FINAL CHAPTER/END MARK
①
駿河の話を聞いた希は沈着な顔をしていた。だが、内心は驚きで満ちていた。
「まさかまさかよね。サッちゃんがあんなどえらいとこの人間だったなんて。私の予想超えちゃった」
身分を暴かれ、幸子の表情は曇っていた。
「幸子さん、きみを家族のもとに返す。これ以上ここにいちゃいけない」
「嫌だ!」
幸子は声を張り上げ、語を継いだ。
「あのふたりに忖度してんの?私とは住む世界が違うとでも思った?あいつらになに言われたか知んないけど、フィアーが潰れんのをこの目で見るまで、私は帰らない!」
かたくなに反発する幸子を、駿河はどうにか理解させようとする。
「俺らよりも、向こうの警察に守ってもらったほうが一段と安全なんだよ。幸子さんだってわかってるはずだ。フィアーなら俺らがなんとかする。警察任せにはしない。リーダーも俺が必ず捜し出す。だから頼む。家族を心配させるな」
駿河は強く説得したが、幸子はなにも言葉を返さない。どうやら意固地になっているようだった。
「サッちゃん」
希は席を立ち、幸子に歩み寄ってしゃがみ、幸子の手を優しく握った。そして目線を合わせ、言い聞かせた。
「私も結介も両親がいないの。突然亡くなってね。ずっと疎遠だったけど、いなくなって初めてわかった。親って存在のありがたみが。その逆も同じ。サッちゃんは今、危険にさらされてる。もしこんなとこで死んだりしたら、ご両親はどう思う?悲しむなんてどころじゃないわ。絶対に自分たちを責めて、心を痛めたまま一生を送ることになる。ご両親にそうさせたいの?違うでしょ?サッちゃんもいい加減に分をわきまえて。あんたの命、ちゃんと大事にして」
その眼は真正直に向いていた。希の言葉が効いたのだろう。幸子はわずかにうなずいた。駿河は思った。男の自分よりも、同じ女である希のほうこそ、幸子に意思が伝わりやすいのだということを。駿河は加藤と篠塚に連絡すべく、静かに部屋を出た。
数分後、通話を終えた駿河のもとに希がやってきた。
「結介、サッちゃんが話したいって」
「わかった」
スマートフォンを上着にしまい、駿河は希の部屋に入った。
「サッちゃん、来たよ。話して」
希が言うと、幸子はおもむろに口を開いた。
「あの女を見た」
「あの女?」
駿河が聞き返す。
「四丁目で見た女。姫花さんの店に行く途中、その女が横断歩道渡ってた。それで後を尾けたの」
「またそんな無茶なこと。幸子さんは連中に顔知られてんだよ。バレたら大変じゃないか」
「でもバレてないんだからいいじゃん」
幸子の物言いに、希があくまで私的な意見を述べる。
「まあ、サッちゃんらしいっちゃらしいわよねえ」
「で、そのあとどうしたの?」
駿河が訊くと、幸子は続けて話す。
「高層ビルの中に入っていった。<七節アジアヒルズ>ってとこ」
「ああ、最近建った複合施設だよね?」
「え?そんなとこあったけ?」
希には聞いたことのない場所だった。気になって自席のキーボードを操作し、検索を始める。その間、幸子はその場所についての詳説を加えた。
「あるの。七節区は都内で一番治安が悪い区域。それで行政側は区の再開発と並行して、反社会勢力の一掃を目的とした浄化作戦を警察と一緒に進めてる。その布石として建てられたのがあのビル。言わば象徴みたいなもん。最新の設備を導入してて、国内だけじゃなく、海外の有名企業も多く入居する予定なのよ」
世間知らずとばかり思っていた駿河には意外だった。
「よく知ってるなあ」
「私だってそこそこ勉強はしてるの。周りにバカにされたくないから」
希はそのビルのウェブサイトを見つけて開き、建物の写真画像を表示させると、それを指差して幸子に訊いた。
「これ?」
「そう。これ」
写真を見る駿河に、ふと疑問が生じる。
「でもここ、まだオープン前で一般人は入れないぞ。入れるとしたら、建設や設備関係者、もしくは入居する企業の関係者ぐらいか。その女もそうなのかなあ」
「明日、そこでなんかやるみたいだね」
希はマウスを動かし、サイト上の別のページを開いた。それは式典の告知だった。
「オープニングセレモニー・・。主催は七節区か・・・」
駿河は呟き、来賓者の一覧に目を向ける。
「都知事に外務大臣、うわっ、総理大臣も来るんだ。ずいぶん大げさだな。国の施設でもないのに」
そのとき、希が大声を発した。
「あっ!テミス!」
