっていうんだ。テレビで見たんだ」
「へえ、かわいい名前ね。イチゴがつくなんて」
「でも猛毒を出すんだって」
「そうなの。怖いわね。じゃあ、今度はお姉さんが描いてみるわよ。男の人の絵よ。怖そうだった?」
「ええと、ねえ・・・」
私はカンちゃんから話を聞き出して犯人の似顔絵を作ろうとした。だがなかなかうまくいかない。
「こんな感じ?」
「ええと・・・そうかな・・・」
四苦八苦して何とか似顔絵を仕上げた。しかしこれが犯人の顔に近いかどうか・・・自信はなかった。
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