第4話 朝の散歩
「それじゃ、鍵頼む」
「お世話になりました。行ってきます」
「詩織さん、また来てね!二人とも行ってらっしゃい」
雲ひとつない青空の下、俺と詩織はみどりよりも先に家を出発し、昨夜来た道を戻りながら一緒に学校へと向かう。
普段なら7時半になっても布団から出られず慌ただしく家を出るが、この日は7時前にすんなりと起きられ、久しぶりに気持ちいい朝を迎えられた。詩織とみどりは夜遅くまで談笑していたものの、6時半前には起床して一緒に朝ご飯を作っていたらしい。
「泊めていただいてありがとうございました。みどりちゃんにも優しくして貰って、とても居心地よく過ごせました」
「それならよかった。家事までさせちゃって悪いね」
「家事くらい構いませんよ。一宿一飯の恩義です」
朝からこの笑顔を見れるとは夢のようだ。彼女の制服はヨレておらず、アイロンをかけたかのようにピンとしている。
「着替えはどうしたの?みどりから借りたのか?」
「寝るときは優翔先輩とみどりちゃんのお母さんの部屋着をお借りしました。下着は上下一着ずつ、常に持ち歩いているので何とかなりました。ただ下着を洗濯させて置いとくのは申し訳ないので、今日私の家に持ち帰ります」
マジか。ということは今持っている彼女の小さなカバンの中に、昨日身に着けていた下着類が入っているのか。
確かに音楽科は女子の割合が多く、昨夜のように帰れなくなるケースがあるとはいえ、学校に自らの下着を持ちこむとはなかなかの勇者だ。しかも俺に対してそんなことを平気で言うあたり、あまりにも無防備な気がする。
万が一学校内で落として他の男子生徒が拾ったりしたら、興奮して良からぬことを考えかねない。次に詩織が自宅へ泊まるときのために、みどりにも相談して何着か予備を準備しておこう。
俺が心配するのをよそに、詩織は涼しげな顔で深呼吸をして一伸びする。
「それにしても、こんなに余裕もって登校するのは初めてです」
「そっか。飛行機降りた後はあまり時間なさそうだもんな」
バンコクやシンガポールなど東南アジア方面からの国際線に混ざり、天川からの第一便は8:10に九空へやって来る。東京(羽田)や大阪(関空)からの始発便よりも早い国内線一番乗りの到着だが、学校で朝のSHRが始まるのは8:45。飛行機は多少遅れることもあり、空港からのアクセス時間も踏まえると決して余裕がない。
「空港に着いたら、電車に乗り換えるの?」
「はい。そうしないと授業に間に合わないです。一駅だけ乗るのに定期券を買うのは勿体無いので、行きだけ電車を使って、帰りは空港まで歩いてます」
「うわぁ、学校終わってから毎日3キロの歩きはキツそう」
「この2週間で、すっかり慣れましたよ」
「まさか、昨日の暴風の中も歩いてきたの?」
「はい。スカートを押さえながら歩くの大変でしたし、私も飛ばされると思いました」
「だったら、無理しなくていいのに」
詩織は「そうでしたね」とはにかむ。
俺たちの通う竹英は九空の国内線ターミナルから歩くと40分弱かかり、滑走路を挟んだ反対側の国際線ターミナルのほうが圧倒的に近い。一応、国内線ターミナルに直結する駅から電車に乗り、隣の東千恵駅から5分ほど歩けば着くものの、詩織からすれば国際線ターミナル側に飛行機が発着して貰いたいと思っているだろう。
「今日は時間あるし、このまま学校まで歩こうか」
「はい。朝のお散歩、一緒に楽しみましょう」
自宅から一度もまたがらずに自転車を押し続け、詩織とのお喋りを楽しみながら歩いていくと、空港北側の滑走路末端付近までやってきた。
ここは着陸目前の航空機が頭上をかすめるように通過していく迫力満点の場所だ。日中はカメラを持ったファンが歩道に立っていることもあるが、まだ朝早い時間ということもあってか誰もいない。
「おっ、見て!ちょうど降りてきたよ」
滑走路への進入灯設備があるすぐ脇に差し掛かったところで、右手の大空からクジラ顔が1匹、こちらと正面から向かい合うようにゆっくりと近づいてくる。俺たちは足を止め、着陸を見届けることにした。
「わぁ、凄い!」
俺たちの真上を轟音とともにプロペラ機が通過し、後輪から煙を上げて滑走路に接地した。
「あれって、詩織ちゃんが普段乗ってきている天川からの便だよね」
「多分そうですね。いつも乗る機体を真下から見たのは初めてです」
天川エアラインは機材を一機しか保有していない小さな航空会社で、連日同じ行程を一機ですべてこなしている。詩織が搭乗しているのをあの機材は毎日見届けているが、今日は下から見上げられてクジラは不思議に思っていることだろう。
九空には朝夕しか飛来しないこともあり、俺もここまで間近で眺めたのは初めてだ。
「天川エアラインの機体っていいよね。クジラのキャラが可愛いし天の川のデザインも素敵だし、大手やLCCと違って地域性を大きくアピールしているじゃん。いろんな会社の機体を見てきたけど、あのデザインが世界中の会社の中で一番好きだな」
何気なく話すと突然、詩織は頬を赤らめる。
あれっ。俺、何か変なこと言ったか?
「あの、どうかしたの?」
「・・・・・・なんでもないです!私も、好きです」
詩織は何かを隠すように返答する。それでも、彼女も地元愛が強いことがわかって俺も嬉しい。
「あの、今日の放課後はいつものお店にいますか?」
「今日は元々バイト休みにしてたよ。もし予定空いてるなら、出発の時間まで空港でゆっくり過ごそうよ」
「わかりました。楽しみにしています。それじゃ、授業頑張りましょう!」
やがて竹英の校門に着くと、それぞれの教室へと向かった。
放課後、詩織と遊べるのを糧に、今日も一日頑張れそうだ。
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