希が指したのは国賓の欄だった。そこに名前が表示してある。駿河は読み上げた。
「テミス・ロベール。フランスの首相か」
そこで幸子が両手をパンと叩いた。
「あっ!そうか!あのとき聞いたテミスってこの人のことだったんだ!」
幸子は四丁目で耳にした「テミス」の意味が解けたようだった。
「知ってるの?」
駿河が訊くと、幸子は回想するように口を開いた。
「何年か前、親と一緒に現地を訪問したとき会ったことがある。女性の首相で無類の日本好きなの。晩餐会のときだって、わざわざ着物姿で出席したぐらいよ」
幸子の話を聞き、駿河は腕を組む。
「フランスは親日国でもあるからなあ・・・」
駿河は呟いた。そして、ハッと気づいた。
「もしかして、フィアーはその首相を殺そうとしてる!?」
幸子が以前に目撃したふたり。つまり、佐野ともうひとりは「殺害を実行する」とも言っていたという。駿河はそれを踏まえて答えを導いた。しかし、まだ半信半疑であった。
「暗殺するつもりってこと?」
希は駿河に視線を向けて問いかけた。
「かもしれないけど、わからない。連中が今までやってきたことを考えると、これはいくらなんでもリスキーだ・・。あっ・・、でも・・・」
駿河はビルの写真に目を遣った。自分と幸子、そして末延を襲ったライフル弾。あれを使用した狙撃ならば可能なのではないか。だが確証は持てない。スナイパーがフィアーの一味かどうか不明だからだ。とはいえ、ここは辰巳に相談すべきだろう。そう思考を巡らしていると、まだ聞いていないことがあるのを思い出した。
「そうだった。希さん、例のコンサル会社。元部下で今は代表って人の写真、出してくれる?」
「忘れちゃってた。すぐ出すね」
幸子の件に気がいってしまっていた希はキーボードを打ち、その写真を表示させた。冷たい印象を受ける若く美しい女だった。それを見た幸子が声を上げてモニターを指差した。
「こいつよ!さっき言った女。四丁目で私が見たひとりよ」
おもむろにスマートフォンを取り出した幸子は、画面を操作すると、ふたりにその画面を見せた。
「一応撮っておいたの」
駿河と希が画面を注視する。そこには、ズームされた女の顔が写っていた。駿河がモニターの写真と見比べる。確かに同一人物だ。
「フィアーのリーダーは女だったのか」
堅い表情で駿河は言った。幸子の友人である愛菜の情報を勘案すると間違いない。この女こそ、犯罪集団を束ねている中心人物だ。希はモニターに視線を移し、記載された警察のデータを声に出して読んだ。
「名前は
駿河はそれに意を示す。
「いや、ただ捕まってないだけか、自身で手を下してないか、どっちにしろ教唆犯なのは確実だ」
幸子はモニターに映る真帆の写真を見つめ、しかつめらしく呟いた。
「こいつがアンノウンの正体・・・」
そのとき呼び鈴が鳴った。駿河の連絡を受けた加藤と篠塚が送迎にやってきたのだ。
「幸子さん、お迎えが来たみたい。帰る準備して」
駿河がそう言うと、幸子はひとつ息を吐き、おもむろに身支度を始めたのだった。
ビルの外では黒塗りの車が三台停まっていた。加藤と篠塚のほかにも、数人のスーツ姿の男が立ったまま辺りを警戒している。おそらく皇宮警察の護衛官だろう。荷物を持った幸子と共に、駿河と希も見送りにやってきた。幸子は去り際、上着のポケットからある物を取り出し、ふたりの前に差し出した。
「これ、最後の切り札にって持ってたんだけど、ふたりに預ける」
駿河がそれを受け取った。ある物とは、クリアケースに入ったSDカードだった。幸子は語を継ぎ、説明を加える。
「愛菜が亡くなる直前、私にメッセージをくれたの。音声ファイルが添付されてて、メッセージには、アンノウンが誰かに殺人を依頼してる会話を盗聴した音声データが入ってるって書かれてた。でも開くにはパスワードが必要で、そのパスワードを私に伝える前に、愛菜は奴らに殺された。それで、ファイルだけこのSDにコピーしといたの。警察にやってもらおうと思ったけど、希さんなら開けるかもしれない」
希は微笑みながら返事をした。
「やってみる。余裕よ」
一方で、駿河は決意を言葉に表す。
「友達の仇は俺らが討つよ」
幸子は黙ってうなずいたあと、駿河と希に言った。
「ふたりを信じて、ふたりに託すわ。あとはお願い」
そして、感謝の意を込め一礼すると、迎えの車へと歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます