③
それから二時間が経った頃、辰巳と柏木は川べりの公園にいた。遺体が発見されたとの通報を受けて臨場したのだ。第一発見者の制服警官の話によれば、警ら中、男三人が大きな段ボール箱を川に投げ捨てているのを目撃し、注意しようと声をかけたが、男たちはワゴン車に乗って走り去っていったという。警官はこのまま流されていくのを見逃すわけにはいかないと、制服を濡らしながらも、なんとかその段ボール箱を川から引きずり出したのはよかったが、その重さが気になったので開けてみたところ、胎児のように身を丸めた男の遺体を発見、本部に緊急連絡したという。
「遺体の身元はわかっているんでしょうか?」
手帳とペンを持った柏木が、発見者である警官に問いかけた。
「はい。名前は鎌田昇、四十六歳。所持していた免許証から判明しました」
しゃがんで遺体を眺めていた辰巳が続けて訊く。
「死因は?」
「鑑識の話では、毒による窒息死ではないかと」
「免許証意外に所持品はあるんか?」
「その免許証が入っていた財布とスマートフォンぐらいでしょうか」
辰巳は立ち上がり、警官に確認する。
「車のナンバーは見とるんか?」
「はい。覚えています」
「男たちの顔は?」
「それももちろん。はっきりと」
何度かうなずいた辰巳は、柏木に指示を出した。
「柏木、似顔絵書かせ。こっちはNシステムで該当の車がないか捜す」
「わかりました」
辺りは暗くなり、じきに夜になる。幸子の乗った車は一軒の店の近くで停車した。外見はボロボロの車体から降りた幸子は、名刺とネオン看板を見比べた。
「フラミンゴ・・。ここか・・・」
幸子は派手な彩色を施した店のドアを開けた。そこは、店内がピンク色にライトアップされ、白銀の光球が星のように輝いている異空間だった。クラブには何度か行ったことのある幸子だが、ガールズバーに入るのはこれが初めてだ。まじまじと眺め回す幸子の前に、露出の高い服装の若い女が近づいてきた。
「ごめんなさーい。開店は七時からなんで、もうちょっとしたら来てもらえますか?」
おそらく、幸子と年齢はさほど変わらないであろう。愛嬌のある萌えた声で女は言った。
「いえ、お客じゃないんです。ここに店長の姫花さんって方がいると聞いて。私、幸子って言います。駿河さんから連絡が行ってると思うんですけど」
やや緊張した様子で幸子が答えると、黒いロングドレスに、高級そうなアクセサリー、真っ赤なピンヒールを身に纏った人物がやってきて、色気のある声を発した。
「あなたが幸子さんね。ユウちゃんから聞いてるわ」
「ユウちゃん?」
「駿河ちゃんのことよ」
その人物、姫花はとてつもない美女だった。腰までに長く明るい茶髪に、整い過ぎた顔、スラッとした体形。海外のファッションモデルに匹敵するほどの美貌を兼ね備えている。男なら一度は見惚れてしまってもおかしくはない。女なら思わず嫉妬してしまうほどだろう。
「あなたはもういいわよ。ありがとう」
姫花は落ち着いた声で、対応した女を下がらせたあと、幸子に言った。
「びっくりしちゃったわよ。久しぶりに電話が来たと思ったら、女の子をひとり泊まらせてくれって。ほんとにユウちゃんって自分勝手。まあ、それでも憎めないのがユウちゃんなんだけどね」
微笑む姫花に、幸子が当惑しながら訊いた。
「あのー・・、私はどうすれば・・・」
「奥に休憩室があるから、今日のところはそこに泊まって。案内するわ。どうぞ」
姫花に導かれるまま、幸子は後をついて行った。その途中、姫花が幸子に問いかけた。
「危ない連中に追われてるんだって?」
「は、はい」
「ここなら大丈夫。私たちは並の女じゃないの。ヤクザだって寄って来ないんだから」
「そうなんですか・・・」
とりあえずは安心してよさそうだ。幸子の緊張がわずかに解けた。
七節署の留置場。ノータイにワイシャツ姿の駿河は大の字に寝そべり、天井の一点を見つめていた。さあ、これからどうなるか。先の展開を読んでいた駿河のもとに、辰巳が血相を変えて歩いてきた。
「おい駿河!起きろ!」
辰巳は片手に用紙を持ち、房の中にいる駿河に大きな声をかけた。駿河は何事かと起き上がり、立て膝の態勢になった。
「容疑は晴れました?」
駿河が言うと、辰巳は足を広げてしゃがんだ。
「駿河、前に署に来とったな?なんか調べとんのか?」
「なんです?急に」
「まさかフィアーっちゅうの調べとんのか?」
辰巳の問いに、駿河は目を閉じて顔を伏せた。言うべきかどうか迷っているのだ。
「なんで俺に訊くんです?」
駿河は直接的には答えず、遠回しに問うた。
