「おかしいな、どうしていなかったんだろう」


 俺——テノン王子は談話室で一人唸る。


 彼女は舞踏会に参加すると言っていたが、結局顔を合わせることはなかった。

 

 もしかしたら、彼女の身に何かあったのだろうか? 

 

 そんなことを思っていると、兄のウンギ王子が現れる。


「テノン。どうしたんだ?」

「ああ、ウンギ兄さん。実は彼女が舞踏会に参加しなかったみたいなんだ。来るって言ってたのに」

「そうか。俺もそうだ」

「え? 兄さんも?」

「ああ。彼女が来ると言って来なかった」

「それは残念だったね」


 俺たちが暗い空気を背負う中、今度は第三王子のジェミニも現れる。


 美形揃いの王子だが、中でも中世的なジェミニ兄さんは男女問わず人気だった。


「あれ、どうしたの? 二人とも」


 目を丸くするジェミニ兄さんに、俺は悲しげな視線を送る。


「ジェミニ兄さん」

「なんだか暗い顔してるね」

「そういえば、ジェミニ兄さんも舞踏会にいなかったね」

「……実は、前回の舞踏会で隣国の王子と呑みくらべしてさぁ、負けたんだよね」

「ジェミニ兄さん……舞踏会はそういうところじゃないよ」

「けど、どうしてもって言われて断れなかったんだよ。うち弱小国だから。それでさ、女装させられたんだよね」

「えー、ちょっと見たかったな」

「ウンギ兄さんには見られちゃったけど」


 ジェミニ兄さんが視線を向けると、ウンギ兄さんは目を瞬かせる。


「は? なんの話だ?」

「舞踏会の日に、庭にいたら兄さん来たじゃん」

「庭に?」

「あの姿あんまり見せたくなくて、逃げたけど……」

「ちょっと待て、まさかお前……アマリリスのハンカチの持ち主じゃないだろうな?」


 なぜか焦るウンギ兄さんに、ジェミニ兄さんは首を傾げていた。


「アマリリス? なんのこと?」

「ウンギ兄さん、アマリリスがどうかしたの?」

「いや、ちょっと……」


 訊ねると、ウンギ兄さんは言葉を濁した。


 そういえば、アマリリスといえばアレがあったよね。

 

「アマリリスのハンカチなら、俺も持ってるけど」


 俺が母のハンカチを自慢して見せると、ウンギ兄さんの顔が青くなる。


 あまりに美しいハンカチなので、きっと圧倒されたのだろう。


 そして俺がハンカチをポケットにしまうと、ウンギ兄さんは恐る恐る訊ねてくる。


「そのハンカチ、庭に落としてなかったか?」

「ああ、落としたよ」

「じゃあもしかして……」

「ん?」 

「いや、なんでもない」


 それからウンギ兄さんは、二度と恋人の話はしなくなった。



       



                                 

                終劇








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