第3話 叶えたい夢

「えっ、詩織さん飛行機で通学しているんですか!?」


 夕食をとりながら詩織の話をすると、みどりも驚きを隠せずにいた。そのことで俺もまだまだ聞きたいことがあったので、箸を進めながら詩織へ問いかける。


「天川なら陸路でも帰れそうだけど、今日みたいな場合だと難しいのかな?」

「新幹線とバス、フェリーを乗り継いでも、片道4時間半くらいかかります。欠航とわかるのが遅くなると、その日のうちに帰るのはちょっと無理ですね」


 乗り換え検索のアプリを使い、九空から天川までのルートを確認する。

 天川空港へ向かう九空の出発時刻は8:50、16:30、19:15の3便。出発20分前までに空港の保安検査を終えなければならず、授業を終えてすぐに学校を出ても第2便に乗るにはかなり際どい。そのため、詩織は放課後ゆっくり空港へ移動し、喫茶店で時間を潰しながらずっと最終便で帰宅していたのだろう。


 仮に陸路で振替えるとしても、18時までに出発する新幹線に乗らなければ、当日中に天川本島への最終フェリーへは乗り継げないのだとわかった。


「定期代って幾らかかるんですか?」


 みどりも興味深々で、身を乗り出して現実的な質問を投げかける。少々たじろぎながらも、詩織は丁寧に答えた。


「定期券はありません。その代わりにユース割引というのがあって、毎日それで予約した航空券を使っています」


 航空会社の公式ホームページの内容を確認すると、天川〜九空の正規片道運賃は15000円だが、25歳未満が使えるユース割引を使うと直前の予約でも5000円で乗れる。それでもユース割引での往復を5日間、4週間続けるとすると、1ヶ月の定期代は20万円にものぼる。高校生どころか社会人であっても、通勤通学で簡単に出せる金額ではない。

 電卓で計算した金額を見せると、みどりは絶句する。


「えっ、ヤバ!学校の寮借りた方が絶対安くないですか?」

「最初はそれも考えました。でも、学校や島からの補助の話を知って、ユース割引よりもさらに半額以上安くなるなら、自宅から通った方がいいと思ったんです」

「補助が出るとしても、相当な金額払わないといけないよね。詩織ちゃんの家ってお金持ちなの?」

「そんなことないですよ!母は看護師で、父は町役場の人です。将来の学費のために、私が幼い頃からずっと貯金してくれていたみたいです」

「でも、音楽科なら詩織さんの住む県内にもありますよね?県外受験かつ飛行機通学をしてまで、どうして竹英にしようと思ったんですか?」


 みどりが核心を突く。俺も知りたい内容だったが、初対面でズケズケと聞くと面接みたいでドン引きされるのでは、と敬遠していた。なかなか聞きづらいことをはっきりと言うあたり、いかにもみどりらしい。

 詩織は少し考えると、数口分ご飯が残っている茶碗に箸を置いて答えた。


「・・・・・・私の夢を叶えられそうだと思ったのが、竹英の音楽科だったんです」

「詩織ちゃんの夢って?」

「音楽療法士です」


 音楽療法士?みどりと顔を見合わせて無言で聞いてみるが、妹も小さく首を振る。どうやら、彼女もどんな仕事なのか知らないようだ。


「私、物心がついたときからずっとピアノを弾いていて、機会があればいろんな人に演奏を聴いてもらっていました。その中で一番印象的だったのが、小学4年生のときです。母親が勤める病院のイベントの一環で入院患者さん向けに演奏会を定期的に開いたところ、身体が以前よりも動くようになった患者さんや、以前よりも症状が落ち着いた認知症の患者さんがいる、という声を貰うようになりました。その経験を踏まえて、音楽療法でもっと多くの人を助けたいと思ったんです」


 音楽が人の心を動かすとはよく言うが、病気の治療にも活きるとは知らなかった。詩織の演奏会の経験は、強烈な感動体験だったに違いない。


「そのために、いずれは音大へ通いたいと思っています。確かに県内にも音楽科はありますが、どちみちバスやフェリーで長時間かけないと通えないですし、高校生から一人暮らしをするのは父親に強く反対されました。それでも私の気持ちは譲れなかったので、家族会議を重ねた結果、進学の実績があって補助制度も充実している竹英を選びました」


 昔は俺も航空業界の仕事に携わりたい、という夢はうっすら持っていたが、それが本当に自分のやりたいことなのかわからず、進路のことは全く白紙のまま高校生活を送っている。

 高校入学前から将来の夢に向けた道筋を考え、ここまで真摯に向き合う人はなかなかいないだろう。そんな彼女を支えてあげたいと、心の底から思うようになった。


「そっか。音楽科からそういう道があるなんて知らなかったし、昔から真剣に将来を考えていて凄いね」

「そんなことないです。多分、私以上に凄い人たちはいますし、みんな目標をちゃんと見据えて授業を受けてますよ」

「何となくでピアニストになる、って騒いでいる奴もいるし、もっと自信持っていいと思うよ」

「ちょっと、それ私のこと言ってるでしょ!」


 みどりにバシッと叩かれ、右肩がヒリヒリする。

 俺に対して悪気も見せず、みどりは詩織のほうを振り向いて問いかけた。


「詩織さん、今夜は私の部屋に布団持ってきて一緒に寝ませんか?私も竹英の音楽科目指しているんです。部屋に電子ピアノがあるので演奏聞かせてほしいですし、受験勉強のことも教えてほしいです」

「いいですよ。まだ入学したばかりで、学校のことは知らないことばかりですが・・・・・・」

「何なら、今日みたいなことがあったときに、いつでも泊まりに来てください」


 まさかの発言に、口に含んだ味噌汁を吹き出しそうになる。


「みどり、本気で言ってるのか?」

「だって、そのほうが学校生活の体験談を直接教えてくれるじゃん。詩織さんにとっても緊急時の宿泊場所になるし、お父もお母も基本いないから悪くない話でしょ?」

「一応、俺も竹英の生徒なんだけど」

「私は音楽科の話を聞きたいの!」


 みどりが声を荒げる。すると、詩織が恐る恐る問いかけた。


「いいですか、優翔先輩?」


 予定通りのフライトで詩織が無事に島へ帰れるのが一番だが、欠航になれば彼女は俺の自宅に泊まりに来てくれる。なんだか複雑な気分だが、それで彼女の支えになるのならば悪くないだろう。


「詩織ちゃんが嫌じゃなければ、いつでも来ていいよ」

「ありがとうございます!」


 みどりも「やった!」と小さくガッツポーズを浮かべる。家族が一人増えたような気がして、俺も嬉しくなった。


「ねぇ、ID交換しよ!いつでもメッセージちょうだい!」


 うわ、俺も聞きたかったのに妹に先を越された。

 詩織はすぐに「はい」と笑顔で頷いてスマホを取り出す。二人の交換が終わったら、後で俺も頼もう。

 すると、交換を終えた詩織が、俺の口が開く前にこちらを向いて優しく問いかけた。


「あの、優翔先輩の連絡先も教えてくれますか?」

「もちろん。喜んで」

「詩織さんに変なお誘いしちゃダメだよ?」

「そんな目的で使わないって!」


 みどりに揶揄からかわれたのを見て、詩織は小さく笑う。その表情もまた愛おしく、胸の鼓動が高くなった。

 時計に目をやると、いつの間にか22時を過ぎている。九空は門限を迎え、外は静寂に包まれた夜空が広がった。

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