「お前が轢いた男ふたりに、死んだ男。その三人のスマホに、フィアーのアプリが入っとった。爆弾騒ぎ起こした杉村っちゅう奴のスマホにもや。変やろ。お前がおった現場の人間が全員同じアプリ入れてたんやぞ。さっき聞いたで。どうやらそいつら、けったいな犯罪集団らしいやないか。そのアプリもメンバーしか入れちゃならんのやと。そやから、お前がそのフィアーっちゅうの追っかけてんのちゃうんかって思ったんや」
理由を明かした辰巳は、いかつい表情で問い詰める。
「どうなんや?」
駿河はひとつため息をこぼした。
「守秘義務があるから話したくないんですけどねえ」
「なに言うとんねん!こっちは捜査で訊いとるんやぞ!なんなら請求なりなんなり出して、無理にでも吐かしたってええんやぞ!」
激高する寸前の辰巳を見て、駿河はしぶしぶ白状した。
「ええ。調べてました。最初からじゃないんですけど、成り行き上そうなってしまって」
「その調査、どこまで進んどんねん?」
「さすがにそこまでは。俺の探偵としての信用にかかわりますから」
「アホ抜かせ!なにが信用じゃ!」
辰巳は「チッ」と舌打ちすると言った。
「まあええわ。こっちが調べりゃすぐわかることや。ほんなら、別の質問しよ」
話題を少し変じようと、辰巳は手にしていた用紙を駿河の前にかざした。
「こいつ、知っとるか?」
用紙には似顔絵が書かれている。それを見た駿河はすぐに気づいた。
「あっ、そいつですよ。俺を襲ってきた奴。たしか、末延って男です。俺の事務所前で死んだのもそいつです」
駿河が似顔絵を指差した。その事実を聞いた辰巳は怒鳴り出す。
「名前知っとったんなら、なんで早く言わなかったんや!」
「いや、警察ならいずれかわるかなあって。で、そんなことよりなんでこれを?面通しみたいなやつですか?」
「ちゃう。実はこいつ、死ぬ前に遺体を遺棄した可能性がある。轢かれた男ふたりもや」
「遺体?誰の?」
「鎌田昇っちゅう男や。そいつがさっき遺体で発見された」
目を見開き、駿河は驚いた。
「鎌田が!?」
「なんやお前、鎌田も知っとったんか?」
「あ・・、いや、まあ・・・」
駿河はどう返答してよいか言葉に窮した。辰巳は説明を加える。
「体内から毒物が検出された。本部は自他殺両面で捜査しとるが、ありゃかなりの確率で殺しやろ。あの車見たらなあ・・・」
「車って、あのワゴン車のことですか?」
「そうや。遺体を運んだ車をNシステムで割り出したら、お前んのとこの現場にあったワゴン車やった。なんやあれ。兵器庫か?銃や爆弾だらけやったで。あれじゃ殺しや思うてもしゃあないやろ」
辰巳は後頭部をポンポンと叩きながら考えると、駿河が問いかけた。
「末延のほうですけど、凶器は特定できたんですか?」
「ああ。地面に弾が食い込んどった。半分砕けた状態やったけどな」
「当ててみましょうか?」
自信ありげな駿河に、辰巳は答えを求めた。
「ほう。なんやっちゅうねん?」
駿河がその答えを放つ。
「対物ライフル。対戦車ライフルとも呼ばれた狙撃銃です」
辰巳は真顔で黙ってしまった。すぐに返そうとしない。これは図星だと駿河は感じた。
「やっぱり。これで俺じゃないってわかったでしょ。俺はそんな代物持ってません」
駿河は自らの潔白を示すが、辰巳は認めようとしない。
「まだわからんやないか。ほんとはお前、訓練積んどったんとちゃうんか?」
「それ、本気で言ってます?」
「あーっ!もうええ!話はしまいや!なんにしてもすぐには解放せんぞ!」
不利になるのを恐れたのか、辰巳は声を上げてうやむやにしてしまった。
その頃、希は事務所の自分の部屋で、ある調べ事をしていた。キーボードを打ち、モニター画面にデータを表示させる。
「え・・・?」
そのデータを見て、希はボソッと呟いた。
幸子はガールズバーのカウンターに姿を現した。店は営業を始めており、多くの男性客が酒をたしなみ、女性従業員と談笑している。おそらくその大半は姫花が目当てだろう。
「姫花さん、お酒ある?」
カウンターに立って客の相手をしていた姫花に、幸子が注文した。姫花は客にひと言断り、幸子のもとへと来た。
「あなた、いくつ?」
「
平気な顔でそう言う幸子に、姫花は目線を近づけた。
「私ね、観察眼は鋭いのよ。嘘は簡単に見破れる。あなたはまだ十代。お酒は出せないわ」
その眼力に幸子は圧倒されたが、当の幸子も引こうとしない。
「は、二十歳じゃないけど、でも私飲めるよ。前だって飲んだし。お金なら払うから。ねえ、いいでしょ」
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