ブラックの受難
相有 枝緖
それは人生の彩りの一つと知っているけれど。
ブラックは今、窮地に立たされていた。
冒険者仲間からたまに見聞きするアレだ。
「ねぇブラック。そろそろ、転職しない?冒険者が稼げるのは知ってるけど、やっぱり危険なんだもの。将来のことも考えたら、やっぱりね……」
昼下がりのカフェで、久しぶりのデートでの恋人の台詞である。
目の前に座るローズとは、そろそろ付き合いが2年になる。それまで刹那的な付き合いしかできなかったブラックにとっては、初めての長い付き合いになった恋人だ。
食堂のキッチンで働くローズと知り合ったのは3年ほど前のこと。ボアの肉を納品にきたときに出会い、何度か顔を合わせるうちに「この女性がいい」と感じて、食堂の依頼を見つけてはこなして納品で会話し、どうにかこうにか1年かけて口説き落としたのだ。
この2年は、今までにないほど何もかもが鮮やかだった。ぼやけていた色がはっきりしたように、自分の人生が充実していることを感じている。
何もかも、ローズがいるからこそなのだ。
ローズに甘い自覚はあるが、そもそも感性が合うらしく、ブラックは無理することなく彼女と向き合えている。自然に振る舞っているだけで楽しいし、思わず触れてしまうブラックに彼女も身を委ねてくれる。
フロアの方で働けばきっと人気が出るだろう整った見た目のローズは、穏やかな性格だが自分の意見もしっかり持った自立した女性で、友人に会えば「どうやってこんな子を見つけて口説き落としたんだ?」と言われる。
惚れ込んでいる自覚はあるだけに、この台詞はブラックの胸に響いた。
分かっているのだ、冒険者が命を張った仕事だということも、それで心配をかけているということも。
そして、体力仕事である冒険者にはリミットがあり、高給取りな方なのでうまく働けば貯金できる。その資金を元手にして第二の人生を送ることができる人は勝ち組なのだ。
報酬に釣られて身の丈に合わない依頼に挑み、命を落とす冒険者も少なくない。
ブラックは無理をしないよう気を付けているが、ローズはそれでも心配なのだろう。
そして、ブラックも意識しているがローズもなんとなく思ってくれているのだろう将来のこと。
もちろん、ブラックはローズと結婚したいと思っている。こんなに気が合う可愛い女性と人生をともにしたい。彼女の願いは叶えてあげたいし、寄り添っていきたい。
けれども、冒険者であることはこれまでのブラックを形作ってきた。自分の一部なのだ。
そう簡単にやめるというわけにはいかない。
将来的にはリタイアして、二人で店を出したいとは思うが、それは今ではない。
言い方と順番、そして自分の意見だけを突き通さないように相手の希望を聞く。
きっとこれも、自分の人生に彩りを添える思い出となることだろう。しかし、今はギリギリのところにいるという危機感がある。
ここを間違えると、この先の人生がモノクロになる可能性すらあるのだ。
先輩冒険者の経験からくる助言を思い出し、ブラックはぐっと息を止めてから口を開いた。
「晴太?あんた彼女できたの?」
「は、最近はまだいない、けど?」
突然話しかけてきた母に、晴太は思わずビクリとしてソファで座り直した。
転勤があり、実家に帰ってきたので生活は非常に楽になったが、こうして母が色々と聞いてくるのは煩わしい。
生活費を入れているとはいえ、両親に甘えている自覚もある。自分もそろそろ30が見えてきたいい大人なのだし、もう一度独り暮らしした方がいいのかもしれない。
そう思いながらスマホを見たところで、夕食を作りながら母が話しかけてきた。
「随分具体的な妄想だったから、もしかしてと思ったのに。ローズちゃんだっけ?なんでもいいけど、あんたの妄想に無理せず付き合ってくれるか受け流してくれるかする子がいたら、逃しちゃだめよ」
「う、ぐ……わかってる。わかってるから言わないで欲しい」
妄想が口に出るクセはなおらない。母の前でしか声にしていなかったそれが、最近知り合った女性の前で出そうになって無理やり口を閉ざした記憶がある。
新たに母にえぐられた黒歴史から目をそらすべく、晴太は彼女に思いを馳せた。
ブラックの受難 相有 枝緖 @aiu_ewo
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